1-6 いろいろと調べた結果

 翌朝、名芝学園での活動は章彦に一任し、結はIMワークスに出社して富川探偵事務所に連絡を取った。


 電話で話す限り、所長の富川亮は気さくな男だ。結が名を名乗り、要件を伝えると「そう来たか」などと笑っていた。月宮が自分の調査の結果を諜報組織に委託するなどと思っていなかった、と言う。


 結が会いたい旨を伝えると、いつでもお越しくださいと言うので、早速午後に事務所を訪れるとアポを取った。


 早めの昼食を済ませて、結は車で富川探偵事務所に向かう。

 住所は京都市内だが、華やかな雰囲気の京都駅周辺からはかなり離れた場所にあり、車は住宅街へと入って行く。


 テナントビルが数棟集まる一角に到着し、速度を緩めて事務所を探す。

 三階建てのビルに事務所の看板を見つけて、駐車場に車を滑り込ませた。


 こんな住宅街の中にあって、探偵業は成り立つのだろうか、と結は思ったが、住宅街だからこその依頼もあるのかもしれないな、などと考えつつ、ビルの入り口へ向かう。


 ところどころにシミの浮いたビニル床の階段を上がり、富川探偵事務所の前にたどり着いた。

 木製の扉にはめ込まれた硝子板から中の様子をちらりとうかがう。


 扉のすぐそばに受付用のカウンターデスクがあり、若い女性が椅子に座って本を読んでいる。奥には応接用のソファとテーブルが見えていて、その手前にパーテーションがある。


 わりと小さな事務室だな、と思っていると、カウンターの女性が顔をあげた。結の気配に気づいたのだろう。

 結は咄嗟に微笑を浮かべ、扉を開けた。


「こんにちは。富川さんと会う約束をしている、青井です」

「あ、はい。どうぞ奥へ」


 少女とも呼べるほどの雰囲気の女性は、結を事務所内へといざなった。

 結が応接用のソファに腰を下ろすと、受付嬢は奥にある扉に向かって行った。


「所長、お客様がおみえです」


 ノックをしながら彼女が言うと、部屋の中から「判った」と返事がかすかに聞こえてきた。

 受付嬢はそのまま所長室の隣にあるキッチンスペースに向かう。

 結は彼女を目で追ってから、ぐるりと事務所内を見回した。


 小ぢんまりとした事務室は綺麗に片づけられている。家具は、古ぼけているとまではいかないが、それなりに年季の入ったものをずっと使い続けているといった感じである。

 あまりもうかってないのかな、と少し失礼な推測をしながら、結は富川亮を待った。


 ほどなく、所長室の扉が開いて、結が想像していたよりも若い男が出てきた。彼は結を見ると、にこりと微笑んで近づいてくる。

 結は立ち上がって迎えた。


「はじめまして。富川亮です」


 亮が軽く頭を下げた。結も会釈をして、二人はどちらからともなくソファに向かい合って腰かけた。


 亮は二十代半ばほどに見える。信司が二十歳ごろだったはずなので兄弟の歳の差としては考えられる範疇だが、探偵事務所の所長ということで、もっと年上だと思っていた。

 彼がまとう雰囲気には、柔和な顔立ちに似合わない威厳がある。そこはさすが探偵事務所の所長といったところだ。


「『IMワークス』の青井です。このたびはお時間をいただきましてありがとうございます」

「いえいえ、こちらも仕事ですから。あ、そうだ。この前は弟がお世話になりました。『久しぶりにたくさんの極めし者と戦うことができて楽しかった』と喜んでました」


 亮がまた軽く頭を下げた。


「私はなにもしていませんし、むしろお礼を言うのはこちらです。彼女の我がままに付き合ってもらったのですから」


 照子が数か月前に出ていた闇大会で、信司はパートナーとして共闘してくれていたのだ。

 あの時は、まさかこのような形で繋がりが残るとは思っていなかったが。


「青井さんが他戸さんのパートナーにならなかったから信司がパートナーになれた、と考えると、間接的には青井さんのおかげと言えなくもないかな、と」


 あはは、と亮が笑う。結もつられるように微苦笑した。


「信司君はどうして私が彼女のパートナーにならなかったのか、ご存じなのですか?」

「あいつは細かいことは知らないと思いますよ」


 あいつは、ということは、亮は知っているということか、と結は推測した。


 ふと、受付の女性が視界に入ってきて結はそちらを見る。彼女はコーヒーを淹れてくれていたようで、結と亮の前にソーサーに乗せたコーヒーカップをおいて、受付のカウンターに戻って行った。


