第2話 2次会
同窓会の一次会が終わり、居酒屋の前の路上では幹事が二次会の出席者を募っていた。
正直、あまり乗り気のしなかった同窓会だったが、思わぬハプニングに、なんだか気分が良かった。
このまま、二次会に流れるのも良いかもしれないと思った。
今なら、素直な気持ちで、あの頃の思い出話をみんなと出来るような、そんな気がしていた。
「杉山さん」
突然、後ろから声を掛けられて振り向く。
そこには、少し高揚した顔つきの熊谷が立っていた。
ビックリしたことは事実だが、なんだか笑顔がこぼれてしまう。
「杉山さん。うちのがね、よかったら場所を変えて私達だけで飲まないかって言ってるの」
そう言って熊谷が指さす方向には、一台の車が停車していて、助手席に乗るクズオの姿が見てとれた。
「ね?いいでしょ?私、お酒飲んでないし、運転するから。色々お話ししたいわ」
熊谷はそう言うと、「私とあなたの仲じゃない」と続けて私の手を取った。
「そうね、おのろけ話、聞かせてもらおうかしら?」
私はそう言って微笑むと、熊谷に引かれるままに前に出た。
車は白い4ドア車で、私が後ろの席に乗り込もうとドアを開けると、すでにそこには委員長……恭子が乗り込んでいた。
呼ばれたのが私だけだと思っていたので、ちょっとビックリしていると、後ろから乱暴に押され、無理矢理押し込められるようにして車の中に転がり込む。
「なにするの!」
当然、私を押し込んだ犯人は熊谷であると確信して抗議したのだが、驚いたことに、但野先生が乗り込んできた。
「じゃ、行くわね」
運転席の熊谷がそう言うと、車は音もなく走り出す。
私は、後部座席に恭子と先生に挟まれた格好で座ったまま、色々なことが混乱して、誰にどんな声をかければいいのかすら思いつかない状態でいた。
恭子も先生も、まるで、私が居る事など気づいてもいないというように、無表情で、真っ直ぐ前を見ている。
「よく来てくれたね杉山さん。てか、杉山さんには、ホント世話になっちゃったなぁ」
不気味な沈黙が続く中、最初に口を開いたのは助手席のクズオだった。
「そんな……私、何も……」
「何も?」
恭子がそう言いながらゆっくりと首だけ私の方を向いた。
「なにも……?なに?それ、謙遜のつもり?」
「恭子ちゃん止めなよ、杉山さんはそんなつもりじゃないよ」
クズオのその声には、何故か嘲るような響きが込められている。
「杉山さんは何も……何もね、知らなかったんだから」
4人の哄笑が車中に溢れかえる。
「ホント、今となってはいい思い出話よね」
先生がへつらうような笑みを浮かべて言った。
「先生、過去形じゃないわ、コイツ、まだ何にも解って無いんだから。現在進行形の笑い話よ」
熊谷が、ハンドルを握りながらシートではしゃぐように身体を揺らす。
何かおかしい。
「ねえ、クズオ君、杉山さんが困ってるみたいよ?教えてあげなさいよ、彼女がなにをしたのか……」
恭子が、助手席のクズオにそう言って薄ら笑いを浮かべた。
「私、やっぱり帰る。降ろして」
私は身を乗り出して運転席の熊谷に訴える。
「まあ、まあ、杉山さん。そんなこと言わずに、話だけでも聞いてよ。車を降りるのはそれからでも遅くない……っていうか、聞いてもらわないと困るんだよね、こっちとしては」
クズオはそういって冷たい目で私を見た。
「気が済まないって言うかさ」
人は、こんなに無機質な目をすることが出来るのだと言う事を初めて知った。
理解できない震えが、背中の中心から全身に広がっていく。
私はシートの背に沈み込み、動くことが出来なくなっていた。
「あのね、杉山さん。B組であったいじめの話をしよう」
クズオが前を見ながら口を開いた。
「いじめ?」
「そう、いじめ。B組であったでしょ?忘れた?」
忘れるはずが無い。私は、そのいじめの空気とずっと戦ってきたのだ。
「最初は恭子ちゃんが話を持ち出したんだよ、B組からいじめをなくしたいんだってね」
ああ、なるほど。最初のいじめの話をしようと言うのか。
確かにあの時点では、私は『しらんぷり』を決めていた。
いじめを知らなかったのではないかと思われても仕方がないかもしれない。
「恭子が、がんばってたのはちゃんと知ってるわ」
そう、あの時、クラスをまとめたのは恭子だった。
「違うよ、杉山さん多分勘違いしている」
「?」
恭子がいじめを無くしたいと言い出したのだと言った癖に、クズオは何故かそれを自分で.否定する。
「違うよ。杉山さんが『知っている』のは山口の話だろ?僕の言っているのはその次の話の事だよ」
山口友子の次?つまり、退学した渡邉順子の事?
