騙すのか?騙されるのか?

赤ちゃん

第1話 親子愛の絆

プルルルル、簡素な音が部屋中に鳴り響いた。

 電話がかかってきていることを置き電話が知らせている。

 もう七十を過ぎた母が受話器を取るために重い腰を上げた。


母「もしもし」


詐欺「もしもし、俺だよ俺」


母「ん? ええと、もしかして私の息子の……」


詐欺「そうそう、俺だよ、俺」


母「ああ、息子のアレンステラテスね!」


詐欺「(は……? 今、なんつった? アレンステラテス……? このババア、珍しい名前つけすぎだろ)」


母「ん? アレンステラテス、どうしたの?」


詐欺「(よし、アレンステラテスで間違いないな)」


詐欺「いやあ、ちょっと俺、人轢いちゃってさ……」


母「ええ、またなの? 今月何人目よ」


詐欺「(また……? やばいところに電話をかけてしまったのでは……)」


詐欺「それでさ、母さん。お金貸してくれないか?」


母「いくら必要なの?」


詐欺「ざっと千万円ぐらいだ」


母「千万円ならあんたの日給じゃない。わざわざ借りる必要もないだろうに」


詐欺「(千万円が日給……!? アレンステラテスって何者だよ……)}


詐欺「今回の仕事はまとめて給料をもらう式だから、今お金ないんだよ」


母「へえ、なら仕方ないわね。どこの口座に振り込めばいいの?」


詐欺「(なんだ、こいつちょろいな)」


詐欺「△△○○○○に振り込んでくれ」


母「分かった。久しぶりだし、昔話でもしましょうよ」


詐欺「(そんなの了承するわけないだろ)」


詐欺「今、忙しいんだよ。また今度でいいなら」


母「それじゃ、振り込まないわよ?」


詐欺「(こいつ……! 面倒なことを言ってきやがる。最近のババアは日増しているという話をよく聞くが、人を轢いたっていう息子にそんな仕打ちをするものなのか)」


母「どう? それでも嫌?」


詐欺「仕方ないな、ちょっとだけだぞ」


母「さすが、アレンステラテス。私の息子なだけあるわね」


詐欺「(お前の息子じゃないけどな。というか、今、ノイズが……?)」


詐欺「なあ、今、ノイズが聞こえたんだがそっちで何かしてるのか?」


母「あー、古い電話を使ってるからね。そろそろぼろが出てきちゃったのかしら」


詐欺「ったく、しっかりしたの使っとけよ」


母「給料日を忘れて、お金を親にせがんでくる子に言われたくはないわね」


詐欺「それを言われたらしょうがないんだけどな……」


母「全く、おバカさんなだんだから。そうねえ、いつの話をしようかしら」


詐欺「(さっさと決めてくれ。ぼろを出さないうちに電話を切りたいんだ)」


母「そうだ、じゃあ、以前あんたが人を轢いた時の話をしましょうか」


詐欺「……あんまり好きじゃないんだけどな」


母「そう? 何回も轢いているから轢くことが好きなのかと思っていたのに」


詐欺「好きなわけないだろ? お金がかかるんだぞ?」


母「そうね。私もあまりお金がかかることは好きではないわ」


詐欺「(人を轢くこと=お金がかかること、か。やっぱりこのババア、頭おかしい)」


詐欺「そうだな。俺もその意見には賛同する」


母「それは良かったわ。なら、アレンステラテス。一つ、昔話をするとしましょうか」


詐欺「さっさと済ませてくれよ」


母「ええ、きっとすぐに済むわ。私ももう記憶があいまいだもの。伊達に年をとってないわ」


詐欺「ああ、そうだったな。もう母さんも年か」


母「アレンステラテスは一度誘拐されたことがあったわね」


詐欺「(なかなかな壮大な過去を持ってるんだな。アレンステラテス)」


母「その時の誘拐犯はもう捕まったけれど、あの時、アレンステラテスは心の底から、悪を憎んだ。自らの危機を超えて、変な世界観が生まれちゃったんだろうね」


詐欺「……ああ、そうだな」


詐欺「(そんな過去は知らない。さっさと終わってくれ。全く持って興味などないんだよ)」


母「だから、あなたは人を轢く」


詐欺「は?」


母「アレンステラテス、あなたはね。私の息子じゃないの」


詐欺「いきなり何を言って……?」


母「だから、言葉そのままの意味よ。あなたは私の息子じゃない。いいえ、変えましょうか? あなたはアレンステラテスではない」


詐欺「そんなことあるわけないだろ!」


母「いいえ、そんなことあるわ。ニセのアレンステラテス。私のこの電話にかけてくるのは何度目かしら? いや、違ったわね。あの時はもっと声が高かった」


 そこで、母は一息置いた。そして、言い放つ。


母「アレンステラテス。あなたは何人の人間の息子ですか?」


詐欺「……知らねえよ。数えてなんて来なかったからな!」


母「あら、そう。残念ね。アレンステラテス。地獄に落ちなさい」


詐欺「うっせえよ! このクソババア!」


 ***


 犯人は思い切り受話器を叩きつけた。


「なんだよ、引っかかったふりしやがって。地獄に落ちろとか、あの年代で中二病してんじゃねえよ」


 そんな愚痴をぼやいていた時だった。

 

 ピンポーン。


 家のインターホンが鳴った。


「……はは、冗談だろ? なんで家まで来て……?」


 そんなつぶやきを思わず口から漏らした。 


「開けろ! 家にいるのは分かっているんだ!」


 大きな声で届けられた忠告の言葉が、犯人の耳を通り過ぎた。


 ***


「全く、意地が悪いな。母さん」


 モニターで周囲を囲まれた部屋に二人の人間がいた。中央には置き電話が設置してある。


「そんなことないわよ。こんな老人を貶めようとした奴が悪い」

「否定はしないが、不快でしかないんだよ」

「なんで?」


 もう七十を過ぎた俺の母が笑いながら聞いてくる。


「俺の名前がアレンステラテスだからだよ」


 言わせるんじゃねえよ、このクソババア。


「そうね。私があなたに名付けた名前。カッコいいと思わない? なんで皆、一様に驚いた反応をするのかしら」

「たとえカッコよかったとしても日本人には似合わねえよ」

「そうみたいね。あんたもそろそろ仕事じゃない? さっさと行きなさい」


 母に言われて、自分の腕時計を見る。確かに定刻まであと少しだ。

 

「だな。じゃあ、悪いやつを懲らしめに行ってくるよ」

「どうせ轢くだけでしょうに」

「面倒なのは嫌だからな」


 詐欺をするような奴に人権なんてない。だから、俺は車で轢いてやるんだ。

 俺は部屋から出ようと扉に手をかけた。

 しかし、思い出し、振り返る。


「ああ、そうだ。俺の日給は千二百万円だ。間違えてんじゃねえよ」

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