趣味性の高いスイッチ

@positoro

趣味性の高いスイッチ

先月、日本国有重工業清算事業団の資産整理の一環として放出されたタクトスイッチ(黒)SKHPHNA313。

私には入手できなかった。今回の放出分、32510台は完売したそうだ。今後の発売予定分もすでに予約で完売という。

入手できるのはいつのことだろうか。

私はこのスイッチ収集という趣味を子供の頃から続けている。

今では一財産といえるくらいの蒐集になった。

私が生まれるより以前には多くの趣味人口のあった分野のようだが、昭和99年の今では古臭い趣味として認識されている。

世代の違う親に言わせれば例えば、切手収集みたいなもののように目に映るようだ。

デザインや絵柄しか違いのない切手に比べたらスイッチには、筐体を形作る樹脂の手触りや質感、色、端子の鈍い輝き、そして何と言っても機種による様々なクリック感。

より多くの趣味性を内包するように私は、思っている。

大きなものではなく、嵩張らないので例えば自動車のような趣味と比べ所有するのに場所をとらず、多くの種類を所有できるのもいい。

採取した昆虫を陳列するよう離れの書斎に並べてある私の多くのコレクションのうち、気分で選んだお気に入りのスイッチを手にしてその感触を味わう。

冬の暖かい部屋のなか、柔らかな椅子にくつろぎラヴェルのレコードを再生する。

そしてその単調な変わらないリズムに合わせ、スイッチを左手に取り、クリック。

午後は、そうした至福の時間を得て過ぎた。

この、スイッチ収集という趣味の市場は世の中に、昭和初期に急に現れたらしい。

どういうわけかは不明である。はじめは細く好事家の間での国の生産計画の情報交換などの会合や、あるいはコレクションの展示会、交換会などが行われていたようだ。

国立国会図書館に存在もするその会の名簿を調べると、参加者には国防機構内のテクノクラートや財閥系の重工業企業の社員の名前の存在が目立つ。

そしてその趣味の市場の人数規模は、この頃では大きくは、なかったようである。

その後、先の大戦中の国家高揚のなか、敵性語であるのでスイッチとは言わないが、このころではすでに開閉器収集というジャンルの趣味が市民の間には広く存在した。

昭和15年2月 東亜開閉器公社発行、季刊開閉器句報 創刊号、も私のコレクションの一部だ。

スイッチを手に遊ばせながら、ブラウン管から聞こえるニュースに耳を寄せると、本営の報道官が伝えている。

数年続くこの大戦の戦局は本営の発表によると、本日も快進のようだ。

先週も三沢基地より、北の方向への弾道ミサイルが2発発射された。

ニュースは続けて本営、および日本原子力研究製造開発機構の広報官らによる記者会見を写している。

先ごろ国会を通過した法案、憲法66条2項の改正を適用をした結果の条項は、どうやら兵器を発射する装置を制御する管制官は日本の行政システムの中には存在しないよう、恣意に解釈できるようだ。

一度外れた箍を再び同じにはめることが難しいことと同じように、多く憲法が改正される機会のある今では、あまり興味のない類のニュースだ。

ブラウン管の電源を落として、月刊スイッチ、今月号に目を移す。

広告の新発売の製品には多くのスペックが並ぶ。

古くからのスイッチ収集家の私から見たら、必要は感じられないのだが最近のスイッチの内部にはただのスイッチ以上の何らかの機能もあるようだ。

また、コンピューター通信網上にある、政府の機密をリークする情報サイトによると、スイッチ部品の販売元は各民間商事企業ではあるが、製造は全て国が一元して行っているという話もある。

機能が増えるならば趣味の幅が広がるしまた、国が管理しているのならば製品の品質も安定するであろう。

理由はわからないがコレクターとしては喜ばしい、としかその時は考えなかった。

私の左手にはただ、趣味性の高いスイッチだけがある。

そして私以外の多くの蒐集家の手にも、押されるのを待つスイッチが数多く、あるのだろう。

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