第25話 夜は更けて

「ザザル様、まだお休みになられないのですか?」

「うむ。まだ調べものがあってな」

 老女の淹れてくれた茶を飲みながら、塔の端にある小さな書斎で、ザザルはしばしくつろいだ。

「今ごろ、あの子どうしてますかね?」

「セラミスのことだ、なんとか元気にやっているだろう」

 ザザルはセラミスの、黒衣をまとっていてすら輝くような笑顔を思い出した。

(いつか、あの娘に言うべきだろうか?)

 おまえは、前の塔主と貴族の女囚とのあいだに出来た子なのだと。

 前の塔主とは、ザザルの父である。セラミスはザザルにとって腹ちがいの妹となるのだ。

 監獄の責任者が、囚人の女性に手をつけるなど、あってはならないことだ。父は本来は頑固な堅物だったから、魔がさしたとしか思えない。

 たまたま塔の外で妊娠した女囚がおり、幸か不幸か、その女囚の子は死産で、女囚もすぐ亡くなったため、セラミスをその女囚の子として塔内でそだてたのだ。

(世の中は、なかなかうまくまわってくれないものだなぁ)

 この事を思うと、ザザルは運命の女神メグルヌスを恨みたくなる。どうしても生まれてくるなら、せめて塔の外で父が浮気した商売女との子とでもして生まれてくれば、地方の農家へでも養女と出して、つつましくとも幸せな人生をおくらせてやることが出来たのに。

(だが、これも運命なのだろう)

 そして……もうひとつの事実。これもセラミスに告げるべきか。

 おまえの祖母は、異国の貴人、おまえは異国の女貴族の血をひくのだと。海の女神ラミリアがおくりこんだ炎の色の髪をした高貴な虜囚。それがセラミスの祖母だった。その事を、いつか言うべきだろうか。

 おまえの身体のなかには、不幸な祖母から受け継いだ、女戦士の血が流れているのだと。 

 そして……ザザルは覆面のなかで下唇を噛んだ。いつかは真実を話すべきなのだろうか。

 セラミスの祖父となる人物について。

 だが、これは亡父から他言するなと遺言された。

(すべては、運命にまかせよう。いつか、時がくれば……。今はまだ早いだろう)

 ザザルはそう結論を出した。


 バリヤーンの一夜。

 天上で月がかがやき、星がまたたき、下界で花が舞い、良民が美酒に酔い、貴族たちは宴をたのしみ、権力者たちは陰謀をたくらみ、若い恋人たちが恋をささやく夜。その一方で、恋の夢やぶれた娘は涙をぬぐって、はかない希望をささえに明日を夢見、吟遊詩人がどこかで竪琴の甘い音色をたてる。 

 〈黒鷹屋敷〉では主たちの帰りを待って、セラミスが窓辺で頬杖をついていた。

バリヤーンの夜は更けていった。



                          終わり






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千尋の波のはてで見る夢は 平坂 静音 @kaorikaori1149

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