秘密結社レトロスペクティ部
第1話 秘密結社レトロスペクティ部
レトロスペクティ部、それはありとあらゆる昔を懐かしむ事を活動目的とする団体の総称である。
時は21世紀。
世界で初のレトロスペクティ部は古都、京都で誕生した。
場所は南佐和口町の小学校だ。
部員の心得
1、今を生きる事を忘れるな、我々にとっての懐古とは昔の文化や風習、物などを良いものとして思考する事である、決してそれを現代に持ち込もうとしてはいけない。
2、懐古は基本的に2人以上で行うもの、方法はどの昔のモノを懐かしむか誰かが提示しそれを相手、または皆が懐かしむ事を了承したら語り合う。語り合う事こそレトロスペクティ部的懐古である。
3、懐古が出来る対象は20世紀前のモノとする。それ以前ならなんでも良い。しかし恐竜が生きていた時代などを懐古しようとすると様々な恐竜の学説でなにが嘘で本当なのかわからずに語り合うことが面倒になるので要注意だ。
4、レトロスペクティ部の部員は自分をレトロスペクティ部、部員だと名乗ってはいけない、レトロスペクティ部は秘匿性の高いサークルである。そして出来るなら部員は帰宅部であった良い、なぜなら他の部活に参加している人間は時間が取れないからだ。
5、レトロスペクティ部は1つのサークルを指す言葉では無く上に書いたように懐古行為を行う団体の事である、なのでレトロスペクティ部とはサークルの名前では無い。新しくレトロスペクティ部を設立する際にはサークルに独自の名前をつけなくてはいけない。
(ただし世界初のレトロスペクティ部、京都本部「レトロスペクティ部」は世界初のモノなので例外である)
6、上記全てに理解し、納得した者にのみレトロスペクティ部のメンバーに加わることが出来る。肩の力を抜き語り合おう。懐かしきモノ全てを。
初代レトロスペクティ部京都本部 部長
黒川灰御
「と言うのを書いて来たんだよ京子ちゃん!」
と黒川灰御は私、つまり京子ちゃんにA4用紙に汚い字で記されたレトロスペクティ部の歴史なるものを渡してくる。
「なにこれ」
「見ての通りレトロスペクティ部の歴史だよ」
「ふーん、あんた部長だったの?」
「うん、このサークルを企画したのは私だし」
「おーん、で? ここがそのレトロスペクティ部? の部室?」
私は灰御に放課後、薄暗い物置き部屋にいた。
多くの置かれたモノに埃が積もっていてそれでいて空気は湿ってカビ臭い、長居すると肺が逝かれちゃいそうな所だ。
「良い雰囲気でしょ? 京子ちゃん」
「悪く無いわね、まあ」
大勢が嫌悪しそうな空間だが私は好きだ。
なんかこう、シャーロックホームズがいそうなロンドンって感じで。
「で? ここがそのレトロスペクティ部? だってんの?」
「うん、そうだよ、京子ちゃん! ここが私達の部室!」
「なるほど私達の部室なのか」
いつの間にか私はレトロスペクティ部なるものの部員になっていたようだ。
部員の心得、6を設立者は忘れているようだ。
「え? ちょっと! なんで私がそんなのに! 入らされてんのよ!」
取り敢えず大袈裟にリアクションを取っておく。
「そりゃ1人じゃ部活は出来ないし」
そして灰御はクールに返す。
「成る程、で? 部活内容は?」
これ以上リアクションを取ってうざいと思われても嫌なので取り敢えず灰御に大事な事を聞く。
「え? その紙に書いてるでしょ? 懐古するんだよ」
だからそれは具体的にどういうことかと聞いてんだよ。そんな表情を浮かべていたら灰御はやれやれ、と言った顔をする。
「懐かしむんだよ一緒に、ありとあらゆるモノを!」
灰御は顔のハリのある肌を引きつらせて笑う、楽しそうに。
その顔は灰御はこれから私としようとしている事はきっと楽しい事なんだろうなあ、と私に思わせた。
「と言う訳でこれから懐古するものはこれに関するものよ!」
どう言うわけかは知らないが灰御は手に拳銃を持っていた。
「学校にそんなもの持ってきちゃ駄目よ、灰御」
取り敢えず注意する。
「大丈夫、大丈夫バレなきゃセーフセーフ!」
まあそうか、とすごく楽観的な灰御に同調する私。
「で? 何それ?」
「コルト社の銃のモデルガンよ、とても精巧で綺麗なものよ」
「へー、で? それをどう懐かしむの?」
「話すのよ歴史を、京子ちゃんにね」
銃を見ながら灰御は言った、銃の歴史を語りたいようだ、銃談義がしたいのならガンマニア部とか設立すればよかったんじゃ無いのかな?
