第1話


 十二月二十四日、いつものように夫と息子を笑顔で送り出した私は、いつものように主婦向けのテレビ番組を見ながら一人朝食を摂る。

 そのまま夕方までいたずらに過ごすのが私の日課――しかし、その日はいつもと少し違った。


 朝食の後片付けを終えた私はワークシャツとチノパンに着替えて、納戸の大掃除に取り掛かる。

 納戸というのは、中二階にある八畳程のスペース。普段使わないものを収納しておくにはもってこいの場所。

 五年前に家を新築してから整理などしたことがなく、何が収納されているのかよくわからない。引越しのとき中身を確認しないまま放り込んだ段ボールもいくつか入っている。

 なぜ、そんなに手を付けようと思ったのか? 正直なところ、よくわからない。理由を訊かれたら「思いつき」とか「気まぐれ」といった言葉しか出てこない。


 納戸の中の物を外に出し始めると、そのボリュームは想像以上で、踊り場から一階にかけて埃塗ほこりまみれの物がズラリと並ぶ。まるでフリーマーケットのような情景が広がる。

 通販で買った健康器具。趣味が長続きしない夫のスノーボード、マウンテンバイク、日曜大工セット。以前は毎年使っていたキャンプ用品、ビーチパラソル、バーベキューセット。

 さらに、小さな子供一人が入れるような、私の衣装ケースが数箱。サイズが合わなくなったことで文字どおりとなった衣服ではあるが、「いつか着られるのでは?」といった期待感から捨てられずにいる。

 そして、一番奥には、納戸の窓を塞ぐように積まれた段ボール箱。


 最後の段ボール箱を台車で運び出すと時刻は午後一時過ぎ。

 空腹であることに気づいた私は、遅いランチを取ることにした。


 その日のメニューは、自家製のパンを売りにしている、近所のベーカリーで買っておいた、BLTサンドとチーズマフィン。それに、フレッシュオレンジジュース。値段は高いがこの店のパンを食べた後では他の店のものは食べる気がしない。パンを買うならこの店と決めている。

 ただ、汗とほこりまみれた状態では美味しいパンも台無し。のんびりとジャグジーに浸かって汗を流してからのランチタイムとなった。


 ランチを取った後、すぐに掃除を再開する。

 床の拭き掃除を手早く終えると、当面使わないものから順に奥のほうへと運び込む。

 運び出すときは作業がとてつもない重労働に思えて、その日のうちに終わるかどうか不安だったが、運び込む作業は思いのほかスムーズに進む。ゴールが見えていることで気の持ちようが違うのかもしれない。


★★


 今年で四十三歳になる私は、夫と中学二年生の息子と三人暮らし。

 二つ年上の夫は外資系の弁護士事務所ローファームに勤務する弁護士で、主に多国籍企業に係る企業合併M&Aを担当している。いわゆるで休みの日も自分の部屋にこもって仕事をしている。

 平日は八時前に家を出て帰宅するのは決まって日付が変わる時刻。夕食を自宅で取ることもほとんどなく、いつからか夫の帰宅前に寝てしまうのが習慣となった。顔を見て会話をするのは朝食のときぐらいだ。


 息子は息子で、帰宅すると「ただいま」も言わず階段を駆け上がって自分の部屋に閉じこもる。

 夕食ができたことを告げると「いただきます」も言わずに私の作った料理を胃袋に流し込み「ごちそうさま」も言わずに自分の部屋へと戻って行く。

 朝食と夕食のとき以外に息子の姿を見るのは入浴のときぐらい。小学校のときは何でも私に話してくれる、優しい子だったが、中学の受験が息子を変えてしまった。


 T大の出身で在学中に司法試験に合格した夫は「T大以外は大学ではない」が口癖。そのため、息子はT大へ行くのに最短距離の私立中学に入るため毎日塾に通った――が、結果は滑り止めの中学にしか入れなかった。

 息子が結果を報告したとき、夫の口から出たのは「おめでとう」でも「よくがんばった」でもなく「情けない」の一言だった。


 心ない言葉を受けた息子のショックは大きかった。


 希望通りの学校には行けなかったが、努力してきたことに対しねぎらいの言葉が欲しかったのだろう。すぐに私は息子を慰め、そして、励ました。

 しかし、息子が受けた心の傷は思いのほか深く、私のフォローは何の役にも立たなかった。それ以来、息子は心を閉ざしてしまった。


 このような殺伐とした環境で専業主婦として日々決められたことを機械的にこなしている私だが、若い頃は中堅の出版社で編集の仕事に携わっていた。


 担当していたのは裁判の判例や法令に関するトピックスをとりまとめた、お堅い専門誌。大学で法律を専攻していたことで専門知識が生かせると思って選んだ職場――と言うのは就活用の台詞であって、実のところは将来の夢を叶えるため。

