第五話【書き換わる世界②】

 ピンクを基調としたその部屋はなんだか甘ったるい匂いが漂っていた。この部屋に一つしかないベッドに腰かけた誠二は、女の子の部屋でたった一人、頭を抱えていた。なんでこんなことに。

「お待たせしましたー」

 誠二が顔を上げると、白いバスローブ姿のアヤがまだ濡れている髪をバスタオルで包み込むように拭きながら部屋に入ってきた。そう、彼女はたった今シャワーを浴びてきたところなのだ。

 そしてここは誠二の後輩である桜アヤの部屋である。ちなみに今夜は彼女の両親もお仕事でいないらしい。

 なぜいきなり、アヤの家にお邪魔しているのかといえば、単純に彼女に拾われたからだ。クラスメイトのリナと妹のアオイが突然ワケの分からない戦いをおっ始め、巻き込まれた誠二は吹き飛ばされ、空高く舞った。そして道に倒れているところをたまたま通りかかったアヤに助けられたのだ。

 電撃を身体からほとばしらせたり、架空の生き物である火竜サラマンダーが召喚されたり、という謎の空間にすぐ再び戻る勇気は誠二にはなかった。そんな彼をアヤは「じゃあ、うちに来ます? ちょうど両親もいないですし」と笑顔で誘った。

「お隣失礼しますねー」

 まあ、私のなんですけどね、と冗談っぽく言いながらアヤが誠二の左隣に腰かけた。彼女は身体を傾け、誠二の肩に頭を乗せて軽く体重を預けてくる。シャンプーの良い香りが、誠二の鼻腔をくすぐった。どきどきして彼の心臓の鼓動が早くなる。

「……あんま、その、」

 しかし近づくなとか重いとか言えるわけもなく、誠二は口ごもってしまう。二人きりの部屋で、シャワーを浴びてバスローブ姿の美少女と密着している。このままだといろいろとやばい。

「せんぱい。お願いがあるんですけどぉ」

「お、おうなんだ?」

 直後、彼は押し倒され、覆い被さってきたアヤと超至近距離で見つめ合う。彼女の吐息が顔をなで、誠二はさらにどぎまぎした。

「――死んでください」

「へっ!?」

 気づけば、誠二の首筋にはナイフが当てられていた。彼女が右手を数センチ動かせば、彼は血を流すことになる。

 おもちゃじゃないのは本能的に感じ取れた。そしてこれは料理用の包丁なんかでもなく、明らかに人を傷つけるためのナイフであった。

 しかしそんなもの、いったいどこから取り出したんだ。誠二は恐怖で身体が固まって動けなくなるのを感じながら、そんなことを考えた。

「――チッ」

「ひいっ!」

 誠二が悲鳴を上げたのはアヤに突きつけられたナイフが首をえぐったから、ではない。アヤは舌打ちとともに素早くベッドから飛び降りていたのだから。

 ベッドに横たわったまま固まっている誠二。彼の身体の周りには何本もの小型ナイフが突き刺さっている。ほんの数センチずれていれば誠二の肉につき立っていた。

「セイジから離れて」

 突如現れた声の主は青髪ショートの幼なじみ、林原ユキだった。

「分かってないなぁ。かわいい女の子に刺されるのが、せんぱいの願いなんですよ?」

 アヤはそう言うと、未だにベッドの上から動けずにいる誠二に向かってナイフを振りかぶる。鮮血があたりに飛び散った。

「ユキ! 何してんだよ、そんな……!」

 誠二の幼なじみである彼女の胸にアヤのナイフが深々と突き刺さっていた。彼をかばったのだ。ユキの白いブラウスがみるみるうちに真っ赤に染まっていく。彼女は誠二の言葉に応えることもなく、その場に崩れ落ちた。

「まだまだですね――」

 アヤがため息をついてそう言った瞬間。

 バババババババ! と彼女に銃弾の雨が降り注いだ。とっさに横に飛んで避けるアヤ。銃弾がやってきた方を見ると、が立っていた。

「え、ユキがもう一人!?」

 お腹からナイフを生やしさっきから足元で倒れている彼女と見比べ、誠治は驚愕の声を上げる。

「……どんなに個体を傷つけようと、私は『死なない』」

 言うと同時にユキは構えていたマシンガンをアヤに向けてぶっ放した。しかしそれがアヤにヒットすることはなかった。彼女がどこからか取り出した防弾ガラスの盾によって防御したからだ。しかしその際の衝撃でアヤはたたらを踏み、誠二のそばから離れてしまう。

 ユキは誠二をアヤから守るように彼らの間に立つ。

「『私が守るものエンドレス・クローン』ですか。殺しても殺しても湧き出てくるなんてやっかいですね~」

「お前たちはいったいさっきから何をやっているんだ!?」

 誠二は混乱して叫んだ。アヤが不敵に笑う。

「み~んな、せんぱいが欲しいんですよ。――それに、せんぱいも女の子に殺されるなら本望でしょう?」

 美少女に刺されて死ぬ? たしかに夢の一つではあるけれど、と考えかけて誠二は頭を振った。さすがに今すぐには死にたくない。

「セイジ、あなたは死なないわ。

「わたしもナメられたものですね~」

 アヤはそう言うと、防弾ガラスの盾を構えたまま、こちらに走り込んでくる。

 ――ガキンッ! ユキのマシンガンの銃身がを受け止めた。

「……武器の換装テレポート、それがあなたの属性能力」

「まぁ間違ってはないですけど、それだけだと思われるのはちょっと心外ですね。――わたしは『夢を魅せる者アサッシン』なので、を使ってこそ、というか」

「! ……やっぱりあなたは生かしておけない」

 ユキはムッとした顔でアヤの日本刀を押し返すと、バックステップで距離を取ったあと、マシンガンをぶっ放した。

「ふふふ、いったいナニを想像しちゃったんですかぁ~?」

 アヤはとっさに横に飛んでそれを躱すと、意味ありげな笑みとともにユキを挑発する。

「――ちがうっ」

 ユキは顔を真っ赤にしながら彼女を撃つ。しかしそれはなかなか命中しない。アヤが走って逃げていくからだ。それを追いかけてユキも誠二の前から走り去っていく。

「おい、待てよ!」

 誠二も立ち上がって彼女たちを追いかけようとしたが、それは叶わなかった。

「なんだこれ! 火事なのか?」

 二人の少女によってぶち開けられた部屋の扉、があった場所。今は何もないはずの空間が燃えている。

 驚いている暇などなかった。あっという間に黒い炎が部屋中に広がり、誠二は煙に巻かれて意識を失った。

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