「これは主に開拓時代に使われたもので世界一高貴な銃なの」
「へ〜、高貴だから持ち手に薔薇の紋様が彫り込まれてるの?」
灰御の銃の持ち手、つまりグリップ部分にはドラマとか映画では見ないような柄が彫られていた。見るからに職人技だ、大量生産品とは逆立ちしたって思えない。
「それ高かったんじゃ無いの?」
「5万くらいしたわ」
さらっと小学校低学年の少女は言った。
「金持ちね、あんた」
私も負けないくらいにさらっと言ったが驚きのせいなのか声が上ずってしまった。
「んまい棒5000本買えるわね」
取り敢えず自分でその金額を納得すべく私の身近な物に例えて見た。
「チョコ味が一番美味しいよね!」
私は野菜サラダ味が好きだ。んまい棒のチョコ味を買うくらいならチョコバッツの方が美味しいしね。
「それもしかして限定生産品とかなの? なんか凄い細かいけど」
「ああ、これは私が彫った」
「……」
「図画工作は私の得意分野だからね」
「へー…」
灰御はいわゆる普通の勉強は下の下だがこういう創造性と技術に左右される分野においては上の中くらいの力を発揮して美術のコンクールとかでも賞を総なめにしている。
「まあこんなものは開拓時代の荒れ果てた戦場では役に立たないものなの、ただのお洒落ね、この銃の凄いところは……」
語り出した、この子の銃談義はわりといつもの事だ。こんな処に連れられなくともいつもの事、つまり私たちにとって日常的な行為だ、変化はない。
「いつもの話じゃん、結局。レトロスペクティ部なんじゃ無いの、懐古するんじゃ無いの?」
思ってる事を口に出して見た。
「もう、京子ちゃんにはせっかちだなぁ、私のトーク構成を信じてくれないと懐かしむのはこれからよ!」
成る程、では懐古するとはどういう事なのか聴かせて貰おうかしら。そう思い話しを続けてと彼女に言う。
「この銃が何故開拓時代のアメリカで活躍したと思う?」
いきなりクイズを出題された。
「そりゃあ、インディアン……ネイティブアメリカンが馬鹿みたいに槍持って攻撃してくるからじゃないの? 槍じゃ銃に勝てない」
「うん、まあそうかもだけど私が用意してた答えとは違うね」
不正解、残念。
「答えはカッコいいからよ!!」
不安な正解例を耳にした。
「え、何それ」
凄い答えなので灰御に抗議してみる。
「カッコいいっしょ! このシンプルかつ繊細な銃身、このイカした形の撃鉄!!」
……。
「で?」
「まあ、まあ。で! この銃は開拓時代をテーマにした映画に良く出る訳よ!」
「西部劇ね、見た事ないけど」
「私はね、京子ちゃん! 西部劇を見てるとなんか心が懐かしい気持ちに包まれるの」
「前世がカウボーイだったんじゃない?」
「かも知れないわね、まあその気持ちを京子ちゃんにも分けてあげたいなぁっと思ってさ、それでここ……レトロスペクティ部を作ったの」
「へぇ」
「目を閉じて思い浮かべて見て」
言われた通りに目を閉じると真っ暗な世界が広がる。視覚情報が無くなったため嗅覚が強まりカビ臭い匂いが脳中に広がっていく。しかし私にとっては嫌な気分ではない。どちらかと言うならいい気分に分類される気分だ。
「渇いた世界、あたりはみんな砂漠。転がる大きい毛玉みたいなもの。木製の家々が並ぶ町並み。そしてその町の酒場」
ステロタイプな西部劇な雰囲気が私の暗闇の世界で形作られる。あのデカイ毛玉みたいなのは一体なんなのだろうか?