「さて、本題に入りましょうか」


 亮が笑みを消して結を見る。「はい」とうなずきながら、結は月宮に渡されたメモを取り出した。


「今朝の電話でお話したとおりですが、月宮という女生徒にいきなりこれを渡されたのです。彼女はこちらの事務所からもらったということですが、どういういきさつなのか、出来る範囲で教えていただけますか?」


 亮はメモを見て、やれやれと肩をすくめた。


「月宮さんがうちに来たのは七月の初めごろです。学校の教師達が何かよからぬことをしているっぽいので調べて、と。なのでいろいろと調べた結果、そこのメモにあるように数人の教員が学内で盗撮や女子生徒の持ち物を盗んで、それを暴力団に売っているらしい、ということです」


 いろいろと、のところが、明かせない探偵業務の内容なのだろう。


「盗撮などについては、証拠がそろっているのですね?」

「はい。と言ってもちょっと弱いのですが。月宮さんにもお渡ししましたが――」


 亮は立ち上がって、棚のファイルを取り出してきた。

 彼が広げて見せてくれたファイルの中に、三年生の主任の森が女子トイレや更衣室に出入りする写真があった。かなり離れた場所から望遠レンズで撮られていると思われる。また、彼が何やら包みを柄の悪そうな男に渡す写真もある。


「残念ながら盗撮や窃盗の物証がないので、この調査だけでは例えば『トイレや更衣室には、不審物があると言われたから入った』とか『個人的に借りていた物を返しただけだ。相手が暴力団とは知らなかった』とか、とぼけられて、それが通ってしまうかもしれないですね」

「だから月宮さんは具体的に動けなかった、と。そこで私に託そうと……」

「それもあるでしょうが、面倒くさかったんでしょうね」


 亮があっけらかんと言う。結は思わず「はい?」と言いかけたがすんでのところで呑みこんだ。


「この件の前にも何度か彼女に会ったことがありますが、面倒事はすごく嫌がってましたし、自分の利益と面倒さをはかりにかけている感じでしたよ。今回も、もうちょっと長期間、調査させてくれれば決定的な証拠もつかめたかもしれませんが、これ以上探偵の依頼料に割くお金がもったいなかったのかもしれません」


 亮の言葉に、魔術師や月宮に関する父の説明を思い出して結はなるほどとうなずいた。


「まぁこちらとしても、高校生が動くより諜報に長けた人が解決してくれるほうが安心です。今朝電話で話を伺った時は、まさかの丸投げかと驚いてしまいましたが」


 恐らく結への気遣いで言ってくれた言葉であろうが、月宮の言動に思いがけず振りまわさた結は少しだけ気を良くした。


 亮が用意した資料を見せてもらって、結はこれからの捜査方法を考える。

 森の他にも、盗撮に手を貸したり、黙認したりという疑いのある者がいる。メモのリストに書かれてある教員だ。だが森とは違って彼らに関しては写真など記録に残る証拠はない。

 ここはやはり、森に絞って捜査するべきだろう。


「貴重な資料をありがとうございました。これをコピーさせていただいてもよろしいですか?」

「はい、いいですよ」


 亮がファイルを手に立ち上がる。彼が結に渡す資料を揃えてくれている間に、また捜査について考えを巡らせる。


 それにしても、と結は考える。確かこの仕事は警察から「名芝学園に不正な金の動きがあるかもしれない」という話が来たから捜査に至ったはずだ。それが、蓋を開けてみれば汚職などではなく盗撮とは思わなかった。

 もちろん盗撮も犯罪であるし、特に女子生徒にとっては教員がそのような悪事に手を染めているなど、汚職よりも大問題だろう。それに、暴力団に金が流れているとなると、それを資金に違う犯罪も起こりうる。きっちりと捜査して真偽を確かめ、犯罪者にはしかるべき罰を受けてもらわねばならない。


「お待たせしました。これをお持ちください」

 亮が戻ってきて、結に資料の束をファイリングしたものを手渡してくれた。

「ありがとうございます」

「いえ。捜査頑張ってください」


 結は立ち上がり、一礼して亮を見る。弟の信司と似た、人当たりのいい笑顔で結を軽く見上げている。

 信司といえば、一つ気になることがある。


「……仕事でなくて、個人的な話になりますが、弟さんは私の職の事をご存じなのでしょうか」

「え? どうだろう。そういう話はしてないけれど」


 所長ではなく信司の兄という素の表情を見せた亮は、年相応の普通の若者に見えた。


「自然にばれたのなら、それはそれで仕方ないのですが、できれば私のことは内緒にしていただけると嬉しいです」


 結が頭を下げると、亮は「そりゃそうですよね」と理解を示してくれた。

 ほっと胸をなでおろして、結は今度こそ、亮の見送りを受けて富川探偵事務所を辞した。

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