第40話 兄が心配

「あ、そうだお兄ちゃん! ちょっとお願いがあるの!」

「お願い?」

 翌朝、朝食も食べ終えてこれから身支度をしようという時に俺は優奈に呼び止められた。


「私、お兄ちゃんがすばるさんになるところ見てみたい!」

「ええ……」


 何かと思ったら、俺がすばるの格好になるまでの様子を見たいらしい。

 今日は特にすばるとして出かける予定も無いのでこのまま過ごそうと思っていたのだが……。


「僕も見てみたい……」

「しょうがねえなぁ」

 しかし、優司にまで期待に満ちた目で頼まれると断りきれない。


 仕方なしに俺は二人の前で洗顔から普段のスキンケア、メイク、ウィッグをつけるまでの様子を実演する事になった。

 ちなみにめんどくさいので服は部屋着のままだ。


「とまあ、こんな感じだ」

「……すごい」

 感動した様子で優司は目を輝かす。


「待って、胸は? 前々から思ってたけど、あれ結構揺れてたよ!?」

 しかし、優奈はこの首から上だけの変身では納得していないようで、偽乳についてものすごい勢いで尋ねてきた。


「そういえば……柔らかかった」

 以前の事故を思い出したのか、優司がポツリと呟いた。


「は? なんで優司がお姉ちゃんのおっぱいの感触知ってるの? おかしくない??」

 すると優奈がかなり動揺した様子で優司に詰め寄る。


「あれは事故だったんだよ」

「事故ってどんな事故? 私もお姉ちゃんのおっぱい揉みたい!」

 宥めるように俺が優奈に言えば、優奈が力強く俺に抗議する。


「優奈、欲望に正直過ぎない……?」

「まあ別にいいけどな、しらたきだし」

 ちょっと引いた様子で優司が言うが、別にもったいぶるようなものでもないので、俺はさくっと偽乳の中身をバラしてしまう。


「えっ……」

「しらたき!?」

 優司も優奈もしらたきという答えは予想外だったらしく、随分と驚いていた。


 それから俺は冷蔵庫からしらたきを取り出して軽く洗って水をきり、二重にしたビニール袋に入れ、空気を抜いて余裕のある状態で口を縛ってセロテープで形を整えて、と偽乳を作る工程を一から二人に見せた。

 出来上がった偽乳をブラに詰めて女物の服を着れば、すっかりいつものすばるの完成だ。


 せっかくなので軽く飛び跳ねて偽乳を揺らしてみれば、しらたきは重みのある揺れ方をする。

「コレだとリアルな乳揺れも再現できるからなー……二人共どうした?」

 ちょっと得意気になりながら二人の方を見れば、いつの間にか優奈と優司は床に崩れ落ちていた。


「ホントにしらたきだった……!」

「しらたき……あれはしらたき……」

 しらたきにショックを受けたのか、二人は呆然とした様子でぶつぶつ言っている。


「しらたき……」

「思ってたのと違う……」

「えっと、なんか……ごめんな?」


 特に悪い事をした憶えはなかったが、その時の俺にはそれ位しか二人にかけられる言葉が見つからなかった。


 その後、しばらくして復活した優司と優奈と少し遊んだ後、俺はすばるの格好のまま最寄り駅まで二人を送る事になる。


 昼食も駅の近くで三人で食べてしまおうと考えながら三人でエレベーターを待っていると、たまたま一階から来たエレベーターに一真さんが乗っていた。


 すれ違いざまにお互い軽く挨拶をして俺は優司と優奈とエレベーターに乗ったのだが、ドアが閉まった直後、俺の腕は優奈に力強く掴まれた。


「今の人、写真の……まさか例の愛人契約してる相手って、あの人?」

「いや愛人じゃないし、あの部屋の持ち主とは別人だよ」

 まだその誤解解けてなかったのかよと思いながらも否定する。


「じゃあなんでさっきあの人はお兄ちゃんの部屋の階で降りてったの?」

「単純にあの階に住んでるからだよ。前に言ったろ、ご近所さんだって」

 動揺する優奈を刺激しないよう、なるべく平静を装って俺は答える。


「えっ、という事は、お兄ちゃんは……いや、そもそも……」

「あの、差し支えなければでいいんだけど、兄さんの恋人って今何人いるの……?」

 何か混乱している様子の優奈を他所に、優司は恐る恐る、といった様子で俺に尋ねてきた。


 多分、既に稲葉や一真さんを俺の恋人として紹介しているせいで、二人の中でかなりこんがらがってしまっているのだろう。


 ここはなんと答えたものか。

 実際に付き合っているのは中島かすみだけなのだが……。


「あー……もう公共の場だから不適切な発言は控えような」

 しかし、ちょうどいいところでエレベーターが一階についたので、それを言い訳に話を逸らす。


「お兄ちゃん、本気でいつか刺されないよう気をつけてね?」

「確かにそういう事なら変装は大事だよね」

 そして優奈と優司はそれをどうとったのか、かなり深刻そうな顔で俺を心配してくる。


 どうしよう、また何か別の誤解が生まれている気がする。

 その後、優司と優奈が妙にべったりというか俺に対して過保護になってしまったような気がするのはいかんともしがたいところである。

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