 中学の頃から本を読んだり文章を書くのが好きで、作家になるのが夢だった。編集に関わる仕事に就くことで夢に近づけるのではないかと思った。


 しかし、ふたを開けてみると、現実は甘くはなかった。

 働きながら趣味のような感覚で執筆をしていてもプロにはなれない。「十年に一人の逸材」などと称される、才能に恵まれた者ならともかく「上手な文章が書ける者」が作家になるには不断の努力で才能の無さをカバーするしかなかった。


 私の仕事は不定期で深夜に及ぶことも多く、小説やエッセイの執筆に時間を割くことはままならなかった。

 仕事で文章を書き慣れていることで整然とした綺麗な文章を書くことはできても、オリジナリティのある物語や読者の心を動かすような文章を紡ぐには何かが足りなかった。

 応募した小説が一次選考・二次選考は通過するものの、受賞に届かない理由はわかっていた。わかっていながら、どうすることもできなかった。


★★★


 出版社に入社してまる五年が経った年のこと。

 いくら書いても結果が出ないことに焦りを感じ、自信を失いかけていた私に転換期ターニングポイントが訪れる。


 大規模法律事務所ローファームに席を置く弁護士にスポットを当てた連載記事を執筆するため、私はある事務所を訪れる。

 そのとき対応してくれたのが当時三十歳だった、今の夫。

 司法修習を終えると同時に「生き馬の目を抜く」と言われる、アメリカの名門事務所に入社し、百戦錬磨の先輩弁護士に揉まれながら切磋琢磨しているとのことだった。


「まだ給料の半分も仕事はしていません」


 口では謙遜していたが、事務所の代表としてマスコミの取材を受けていることからも、彼に対する期待と信頼が大きいことが窺えた。


 最初は仕事の話しかしなかったが、二回目の打ち合わせのとき法律談義で打ち解け、三回目の打ち合わせの後いっしょにランチを食べた。

 四回目の打ち合わせのときディナーに誘われ、最後の打ち合わせが終わった日の夜、六本木のホテルのレストランで夜景を見ながらディナーを食べた。そして、二次会の後、身体を求められあらがうことなく身を委ねた。

 その後、私の妊娠が発覚し、私たちは結婚することとなった。


 彼との結婚は「シナリオどおりにことが運んだ」と言ってもいい。

 自分の夢に限界を感じていた私は、タイミングよく出現した「逃げ道」を上手く利用した。

 彼からディナーの誘いがあったとき、日を決めたのは私だ。彼には「仕事の都合」と言ったが、実際は「身体の都合」――抱かれることを想定して日を決めた。


 それまでの私は、いわゆる「できちゃった結婚」に否定的だった。

 突然の妊娠により思い描いていた夢がついえてしまうことに納得がいかなかった。女だけが割を食うのはおかしい気がしてならなかった。私は避妊に人一倍慎重で、自分の身体のことをしっかりと把握していた。

 ただ、あの夜はそれを逆に利用した。いわゆる「危険日」だったにもかかわらず、、用意していた台詞を耳元でささやいた。「今日は大丈夫な日だから」と。


 そのことについて、彼から追及されることは一切なかった。

 彼が私を愛してくれていたからなのか? それとも「言った、言わない」の話で揉めることでエリート人生に汚点を残すのを避けたかったからなのか?


 いずれにせよ、あの日、私は自分の人生を大きく左右する選択を行った。


★★★★


 時計に目をやると時刻は午後三時過ぎ。ミネラルウォーターを口に含んで二階のベランダへ出ると、空気が冷たく感じられた。


 私の家は都内でも指折りの高級住宅街。この時期になるとそれぞれの家がイルミネーションの華やかさを競う。

 それはどこかのテーマパークを彷彿ほうふつさせる。夜が更けるにつれたくさんのカップルや親子連れが集まってくる。

 しかし、私の家はイルミネーションもなければクリスマスを祝う予定もない。クリスマスムードとは一線を画し蚊帳かやの外に置かれている。


 妻としての「私」と母としての「私」――どちらも「役割を演じている」に過ぎない。妻と言う仮面と母と言う仮面を被ることでいつも素顔を隠している。今の私を形容するには「仮面家族」という表現がピッタリ。


 傍から見れば哀れに映るかもしれない。以前は自分でもそう思ったことがある。しかし、あるとき、そうではないことに気づいた。

 つまり「家族から愛情が注がれないこと=辛いこと」という前提に立つから自分が不憫に思えるのであって「家族とはドライなもので単なる共同生活者」と考えればどうということはない。「愛情は家族以外の者からも得られるもの」と割り切れば全く問題はない。


 私の家には愛情や笑顔などというものは微塵みじんも存在しない。その代わり、自由になるお金と時間は腐るほどある。

 私には、数年前からともに楽しいときを過ごしてくれる、優しい男性ひとがいる。もちろんクリスマスは彼といっしょに過ごす予定だ。


 ところどころで点灯し始めた、華やかなイルミネーションを見つめながら聖夜のことを思い浮かべると身体の芯が熱くなる。

 冷たく感じられた空気はいつの間にか心地良いものへと変わっていた。



 つづく

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