私の脳裏に思い浮かんだ景色は酒場の中だった。
ガラの悪そうな奴らが昼間から酒を嗜んでいる。
嗜むと言うより呑んだくれてる。
しかし皆何かを警戒している、心底安心している表情ではない。
腰のホルスターに拳銃、灰御が持っていたやつのレリーフがないモノがさしてある。
「京子ちゃん頭いいからもう思い浮かんでるでしょ? 景色が」
「うん、でも話しかけられるとイメージが崩れる」
「そりゃそうか、じゃあ私の言うことを聞いててね、返したりしなくて良いからね」
こくりと頷く。催眠術に掛けられるような気分で緊張する。
「酒場を思い浮かべてるでしょ? ワーワー騒がしい荒くれ共の広場」
こくりと頷く。
「京子ちゃんはそこでミルクを飲んでる、子猫みたいにあたりを気にして」
うんうん、とイメージを足していく。もしそんな場所に私が居たなら子猫どころじゃなくネズミくらいにはビクつきそうだ。
「そこで酒場で呑んでた人にここは子供の来る場所じゃ無いと言われるの」
イカツイオッサンにそんな事言われたらちびりそう。
「でもあなたは言うの、ごめんなさい、私ここで待ってるんです。っと」
喉が引きつって声に出なさそう。
「そうするとその酒場で呑んでた人は酒臭い吐息を京子ちゃんの顔に吹きかけながら言うの酒場で女の子待たせるなんてろくな奴じゃねえなって」
そりゃそうだ。私がオッサンならばこんな美少女放っては置かないだろう。
「そうしたら京子ちゃんは待たされては居ないって言い出すの」
あら、売春か何かかしら? 客待ちかしら?
「京子ちゃんそう言った後他の奴らより悪党顔をした奴が入って来るの」
あら怖い。銃撃が始まりそう、机の下に伏せとかなくちゃ。
「ヒャハハ! 賞金首の俺様が入ってきたぜ!!」
自分からこんなとこで賞金首だとか言うなんて馬鹿かよ、こんな所じゃ鴨ネギじゃん。最悪殺されそう。
「待ってたのが来た、とあなたが言うの」
こんなの待ってたの!? 私が!?
「何だおめえ、と賞金首の男は言うのするとあなたはこう答えるの」
どうなるの!? こんなんが客なの?
「賞金稼ぎ、そうあなたは呟いて腰から薔薇のレリーフが彫られたリボルバー拳銃を抜き腰撃ちでその賞金首の眉間に撃ち込むの!」
……何か少年漫画の32ページ読み切りマンガみたいな展開になって来た。多分新人賞は取れない感じのヤツだろう。
まあでもこういう世界観も嫌いでは無いので想像を続ける。
賞金首と名乗った男は糸が切れた操り人形の様に倒れる。
すると店中の客の銃口が私に向く。
チャカカッ! 映画とかで銃を振ったら出る音が全方位から聞こえる。
店主は別に驚きもせずにコップを布切れで拭いている。
少しでも身動きを取ると私は蜂の巣になる事だろう。絶体絶命という言葉がピッタリの状況だ。
何で私はこんなところで賞金首を殺したのだろうか? もっと暗殺に適した場所は無かったのだろうか? まあこれは灰御の筋書きなので賞金首の殺害方法を考えたところで仕方がない事だが。
「大丈夫、私は賞金首以外には危害はくわえないわ、そうあなたが言って銃口を上に向けるの!」
ほうほう、中々良い行動ね、警戒が薄まるわ。
「そして客たちは俺たちに賞金が付いてないと? 少しは考えて行動しろ、とそういうの」
ヤバい! 私馬鹿じゃん! 一気に店の客20人くらい敵に回しやがった!
「京子ちゃんは知ってた。と言うと店のシャンデリアを撃ち壊すの!」
知ってたの!? あえてこの人数を敵にしたの!? 馬鹿の極みじゃん!
そう頭で思考しつつも私の脳裏ではイメージが勝手に動いていた。
パシャーン! シャンデリアが破壊されて店内は真っ暗になる。
一瞬の、本当に一瞬の間が店内を支配する。
バン! バン! バン! バン! バン!!!
私の敵と化した酒場の客が私の元いた場所に向かい弾丸を発射させる。
硝煙の臭いが店中に立ち込める。
銃撃が終わる。
弾丸で店に空いた穴から光が入って来る。
光に照らされた硝煙と舞い散る埃が美しい。
「おい、あのガキ居ねえぞ」
そう客の一人が言った。
それが最期の言葉となった。
バン!
客の頭の中身が額から飛び散る。
男は激しく木製の床に倒れる。
男の血が床に染み込んでいくのを客たちは暗闇の中、目を凝らしてみた。
「おい! クソ! ガキがまだ生きてんぞ!!」
客たちはあたりを見渡す。
バン! バン!! バン!!!
