第09話 新居が手に入った!!

 熊野家とアティラの長々とした話の中で幾つかの事実が判明した。


 ――一つ目は、彼女がこの世界の住人ではない事。

 ――二つ目は、彼女には、住む場所がない事。

 ――三つ目は、この世界で初めて出会った人が仁である事。


 そして、彼との出会いを得て、アティラがどれ程の体験をできた事か。

 ラーメンの神秘的で不思議な美味しさを秘めた味なのか、夜の筈なのに明るく照らされる仁の部屋から見える景色。

 どれを取ってもアティラの心の奥に突き刺さる素晴らしい思い出。

 その一つ一つの思い出をまるで光の玉のように大事そうに抱え込む。

 何一つ零さないように、しっかりと胸の中に仕舞うように――

 その姿を見た明日香は、彼女と同じ立場だったら――その状況を想像して、一つの重大な決断をする。


「なあ、アティラちゃん」


 不意に呼び掛けられたアティラは、背筋をピーンッと正して、短く『はい』と頷く。

 自分の話を全て受入れられてくれたとは、勿論信じていない。

 自分自身すら、異世界に飛んで来た事にも未だに信じられないぐらいだ。

 けれど、明日香の発した言葉は、アティラだけでなく、仁も驚く、彼の隣にいた良太のみがはしゃぎ出しただけだった。


 ※※※※


 翌朝、気分爽快で朝を迎えたアティラは、ベッドから降りて、目一杯腕を伸ばした。


「ふん~ん」


 硬く湿っていた洞穴の床より断然気持ち良く眠れたアティラは、ボケーッとした様子で何故この居心地の良い『家』と呼ぶ洞穴にいるのだろうかと自問する。


 ■■■■


 そして、遡る事昨晩。


「アティラちゃん、ここに泊まっていきなよ!!」


 明日香の思いがけない言葉に絶句したアティラとは余所に仁は、手を振りながら明日香に講義する。


「いやいや、ここは俺の部屋だぞ!この中にアティラさんも一緒に寝るって、さっきの言葉と真逆じゃない」


 厳密に言えば、一緒に暮らしては駄目とは言っておらず、意味合いで一緒にいては駄目と明日香は、仁がアティラを押し倒している時に思った事である。


「話は、最後まで聞くの、仁」


 そう言って、母――明日香は、彼女が言っている意味をこれから説明すると、仁を黙らせる。


「仁!!」


 明日香は、大きい声で息子の名を呼び、仁も、反射で『はい!』と答えた。


貴方あんたは、うちに戻りなさい……この家を……アティラちゃんに譲ってね♪」


 真剣み溢れる表情は、一瞬にして、柔らかく微笑みに変わった明日香は、最後にできる限り可愛い声で息子に自分の部屋を明け渡す事を要求する。


(んぐ……この笑顔……断ったら殺される!!)


 外側から見れば、なんとも微笑ましい光景だろうが、仁の視点から見ると、その笑顔の後ろに般若面が付き纏う。

『はい』一択しかない状況で、仁がせがんで漸く手に入れた一人暮らしの家を手放す時がようとは思いもしなかったのだろう。

 住んでまだ数ヶ月、慣れ始めたこの生活とはおさらばだ。


(さようなら、俺の一人暮らし生活……)


「わかった」


 涙を流しながら、已む無く母の要求を呑む。

 状況判断に戸惑うアティラに明日香が今、ここにいる場所が新しい寝床だと、できるだけ簡潔に説明する。


「本当にいいのですか?!」


 少し大きい声でそう尋ねるアティラに対して、明日香は、にっと笑い、親指を立てて。


「全然平気。じゃんじゃん使っちゃいな!!」

「ありがとうございます!!」


 問題であった寝床探しもこれで解決。


(熊さんのお母さん、とても優しい)


 出会って数時間、ここまで親切にしてくれる人はどこに居ようか?

 アティラは、ただただ、ありがとうの言葉を繰り返した。

 女二人の横にいる――まだ泣いている――少年、仁は、収拾がつかない所まで進み切ってしまった話を聴きながら、ぽろりと囁く。


「俺の意見は……?」


 人差し指で自分を指しながら、女二人に無視され、更に涙が零れ落ちる。

 ここまで可哀相な人がいるのかと思えたが、アティラが仁に向き直り、歩み寄って来た。


「熊さん、ありがとう。実は、困っていました……寝る場所がなかったから……」


 涙目で感謝するアティラを見た仁の内心では、こう言っていた。


(そんな言葉を聴いたら、もう嫌だとは絶対に言えないじゃない!!)

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もしも、完璧世間知らず娘が現世に召喚されたら 神田優輝 @yuukikanda97

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