恭子は、私の知らないところで、友子のときに続いて、退学した渡邉順子の時も、いじめをなんとかしようとして失敗してしまっていたということだろうか?
だとしたら、当時の恭子が落ち込んでいた理由も解らないではない。
「鈍いなあ」
クズオがそう言ってくくくと笑った。
「僕だよ、僕がいじめられていたときの話をしようっていってるんだよ」
「?」
クズオの話?最初にB組からいじめをなくしたいと話を持ち出したのが恭子?
そんなはずない、勘違いしているのはクズオの方だ、だってあのとき……。
「何を言ってるの?あなたがいじめにあっていた時、私は恭子に相談に行ったのよ?そしたら、恭子は何をしても無駄だって……」
「最初は恭子ちゃんが言いだしたんだよ、クラスからいじめを無くしたいから協力してくれってね」
私の話を遮るようにしてクズオが話し出した。
「最初はびっくりしたんだけどさ、先生は承認済みだって言うし、相手は博子だっていうし、僕、博子に気があったんだ。だから、カッコ付けたくて承諾したんだよね」
何を言っているの?この人。
「ごめんなさい。彼、興奮しちゃって、うまく話せないみたい。もっとも、もともとあんまり話は上手な方ではなかったよね?ぐずオだもん」
恭子がそう言って私の顔を覗き込み、「だから、私が話すね?」といった。
「最初は友子だよね。その時、なんだかクラスにはいじめを容認する空気が流れちゃっててさ、私、委員長だったから、但野先生から相談受けてたの」
恭子がそう言って但野先生と視線を合わせる。
「先生も薄々、いじめの雰囲気は感じていたんだけど、多分、先生がいきなり出て行ったんじゃ、いじめてた子達は表面上は解った振りするけど、そのまま潜行しちゃうだろうって。そしたら、もう、先生の目の届かないところに行っちゃうだろうし、段々いじめもエスカレートしていっちゃうかも知れない……でしょ?」
恭子に問いかけられた気がしたので、私は、小さく頷いた。
「それで、私がやったの。自覚をもたせると言うとこがキモよ。誰かにやらされてるのではなくて、自分が自発的にやってなくちゃだめなの。続かないし、反発が必ず出ちゃうからね。で、具体的にどうするかと言えば、みんな正義の味方にしちゃえばいいのよ」
「正義の味方?」
「そう、正義の味方ごっこよ。私達は良い事してるんだ!キモチイイー!って、でも、正義の味方ごっこは、独りでは恥ずかしくて出来ないし、そんなことすれば、いい子ぶりっこしてるとか言われるかもでしょ?でも、みんなでやれば怖くない的な?でもねぇ……ちょっとやり過ぎちゃったんだ」
それは、多分、渡邉順子の事を言っているのだとすぐに察しがついた。
「お察しのとおりよ、渡邉の件。集団化した力って、必ず弱いものの所に暴走するんだって学習したわ。正義から外れた弱者が共和の生け贄になっちゃったってわけ。もっとも、彼女は自分の行いに対して罰を受けるべきだったから、彼女自身に対しての哀れみなんて、私はこれっぽっちも無いんだけどね」
そう言った後、恭子は、とても芝居がかった動作で頭を抱える仕草をして続けた。
「その後が最悪。暴走止まんないからクラスの雰囲気は一気に悪くなるし、私は、なんか、クラスを救った英雄みたいな感じで妙に懐かれるし、おまけにさ、自衛団みたいなグループが出来ててさ、段々、大きなクループになり始めてて、ここで誰かが目を付けられたら、クラス中でいじめが始まる勢い」
「それで、僕と博美が頼まれたのさ」
誇らしげにクズオが割り込んできた。
そうだ、そう言えばさっきもクズオはそう言っていた。
「あなたさっき、あなたがいじめられてた話をしようって言ってたわよね?」
私が質問する。
「恭子に、いじめを無くしたいから協力してくれって言われたとも……でも、でも、それじゃまるで……」
