廃星より弾を込めて 2
最寄りの駅で車両を止め、降りる。“N教”の信徒が演説をしていたところと比べると、ここはいくぶん閑散としている。俺たちは家を目指して歩き始めた。
「……暑いです、これ絶対気温設定バグってますよ」
「何でも自分基準で考えるな。ここは北欧エリアみたいにいちいち寒くはねえんだ、我慢しろ」
「ええ~……」
アンリが舌を出した。犬みたいだった。
と、その時。
「てめぇ!」
遠方から怒声が飛んできた。成人男性のものだ。ケンカでもしているのだろうか。
「エディさん、下がって」
アンリが手で俺を制する。そのまま彼女は声のした方に向かって走っていった。俺もアンリの言葉に従った覚えはないので、歩いて現場に向かう。
……。
俺が来た時には、もう既に事態は収拾していた。目に映ったのは、こちらに背を向けて逃げる男たち数人、それにアンリと、まだ幼い長袖の少年が一人。半袖の俺やアンリといると、その少年はえらく目立っていた。少年は地面に倒れ込んでいて、服はボロボロだった。おそらくあの男たちに少年が暴行されていたところを、アンリが助けたのだろう。さすがSPとして訓練を受けていただけある。いや、まあ実際今も俺のSPではあるのだが。
「ふう、もう大丈夫だよ」
アンリが少年に手を差し出した。だが、
「えっ?」
少年はアンリを鋭い目で睨み付けながら、差し出されたアンリの手を払った。想像していた少年の行動とは違ったようで、アンリが一瞬硬直する。
「何で……」
「それはこっちのセリフだ」
少年が怒りを孕んだ声でアンリを責める。
「何で助けたんだよ」
完全に予想外だっただろう。アンリは困惑してオロオロとしていた。
「折角アイツらを怒らせて殺してもらおうと思ったのに。アンタの所為で台無しだ」
気まずい、嫌な空気になる。
「お前、死にたいのか」
少年に尋ねる。二人とも俺の存在に気付いていなかったようで、かなり驚いた様子だった。
「ああ、死にてえよ」
「何故?」
「何故もクソもあるか!」
少年が激昂する。
「この星に未来はねえ。一年後には異星人がやって来るんだろ? どうやって俺たちが勝つってぇんだ。それにたとえそいつらが来なくても、どうせ俺らはコイツで滅亡する運命だ」
少年がボロボロの服を脱ぎ捨てる。あらわになったその肌の大半は焼け爛れ、黒く変色していた。
そうだった。ここは、元北欧エリア住まいとはいえ、半袖のアンリが暑がるくらいには確かに、気温が高かったのだ。何故その中で少年は長袖を着ていたのか、考えればすぐに分かることだ。
「火炎病……!」
アンリがその名を呟く。
人類が地下に退避してから五百年後の紀元二五六七年、原因不明の病気が発見された。発症者は全身の皮膚が焼け爛れたかのように荒れ、やがてそれは内臓にも波及、約一年を経て死ぬという魔の病だ。原因、治療法、共に不明。致死率は一〇〇パーセントであり、医者たちは痛みを抑えるくらいしか対策のしようがない。感染症なのかの判別も出来ない状態で、唯一分かることは、地下深くの区画に住む人間ほど、発症率が高いということくらいだ。
つまり、人類は今現在、地上は放射線、地下深くは火炎病という二つの危機に挟まれて、怯えて暮らしているというわけだ。
「生命保護対策法の決定で、安楽死も尊厳死も出来やしねえ。自殺だって、今の世の中じゃ手に埋め込まれたICチップの所為ですぐに助けられちまう。俺は火炎病に蝕まれるだけの生活なんて送りたくない!」
少年の目尻から涙がこぼれる。その表情は先ほどのアンリをにらみつける表情とは大違いで、年相応に幼かった。
「まだ異星人、アヌンナキの話がなけりゃ、そりゃ少しは未来に希望が持てたかもしれない。でもあと一年でヤツらは来ちまうんだろ! リック・ウィンドウズがカプセルを地上から運んできて一年、政府は何をした? ただ混乱と絶望を俺たちに与えただけじゃないか!」
否定は出来なかった。
そして、少年は叫んだ。
「リック・ウィンドウズさえいなければ……!」
衝撃。破裂音。
見れば、アンリが少年の頬を叩いた後だった。今度は逆に少年の方が困惑する番だ。叩かれた驚きで、少年は身動きが取れずにいる。
「……ごめんなさい、ごめんなさい……」
だというのに謝るのはアンリの方で、大粒の涙をこぼしながら、掠れた声で何度も何度も彼女は謝罪の言葉を口にしていた。
「……私はあなたみたいな病気にもかかっていないし、ここにいるエディさんのおかげで、充分裕福な暮らしをすることが出来ています。だから私には、あなたの心の内を本当に理解することは出来ないし、あなたの自殺を止める権利も、もちろんありません。でも……」
アンリが言葉に詰まる。俺は黙ってそれを見ていた。
「……兄の悪口だけはっ……取り消していただけないでしょうか……」
アンリ。
本名アンリエッタ・ウィンドウズ。一年前、二〇世紀のアメリカ大統領からメッセージを受け取った、大英雄にして最悪の預言者、リック・ウィンドウズの双子の妹である。そんな兄の面影もなく今はただ泣き叫んでいるだけの彼女だが、その体内には間違いなく彼と同一の、つまりは、かの大英雄の血が流れているのだ。
「わ、分かったよ。……悪かった」
アンリに圧倒されたのか、少年はすっかり気を削がれたようで、素直に謝った。それを確認して、俺は二人へと近づく。
「そら、少年」
俺の投げたものを、少年は困惑しながらもキャッチする。
「自殺者用のクスリだ。それを使えば、チップが体の異常を検知して、信号を多方面の救助機関に送った頃には、お前は既に自殺に成功した後だ。どうしても死にたいのなら飲めば良い」
突然やって来た死のチャンスに、少年は呆然としている。
だがまあ実際は、興奮剤や幻覚剤などの危険薬物を数錠、それらしい袋に入れただけのものなのだが。少しは皮膚が爛れていく痛みや不安、苦しみを和らげることに役立つだろう。
「ほら、さっさと失せろ」
泣いているアンリの首根っこを掴みながら、少年を突っぱねる。少年はブンブンと頭を振り、気を取り直す素振りを見せた後、礼を言って去っていった。
「お前も早く泣き止め。ったく」
こいつはこうなるともう自力では動こうとしない。十年以上前からこうだ。
俺は仕方なくアンリを背負う。何年振りだろうか。
「……随分重くなったな」
背中をつねられた。コイツ、実は泣き止んでいるのか?
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