第4話 石鹸マニア黒川灰御

 部活は今日は部室ではなく黒川灰御の家で行われることになった。

 灰御の部屋は日章旗やら星条旗やらが壁中に貼られていてガンラックには古今東西様々なモデルガンが飾られていた。

 ベッドの敷き布団は勿論迷彩色だ、そこに2人は座っている。


「相変わらずすごい部屋ね」

「でしょ〜イカスでしょ」

「ふん、それで? 今日はどんな銃の昔話を聞かせてもらえるの?」

「今日は銃の懐古をするんじゃないよ……コレよ!」


 灰御はピンクの紙の袋にラベンダー石鹸、と書かれたモノを軍服のポケットから取り出しベッドに置く。


「何それ? 石鹸?」

「親戚の結婚式で引き出物よ、紙に入れたままでもいい匂いがするでしょ?」

「うーん、それで今日は愉しむの?」

「うん。懐古に値するものよ」


 京子は石鹸を手に取り眺める。


「これ、去年製造されたやつみたいよ?」

「石鹸を懐かしむのじゃないわ、懐かしめるのはモノだけじゃないもの……匂ってみてみ」


 京子は石鹸の紙に鼻を当て香りを吸引する。


「ラベンダーの匂い?」

「懐かしい匂いじゃない?」

「……うーん、ラベンダーの匂いに特に思い出がないからね。あまり懐古できないわ、私たちの部が追い求めるのは万人の懐古であって個人の懐古じゃないわ」

「そう? 日本人全員が、何億人が匂えば万人レベルは懐かしい匂いと思うんだけど?」

「うーむ、そうか、なるほど、部活のルールを考え直さないとイケナイかしら」

「足りないのはルールじゃなくて想像力よ、思い浮かべて京子。オランダの風車の元に乱れ咲くラベンダーの花を」


 京子はぼ〜っとその光景を脳裏に思い浮かべる。


「うーんいい光景ね、懐かしみはないけど」


 灰御は石鹸の封を破り、京子に嗅がせる。


「ほらほら、もっと、もっと想像を、想像してごらんよ!」

「う、うーむ……」


 京子の脳裏に平和な村の暮らしが見える。

 村人は幸せそうな顔をしていた。

 お爺さんお婆さんお姉さんお兄さん、そして子供たちが呑気に暮らしていた風景が京子には見えた。


「これは……美しい景色が見えたわ」

「うん、綺麗なもんが見えたでしょ!」

「私、オランダに行ったことすらないのに懐かしいと懐古してしまったわ」

「何でだと思う? 何であなたは懐かしんだと思う?」

「わからないわ?」

「うふふ、あなた世界名作劇場、好きだったわよね?」

「うん、大好きよ」

「それのおかげよ、かつて楽しんだ物語の舞台のような雰囲気が懐かしみを錯覚させるのよ」


 半分納得してもう半分はどういう事さ、と思う京子。


「というわけで場所というのは大事という研究結果をあなたに伝えておこうかと思っていたの」

「なるほど、部活に役立つ研究ね……それだけ?」

「うんそれだけ」

「そう」

「うん」



 おわり。

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