第42話 チョコレートプレイ

「そういえば、アレはなんだったんだ?」

「アレ?」

 夕食も食べ終わって皆でお茶を飲みながら一息ついていた頃、思い出したように稲葉は言った。


「さっき俺に相談したい事があるって言ってただろ」

「あー、アレね……」

 稲葉に言われて、ようやく俺はこいつが何を言おうとしているのかを察した。


「すばるさんどうかしたんですか?」

 不思議そうにしずくちゃんが首を傾げて聞いてくる。


「正直、俺は昔からあいつが何考えてるのかわからないからアドバイスのしようがないんだけど、もしかしたら同性のしずくちゃんならまだ何かわかるかなと思って」

 決まり悪そうに稲葉が言う。


「すばるさん、よくわからないけど、私でよければ話聞きますよ! すばるさんには私の相談もいっぱい乗ってもらいましたから!」

 しずくちゃんはすっかり相談に乗ってくれるつもりのようだ。


「そうだね。じゃあ、ちょっと聞いてもらおうかな。鰍の事なんだけど……」

「すばるさんケンカでもしたんですか?」

 俺が話しを切り出せば、不思議そうにしずくちゃんは首を傾げた。


「ケンカというか、最近ちょっと元気ないから心配というか……」

「うーん、私もあの人とは最近はあまり接点が無いと言うか、いい思い出も多くないのでその辺はアレですけど、本人から何か悩んでるとか相談とかされたんですか?」


 俺が説明すれば、しずくちゃんは稲葉の高校時代の事を思い出したのか、苦い顔をしつつも、ちゃんと話は聞いてくれる。


「ううん、何も。聞いてみてもはぐらかされるし……」

「それだともうどうしようもないような……本人が何か相談してくるか勝手に解決するのを待つしかないんじゃないでしょうか」


「そう……だよね……」

 困ったようにしずくちゃんは言うが、最もな意見なので、俺も頷くしかできない。


「あっ、でも何か相手が喜ぶような事して元気付けるのは良いかも知れません! 励まそうとしてる気持ちが伝わるだけでも嬉しいと思いますし!」


 俺を元気付けるようにちょっと慌てながらも明るくしずくちゃんが言う。

「うん、そうだね。ありがとうしずくちゃん」


 なる程、確かにコレだけでもちょっと元気は出るかもしれない。

 なんて思いつつ俺はしずくちゃんにお礼を言う。


「ま、まあ、お役に立てたなら、嬉しいです……」

 急に照れたように言うしずくちゃんは、やっぱり良い子のように思える。

 思えるのに、なぜいつもあんな事になってしまうのか。


 でも、中島かすみが相談してくれないのならそれはそれとして、それとは別に俺の気持ちを伝えるのはいい考えかもしれない。


 次に中島かすみに会う時は、少し遅れてしまったがバレンタインらしくザッハトルテを贈る予定ではあるし、それに合わせて何かするのもいいだろう。


「デコペンで何かやりたいなぁ……」

 それはポロリと俺の口からこぼれた言葉だった。


 しずくちゃんの持って来たケーキの飾りつけを思い出して、ザッハトルテに添えるホイップクリームを上に乗せて、その上に何か立体的な飾りつけをしてもいいかもしれない、などと考えていたのだ。


「へ? デコペン?」

 突然話題転換にしずくちゃんは首を傾げる。


「うん、バレンタインの飾りつけでね」

 思いがけず変な話の振り方をしてしまい、俺は少し恥ずかしくなってしまった。

 と言うよりも、考えてた事がうっかり口に出てしまい、更にそれに反応された事が無性に恥ずかしい。


「……デ、デコペンで何するつもりなんですかぁっ!」

 しかし、今度はなぜかしずくちゃんまで顔を赤くする。


「え、何って色々書いて飾りつけするつもりだけど……しずくちゃんのチョコレートケーキ見てちょっと思いついた事があって」

 俺はなぜしずくちゃんがそんな反応をするのかわからず首を傾げる。


「ああ、あの砂糖菓子の花の模様とか?」

「それもだけど……いろいろね。バレンタインの本番はこれからだもの」


 稲葉が思い出したようにケーキに乗っていたレース模様の砂糖菓子の事を話す。

 確かにホワイトチョコレートでレースのような模様を作るのもいいかもしれないが、俺にとってのバレンタイン本番は中島かすみへチョコを渡す時なので、せっかくだからもう少し色々考えたい。


「バ、バレンタインの本番……それってつまり、身体に……」

 一方しずくちゃんは耳まで赤くしながら何かをぼそぼそと言いながら俯いてしまった。


「しずくちゃん? どうしたの、顔真っ赤だけど」

「お、お構いなく! それじゃあ私はそろそろお暇しますから!」

 俺が尋ねると、しずくちゃんは急に勢い良く椅子から立ち上がってもう帰ると言い出した。


「そう? 帰りのお迎えは?」

「下の来客用の駐車場に車を待たせているので大丈夫です!」


 しずくちゃんはそう答えると、いそいそと荷物をまとめて玄関へ向かってしまったので、俺と稲葉も慌てて玄関まで見送りに行く。


「ら、来年は私がお兄ちゃんとチョコレートプレイするんですからね!」

 靴も履いて帰る直前、しずくちゃんは玄関でそう力強く宣言すると、勢い良くドアを開けて出て行ってしまった。


 玄関に残された俺達はしばらく無言で立ち尽くす。

「……………………ん? チョコレートプレイ?」

 なぜ、ここで急にそんな話になるんだろう。

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