三回の銃撃は私が行ったものだ。
ただ闇雲に、だが客たちはそれを誰かを私が狙撃したモノだと思い込んだらしい。
その証拠に客たちは私がいもしないところに向かい乱射し始める。
「クソ! 撃ち殺せ!」
「みんなぶち込め!!」
いもしないところにぶち込み始める酒場の客たち。
「クソどこだ!!」
「ああ!! クソ! 撃たれたぞ!」
「あああ!!!」
床に伏せている私は人が倒れる振動を7回くらい聞いた。
馬鹿共が自滅していく。
その間私は拳銃に撃った分の弾丸を込める。
チャカ、っと蓮根状の銃を込める場所を元に戻す。
その頃になると銃声が鳴り止む、基本的に6発の銃でマシンガンみたく撃ちまくるからそうなるんだ。
倒れている客の銃を盗み二丁拳銃にし脚に反動をつけ立ち上がる。
客たちは混乱していて私の姿を確認できていない。
撃鉄を上げて一番近い客二人の頭に照準を合わせ引き金を引く!
拾った方の弾丸も六発そして今弾込めした銃は勿論六発の装填してある。
合計十二発。
客の数は丁度十二人。
二人の額に加速した弾頭がするりと入っていく。
そして血を撒き散らし倒れる。
ビチャア、と嫌な音を立てながら断水した後の蛇口から出る錆水みたいに血が噴き出す。
その音で流石に客たちは私の存在に気づいたようで銃口を私に向け出す。
が、弾切れ。
その様子をみる客の間抜け面に撃ち込む。
うわあ、と何処かへ逃げ出そうとする客の背中に撃ち込む。
叫びながら酒瓶片手に突っ込んでくる客の胸に撃ち込む。
呆然と立ち尽くしている客の右目に撃ち込む。
私の背後で椅子を持って殴りかかってくる客の腹に撃ち込む。
机を盾に隠れようとしている客の太腿に撃ち込む。
今更銃の弾丸を込めようとする客の胸に撃ち込む。
両手を上げて降伏の意思を表す臆病者の客に撃ち込む。
うわああ、と発狂して立ち尽くす狂人の客に撃ち込む。
そして一人となった客は震えた手で銃口をこちらに向ける。
引き金を引くが弾丸は発射されない。
「そして京子ちゃんは引き金を引くの」
酒場は私の手によって至る所に飛び散った血と捲き上る埃と店の壁にできた穴と硝煙で地獄みたいになっていた。
酒場の店主は両手を上げて出てくる。
「あの、店の修理費って」
「何ならあんたの生命保険から払うか?」
「あ、ごめんなさい、私が払います」
すーっと店主はカウンターに隠れる。
私はガンマンだが流石にこんな場所に長居すると精神がヤられる。
ギイッ、回転式のドアを開け外へ出ると夕陽があった。
酒場の中の煙が外へと溶けていく。
夕暮れの砂漠の景色が瞳孔に焼きつく。
精神的疲労が夕陽に焼かれて湯気を立てて消え去っていくような気がした。
はあ、っと溜息を吐いた。
吐いたら呼吸だ、深呼吸。
……ソレは思っていたものと違った。
想像していた西部の乾いた空気とは真逆とも言える湿った匂いが鼻に着く。
思わず咽せた。
涙が溜まった目を開けるとまた夕陽に満たされた世界とは真逆の空間にいた。薄暗い学校の物置部屋だ。
良い夢から醒めた気分だ。
灰御は私の様子をニコニコしながら見ていた。
「まるでジョン・ウェインって感じだったよガンマンの風格だね」
何か褒められた。
さっき想像は何だったのだろうか? まるで現実のようだった。
「京子ちゃんは頭がいいからね、想像も私の語りを聞けば現実と変わらないもんよ」
ニコニコと明るく灰御は言う。
「これがあんたの言う懐古なの? 灰御?」
「そうだよ京子ちゃん! 何か懐かしい気分になったでしょ?」
確かにあの夕陽をみた時心がとても安らいだ。
だがあれを懐古とするのは国語辞典への反逆だ。
アレは何と言うか、そう言うもんじゃない気がする。
「あんた、私に変なクスリとか使ってないでしょうね?」
「親友の京子ちゃんにそんな事するはずないじゃん」
そうだな。それに小学生にそんな幻覚作用のあるモノにでくわせる機会なんてあんまりないだろうし。
「ね? これが私たちの懐古、いい気分でしょ?」
……良い気分だ、断言出来る。仮にこれをする事によって何か体に悪影響があったりしても気にせずしたいくらいに良い気分だった。
「うん、良い気分。懐かしいと思うってとっても良い気分」
「大人の階段二つ飛びしていく感じでしょ?」
良く分からない言葉を発する灰御だが私には解る言葉でそんな気分でもある。
「で? 京子ちゃん? この部活続けるよね?」
断る理由なんてない。
「勿論よ、部長」
私はレトロスペクティ部へと入部した。
懐古主義者の秘密結社は二人の人数となった。
つづく
レトロスペクティ部 炉夜牛029 @royausi
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