「お見込みのとおり」
「まさか……」
「そう、クズオがいじめっ子だったのはヤラセだったの」
恭子が楽しそうに言った。
「私と博美、先生がグルになってね、色々彼を悪者に仕立て上げたの。あちこちから悪い噂を拾って来ては、全部彼が関わっているような噂を流したりしたわ」
「なんで、そんなこと……」
「なんで?決まってるじゃない。クラスに弱者を置いてみんなにいじめて貰う為よ。共通の敵がいる限り、クラスにいじめは起こらないし、団結は強くなるし、いいことずくめじゃない?」
「結構、しんどかったんだぜ、学校中から、からかわれたし、アザを体中に作るために自分で、目立つところをうっ血するまでツネったんだ。たまには恭子ちゃんや博美に手伝って貰いながら」
クズオがそう言って顔をしかめると、恭子が「アンタ、癖になるって喜んでたじゃん」といって笑った。
「先生もさ、大変だったんだ、僕が博美にカツアゲされたお金、ほとんどは僕に返ってきたんだけど、たまには取り巻きに配らなきゃ無かった、そのお金は先生が出したんだ」
「みんなで一生懸命がんばったの」
恭子がそう言って私を睨んだ。
「なのに、アンタは、いつも邪魔をした!」
「違う!私は……」
「違わないの!」
ずっと黙っていた但野先生が大きな声を出す。
「この子達は一生懸命やってくれたの!自分達の身を犠牲にしてまで……なのに、アナタが余計なことばかりするから、噂をどんどん流さなくてはいけなくなって、彼は学校中の嫌われ者になってしまったし、カツアゲの金額もどんどん大きくしなくてはならなくなったし!アザの数だって増やさなければならなかったの!全部アナタのせいなのよ杉山さん、本当はもっと簡単に終わるはずだったのよ!」
先生は泣き出しそうな勢いだった。でも、でもだったら!
「だったら!なんで私にも打ち明けてくれなかったんですか!」
「打ち明ける?誰に?アナタに?」
恭子が冷たく言い放つ。
「アナタ、先生に相談に行ったとき、何て言われた?」
「えっ?」
「アナタ、先生に誰にも話さないようにって言われたの覚えてる?」
「!」
「そのすぐ後に私にその話をしに来たでしょう?さすがに呆れたわよ。そんな口の軽いアナタに、ホントの事が言えると思うの?」
車は、いつの間にか見知らぬ土地の山道を走っていた。
「この辺でいいんじゃない?」
恭子がそう言うと、車は停車し、私はクズオの手で車外に引きずり出された。
声が出ない。震えが止まらない。
クズオが私の脇に立って静かに話し出した。
「ここ、どこだか僕もよくわかんないけどさ、ここから独りで帰ってよ。ホントはさ、袋にしてやっても飽き足らないくらいなんだけど、僕も守る物が出来たし、恭子ちゃんは、いじめは良くないっていうし、先生は暴力はイケナイって言うしね、特別にこれで許してあげるよ。言いたいことも言えたしね。それからさあ、一言いっくけど、あんたら僕のこと齋藤、齋藤って呼んでたけど、僕、田中だから。齋藤じゃないから。あんたら、ずっと僕のことクズオ、クズオって言ってたから、名前、忘れてたんだろ?杉山さん、僕のフルネーム言える?」
クズオはそう言うと車の助手席に乗り込み、窓から顔を出した。
「あ、あと博美と結婚できるのは、アンタのおかげもちょっとあるかもしれないからね、それだけは感謝しとくよ」
車の後部座席に座る但野先生が、安らかな横顔を私に向けている向こうで、恭子が無邪気に手を振っている。
車が走り出す寸前、熊谷が身を乗り出し、「アンタ鼻毛が見えてるよー」といって笑った。
私はただ、遠ざかっていく車のテールランプを見つめていた……。
異 眈(いたん) 漆目人鳥 @naname
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