私欲に走る者

1-7 メンテナンス、順調ですか?

 富川探偵事務所からIMワークスに戻った結は早速、会議室で西村に報告をする。もちろん、トップシークレットである魔術師についてや、月宮がその魔術師であるというあたりは割愛したが。


「教師の行動が怪しいからと探偵に調査を依頼する行動的な子がいたなんてね」


 西村は驚いている。

 月宮に直接会った自分はもっと驚いた、と結は微笑した。


「富川探偵事務所の協力で判ったのは、三年学年主任の森教諭が学内で盗撮をして、そのビデオを暴力団に売り渡しているかもしれない、ということです」


 亮にもらった資料を提示して結は説明する。


「他に加担している者もいそうですが、やはりここは主犯格である森をマークするのがよいかと思います」


 結の案に、西村はうなずいた。


「よし、それで行こうか。君と黒崎君は顔を知られているので、外での捜査は間に一人、尾行をおこう」


 学内での森の様子を探るのは結と章彦、学外に出てからは別の者が尾行をし、映像を結達に送る、という手筈だ。


 西村と結は三課の部屋に戻り、普段は開け放たれている入り口の扉を閉める。

 バタン、と意図的にたてられた音に、課員達が西村と結を見る。「緊急案件あり」のサインに皆の顔にも緊張が浮かんだ。


「被疑者の尾行を頼みたい。誰か手は空いているかな」

 西村が言う。課員達は「誰が行く?」と目配せを飛ばしあった。

「俺が行きましょう」

 名乗り出てくれたのは三十代の男、津島だ。長く現場に出ているだけあって尾行などの調査は彼から学ぶべきところがまだまだあると、結が尊敬している先輩の一人だ。


 尾行時に被疑者の行動を撮影するためにカメラ付きネクタイピンを三つ用意して、映像をモニターで確認すると、結達は名芝学園に向かう。


「今回の被疑者、盗撮だって? 女子トイレとか更衣室とかにカメラ仕掛けてるのを突き止めないといけないなんて、難儀だよな」

 津島が言うのに結もうなずいた。

「女性の諜報員も必要ですよね」

「そうだな。青井が来る前にはいたんだけどな。彼女がやめてからはなかなか見つからないみたいだ」


 津島の言葉に結はふと、以前関わり合いになった女性諜報員を思い出した。

 どこか別の組織に属していた彼女は、これぞ完璧なエージェントと呼ぶにふさわしい人だった。きっと今も捜査対象者のそばで、相手の情報を探り続けているのだろう。

 彼女のような、とまでは言わないが、やっぱり女性諜報員はいてほしいな、と結は思った。


 そんな話をしながら、結の車は名芝学園に到着した。


 携帯電話で章彦を呼び、彼がやってくると車の中で手順の確認だ。


「青井さんと俺が学内で森を見張って、外では尾行役の津島さんの後ろにつく、ということですね」

 章彦は内容を復唱した。


「もしも暴力団事務所とかに入って行っても、その場ですぐには飛びこまずに西村さんに連絡を取って指示を仰ごう。今日いきなりビンゴ、という可能性は低いけどね」

「今日もしも事務所に向かって、また後日も、となると、その記録から森が反社会的勢力との繋がりを持っているという線でいけそうだしね」


 とにかく、ばれないように尾行して記録はきっちりと取る。

 三人はうなずきあった。


「それじゃ黒崎君、行こうか。学内での連絡はメールで」

「はい」


 結と章彦は車を降りて校舎に向かった。

 二手にわかれて森を探すと、一階中央の職員室にいた。

 さて、どこで見張ろうかと思案していると。


「えーっと、金谷かなやさん、でしたっけ」


 偽名を呼びかけられて結は驚いてそちらを見た。結が捜査の当初「この人も怪しいかも」と目をつけていた事務員の坂本という女性だ。


「メンテナンス、順調ですか?」

「はい。今週中か、遅くてもお盆休みまでには終わりますよ」

「それじゃ、問題とかはなかったんですね」

「はい。みなさんの業務に支障が出るようなことはないと思います」


 事実、学校のパソコンのメンテナンスはほぼ終わっている。後はだけなのだ。


 結の返事を聞いた坂本は、あからさまにほっとした顔をした。結の直感だが、業務に支障が出ないことよりも、もっと別の何かを喜んでいるように感じた。


(富川さんのリストには名前はなかったが、もしかしてこの人も……?)


 結がいぶかしんで見ると、坂本は慌てたように「すみません、失礼します」と言い残して去って行った。


 一応、軽く調べてみるか、と心の中でつぶやいて、章彦にメールを出す。


ターゲット発見。こちらで対処する。済まないがもう一度事務員達のオンラインデータをチェックしてくれないか?』

『事務員のですね。了解です』

 章彦からすぐに返事があった。


 結は職員室の斜め向かいに位置する二階の教室に身をひそめた。

 ターゲットが出てくるまで、じっと待ち続ける。もちろん誰かに見つかっては怪しまれるので気を使う。気配を殺し続ける結は、この教室に誰も来ないことを願いながら、もしも見つかってしまったらどう言い逃れをするのか、ということも考えはじめていた。


 結の緊張を刺激するように携帯電話が振動する。どきりと跳ねた心臓をなだめながら携帯電話を取り出すと、章彦からのメールだった。


『特に異常はありません。勤務内に勤務と関係のなさそうなサイトを閲覧している履歴はありましたが(笑)』


 あぁなるほど、と結は微笑した。坂本は勤務をサボっていることがばれるかもと心配していたのだろう。それならせめてSEが派遣されている期間だけでも閲覧をやめればいいのに、と呆れつつ、まぁちょっと息抜きしたい気持ちも判るけど、とも思った。


 その時、職員室から森が出てきた。結は気を引き締めて、そっと教室を出て森の背後に回るように移動を開始した。

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