第39話 朝まで一緒だよ!
「さあお兄ちゃん! お風呂も入ったし後は朝までお楽しみの時間だよ!」
「おー、おかえり」
夕食の後片付けを終えて寝室に布団を二組敷いた後、寝巻きに着替えてスマホでSNSをチェックしながら寛いでいると、優奈が元気良く部屋に入ってきた。
後から優司も入ってきたが、二人の湿った髪を見ると、どうやら結局一緒に風呂に入ってきたらしい。
「お兄ちゃん、ドライヤーある?」
「ああ、そこのウォークインクローゼットの奥のカゴに入ってるから好きに使ってくれ」
俺が答えると、早速優奈はクローゼットからドライヤーを持ってきて髪を乾かしだした。
「兄さんは、髪を伸ばしたりとかしないの?」
優奈が髪を乾かすのを見ながら優司は俺に尋ねてきた。
「だってめんどいし……」
「メイクとか料理とか部屋の掃除とか色々細やかにやってるのにそこはめんどいの?」
素直に俺が答えれば、不思議そうに優司が俺を見る。
「なんというか、俺はメイクのビフォーアフターを楽しんでるから、同じ髪型だとあまり劇的に変わらないからつまらないというか……」
具体的な言い訳を考えながら俺は話す。
本当は髪を伸ばしたらそれこそ常に女装しているようなものなので嫌なのだが、それを言うと普段から嬉々として女装している人間が何を言っているんだと言われるのは目に見えている。
そしてそう言われた場合、俺はその辺の心情を上手く説明できる自信がないし、単純にそれを赤裸々に話すというのも恥ずかしいから嫌だ。
「そういうものかな……」
「うん、別人になるのが楽しいというか……」
優司は尚も不思議そうに首を傾げるが、俺はこの理由でごり押しする事にする。
「…………確かに普段と女装した時の見た目が違うと、恋愛関係でこじれた時とか、便利そうだよね」
しばらく考える素振りを見せた後、ポツリと優司は呟いた。
ちょうど優奈が髪を乾かし終わって片付けに入るところだったので、その声は部屋にはっきりと響いた。
「そうなの!?」
直後、驚いたように優奈がこちらを振り向く。
「いや、そんな理由じゃないから!」
「…………」
慌てて俺は否定するが、優司は静かに疑惑の目を俺に向けてくる。
「仮にそうだとしても、お兄ちゃんは私達の前からはいなくならないよね?」
いつの間にか俺の目の前までやってきていた優奈が俺の両肩をがっしりと掴んで尋ねてくる。
一応尋ねては着ているが、その目には有無を言わせないような凄みがあった。
「いなくならないし、そもそも違うからな?」
「ふーん、まあそういう事にしておいてあげ……なにこれ?」
「え?」
俺が答えた後、案外あっさり手を放した優奈は、そのまま後ろのベッドへと寝転がったのだが、すぐに身体を起こして俺を再び見た。
その手には明るい色の長い髪があった。
中島かすみの髪の毛だ。
「髪の毛……? しかもその長さと色、明らかに稲葉さんともあの人とも違うような……」
「ああ、そういえばこの前終電なくなったとかで鰍を泊めたんだよ」
まるで浮気がバレたかのような空気にいたたまれず、俺はそれっぽい言い訳をつけてその髪の主を伝える。
「「…………」」
しかし、優司と優奈はじっとりとした目で無言で俺を見つめてくる。
「……兄さん、僕達の前ではそういうごまかしはしなくても大丈夫だから」
「へ」
しばらくの沈黙の後、優司は優しい顔で良くわからない事を言ってきた。
「言われなくてもお父さんやお母さんには黙っておくし、私達はお兄ちゃんの味方だから安心して!」
「お、おう……」
優司に続いて優奈も俺を元気付けるように言ってきたが、何か俺と二人の間で決定的な認識のズレがあるように感じる。
「強いて言うならいつか誰かに刺されないか心配だけど、その辺が大丈夫そうなら止めはしないよ」
「病気とか子供できないかとか心配だったけど、ちゃんと対策もしてるみたいだから、その辺は安心したよ!」
「おい待て、いつの間に家捜ししてたんだよ……」
優司と優奈が口々に俺を気にかけているような事を言うが、色々とおかしい。
あまり考えたくなかったが、二人の中で完全に俺が恋愛関係にだらしないクズになっている。
「だってお兄ちゃんが心配で……」
しゅんとした様子で優奈が俺の服の裾を指先で摘まんで上目遣いで見つめてくる。
「……まあ、その……大丈夫だから……」
「なら良かった」
少し言葉につまりながらも俺が答えれば、すぐ隣で優司が優しく微笑みかけてきた。
「……なあ、二人はずっと好きだったすばるの正体がこんなんで幻滅しないの」
その言葉は、いつの間にか口からこぼれ出ていた。
「色々びっくりはしたけど、すばるさんが男ってわかって、他にも色々あるって聞いた時から覚悟はできてたし」
確固たる意思を持ったように優司は言う。
愛が重い。
「ねえ、お兄ちゃんは私達の事、大好きで大切で特別なんでしょ?」
再び俺の服の裾を少し引っ張りながら優奈が確かめるように俺に尋ねてくる。
「ああ、もちろん……」
俺が答えると、優奈が俺の腕に抱きついてきた。
「だからね、お兄ちゃんも私達にとって大好きで大切で特別なんだよ!」
屈託の無い笑顔で優奈は言い切る。
「…………そうか、うん、ありがとう。すっげー嬉しい」
そう言ってもらえるのは、やっぱりすごく嬉しい。
「じゃあ兄さん、今夜は逃げないでね?」
「……ん?」
振り向くととてもいい笑顔の優司がいる。
「今日こそは朝まで一緒だよ、お兄ちゃん!」
そして、同じくとてもいい笑顔の優奈に捕まえられていた腕の締め付けが強まる。
結局俺は二人の希望に逆らえず、ベッドの横に敷いた二組の布団に三人で川の字になって寝ることになった。
思ったより早い時間に消灯時間を迎えてしまったが、優司も優奈もまだ寝る気は無いらしく、三人でまた取り留めのない話をした。
「なあ、そういえば二人は最近、鰍と仲がいいんだよな。それなら最近鰍に何か変わった様子とか無かったか?」
タイミングを見計らって、俺は鰍の話を二人にふってみる。
「変わった様子?」
「何か落ち込んでたとか、愚痴をこぼしてたとか……」
不思議そうに聞き返してくる優奈に俺は補足する。
「兄さん、鰍さんに何かしたの」
「いや、してないとは、思うんだけど……」
俺がそう思っているだけかもしれないから確認したのだ。
「特に変わった様子は無かったし、鰍さんってあんまり自分の話しないからなあ……いつも私達が相談に乗ってもらってる感じだし」
「そうか」
しかし、優奈の話を聞くにあまり二人から情報は得られなそうだ。
「あ、でも鰍さんには私達もお世話になってるから、困らせちゃダメだよ」
思い出したように優奈が付け加える。
「それはもちろん」
「あと、鰍さん本人には手を出さなくても、鰍さんの恋人とかにも手を出しちゃダメだよ」
「出さないし、出す予定もないからな?」
えらい信用の無さである。
そして、鰍がいつの間にか二人から結構慕われている。
鰍の恋人は俺なので、俺が俺に手を出すという事はまず物理的に不可能なのでそこは安心して欲しい。
「約束だよ」
「絶対だからね!」
「ああ……」
挙句、なぜか優司と優奈に今後、中島かすみには恋愛関係で迷惑をかけないよう約束させられてしまった。
二人の中の俺の評価が酷い事になっている。
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