第三話【憧れのスクールライフ②】
学校の階段を上ったところで、ユキと別れる。残念ながら彼女とは別のクラスだ。
「ちょっと、そこどきなさい! あぶないっ!」
誠二が自分のクラスの方に向き直ったところで、前から突っ込んできた何かとぶつかり、目の前が真っ暗になった。意識はあるが、視界が塞がれていて何も見えない。鼻と口に布が押し当てられていて息苦しい。それはじわりとしめっていて、かすかにアンモニア臭がした。これはまさか。
抗議しようとしてもごもごと口を動かすが声にならない。
「んっ……ていうかどこに顔突っ込んでるのよ! この、エロ星人!」
誠二の顔を覆っていた布が取り払われ、ぱっと視界が開けた。顔を真っ赤にしてスカートを押さえ、極限までつり上がった目でこちらを睨む金髪ツインテールの少女。『すくらぶ』におけるツンデレ枠、釘ノ宮リナである。
「そっちこそ、廊下は走るなよ」
「わ、悪かったわよ。でもすごく急いでたから」
「ああ、トイレか」
「なんで分かったの……あ、ちがう! そうじゃないから。全然ちがう用事だから!」
またしても顔を真っ赤にしてギャンギャン吠えるリナがかわいそうになって、誠二は引導を渡してやった。決して相手をするのが面倒くさくなったからではない。
「隠さなくていいぞ。もうちびってただろ」
「~っ!! このバカ星人っ!」
思いっきりビンタされ、誠二はまたしても廊下に倒れ込む。
「デリカシーのないやつに人権はないわ」
さらに追撃をしようとマウントポジションを取るリナ。嫌な想像が頭をよぎり、誠二は自分の制服を守るため、それを口にした。
「頼むからここで漏らさないでくれよ。早くトイレに行った方がいいんじゃないか」
「ふんっ!」
「ごふっ」
リナは誠二の鳩尾に一発拳を入れると、どこか(たぶん女子トイレ)へ走り去っていった。
「朝からやってるなぁ」
突然声をかけられて顔を上げると、クラスメイトがいた。『すくらぶ』における彼はセイジが親しく会話するほぼ唯一といっていい男子である。いわゆる悪友ポジション。
「今日はたまたまだよ」
「いつも似たようなもんじゃねぇか。うらやましいね、まったく」
とくにイベントのない午前授業をぼんやりと過ごし、昼休みはユキの手作り弁当を食べ、午後もまたおもしろくない授業を寝てスキップ。そして放課後。誠二はひとりで帰り支度をする。文芸部に所属しているユキは同じく文芸部員と思われる男に引っ張られていってしまった。
一階に降り、廊下の突き当たりを右に曲ったところで、どんっと何かにぶつかった。
「いって~」
前に倒れ込んだ状態だったため、左手を床について身体を起こそうとする。
ふにふに。なぜか床がやわらかい。不思議に思って下を見ると、呆れたようにこちらを見つめる美少女がいた。ふにふに。誠二の左手が無意識に彼女の胸を揉みしだく。
「あいかわらずですね。せんぱい」
「ご、ごめん」
誠二は反射的に飛び上がった。彼女も立ち上がって、パンパンと制服についた埃を払う。
「いいですよ。でもちゃんと――」
地毛だと言い張る亜麻色の髪と、すこし胸元が開いたブラウス。そしてかなり短めにセットされたスカート。『すくらぶ』における後輩系ヒロイン、桜アヤはあざとい。
「責任、取ってもらいますよ?」
そう言った彼女は、二人の足下に視線を移す。床にはたくさんのプリントが散らばっていた。
アヤは先生に頼まれ、書類運びをしているところだったらしい。
「もちろん」
誠二は状況を察すると、手早くプリントをかき集めた。
「さすがせんぱい。頼りになります~」
「バカにしてんのか」
誠二は全てのプリントの向きを揃え、束を抱えて歩き始める。そのあとをアヤが数歩遅れてついてくる。
「ていうか、アヤもすこしは持てよ」
「え~。女の子に持たせようなんて、せんぱいは男として恥ずかしくないんですかぁ?」
「もともとはお前の仕事だろ」
「その仕事を邪魔したあげく、人の胸を触った痴漢はどこのだれでしたっけ~?」
「……わかったよ」
これ以上、言い争っても勝ち目はないと判断した誠二はしぶしぶ職員室に向かって歩いていった。
「あ、桜さん」
廊下を歩いていると、向こうからきた男子に声をかけられた。彼はアヤの方ばかり見ていて、誠二のことは目に入っていないようだ。
「俺も手伝いましょうか」
殊勝な心がけだ。誠二は喜んで書類の束を押しつけようとしたが、アヤが首を横に振った。
「せんぱいがいるから、へーきです」
「……そうですか」
すこしだけ肩を落して去っていく彼。かわいそうに。女子の前でカッコつけたかったんだろうに。
「……あの人、最近やたら話しかけてきてうざいんですよね」
「ひでぇなぁ」
アヤの本性をかいま見て、やれやれとため息をついた。
そのあとはとくにこれといったトラブルもなく、職員室の先生の下へ書類を届けることに成功した。
「お疲れ様です、せんぱい。のど渇きませんか?」
「そうだな。自販機でコーヒーでも買うか」
「わたし、バナナセーキがいいです」
こいつナチュラルにおごらせる流れを作りやがった。誠二はため息をつくと、自販機前で財布を取り出す。しかし小銭が一人分しかなかった。五千円札はあるが、崩さなければ使えない。コーヒーかバナナセーキか。どちらか一本しか買えない。
「ほらよ」
「さんきゅーです」
誠二はバナナセーキをアヤに渡した。彼女はごく普通に受け取ると、両手で紙パックを持ち、ストローを使って飲み始める。
「あれ、せんぱいのコーヒーは?」
「小銭が足りなかったんだよ」
「ださいなぁ」
「うるせぇ」
「でも、せんぱいのそういうところ好きですよ」
「っ!」
「……かわいそうなので、残りをあげます」
アヤはそう言うとバナナセーキをこちらに差し出してきた。誠二はすこしつぶれたストローの先から目が離せなくなる。ついさっきまで、目の前の美少女が咥えていた。つまりこれは――。
「せんぱい今、間接キスを意識したでしょう?」
「いや、これは」
「顔に出てますよ? キモーい!」
アヤは心底楽しそうに笑い始めた。誠二はさすがにムカッときて、バナナセーキを彼女の手からぶんどると、何も気にしてないかのように一息に飲み干した。
誠二は夕食後、自室のベッドで横になりながら、五人の
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