第37話 騒がしい日々

 中島かすみが出かけてしまってから、俺はずっと彼女の事を考えていた。

 突然寂しそうな顔をするタイミングに何かヒントがあるのではないかと思って思い返してみる。


 バレンタインを一緒に過ごせない事を励ました時……デザートにプリンを出した時……ほつれていたスカートの裾を直した時……。

 全く共通点がわからない。

 もしかしたらその時の行動は関係なくて、それとは別に何か考え事をしていたのかもしれない。


 一日中そんな事を考えていたせいで、授業や仕事の打ち合わせにも集中できない。

 一通りの用事を終えて家路に着いた頃、ふと優司と優奈からラインでメッセージが来ている事に気づいた。


 明日の金曜日夕方から翌日まで、俺の部屋で泊まりでバレンタインパーティーをしたいという内容だった。

 最近は週の半分は中島かすみの部屋に泊まりに行くかすばるの部屋に中島かすみが泊まりに来るかという半同棲状態だった事もあり、少し人寂しくなっていた俺は二人の申し出を二つ返事で了承する。


 優司と優奈は中島かすみに色々と相談に乗ってもらっているようなので、その辺も尋ねたら何かわかるかもしれない。


 場所は元々俺が住んでいるアパートでは狭いので、すばるの部屋に泊まってもらう事にした。

 とはいえ、二人が泊まるとなると、布団は足りないので、稲葉に借りる事にする。


 ラインで連絡したら、ちょうど今は家にいるそうなので、早速取りに行く事にした。

 こういう時にお互いの住んでいる場所が徒歩圏内だと助かる。

 明日は晴れたら朝から布団を干しておこう。


「将晴……お前は何か重要な事を忘れていないか……?」

 稲葉の家に着くと、ちょっと茶でも飲んでけとリビングに通された俺は、神妙な顔でそう言い出す稲葉に首を傾げた。


「重要な事?」

「バレンタインだよ!」


「忘れる訳ないだろ、今回だって優司と優奈がバレンタインパーティーをしたいって言うから布団を借りに来たんだし」

 力強く言う稲葉に、俺は笑いながら答える。


「いや、しずくちゃんの中ではいまだに俺とすばるが付き合ってる事になってるの忘れてるだろ。しずくちゃんが今年は俺とすばると三人でバレンタインを過ごしたいって言ってるんだ……」

 神妙な顔をしながら稲葉は言う。


「あー……」

 正直、素で忘れていた。


 しずくちゃんにはまだ稲葉と付き合ってる事になっているので、チョコレート位は贈らないと不自然だし、一応色々考えてはいたのだが、中島かすみの事ですっかり忘れていた。


「去年のクリスマスみたいに別の日にデートしてる事にしてスルーはできそうに無い……」

「お前クリスマスは超ハードスケジュールだったもんな……」


 二十三日にしずくちゃんの実家で晩餐会、二十四日には稲葉の実家で恒例のクリスマスパーティー、二十五日はすばるとデートという事になっていたが、実際にはそんな予定はない。


 しかし、稲葉とすばるがどんなクリスマスを過ごしたのか、を探ろうとするしずくちゃんサイドの追跡を振り切るために全力のかくれ鬼をするはめになったらしい。


 俺はといえば、後から稲葉から言い訳の辻褄を合わせるために軽く打ち合わせをするだけで良かったのでかなり楽だった。


 二十三日は優司と優奈の大学合格祝いとクリスマスを兼ねて、ちょっと奮発して美咲さんから教えてもらった美味しい店で食事をしたし、二十四日から二十五日は中島かすみの家に泊まってクリスマスパーティーをした。


 マンションを出る時は別々だったし、女装もしていなかったのでまず気づかれる事はないだろう。

 ちなみに、二十五日、稲葉は授業が終った後すばると合流してクリスマスらしいデートをした事になっているが、実際にはネットカフェで一夜を過ごしたらしい。


「今年は鰍も仕事でいないし、別に一緒に過ごすのは構わないけど」

「ありがとう。本当に助かる。俺一人だとホントもう、どうなることか……」

 俺が答えれば、稲葉が俺の手を取って大げさに感謝してくる。


「えっと、そんなにすごいのか? 最近のしずくちゃんは……」

 一真さんや本人から定期的に色々聞いているのでなんとなく察しはつくけれど、一応俺は尋ねてみる。


「ああ、この前なんてオール明けに突然しずくちゃんの家に拉致られたかと思ったら、映画鑑賞する事になって寝オチして目が覚めたら俺、無駄にフリフリな寝巻きを着て寝てて、隣見たらギラギラした目のしずくちゃんがいた」


 なんかまたどぎつい新作エピソードが増えている。

「それはその……大変だったな……?」

「なんか最近、前にも増して色々身の危険を感じる……」

 どんよりとした様子で稲葉が呟く。


「俺はもっと普通の、ふわふわキラキラした感じの恋愛がしたいんだ……!」

 稲葉が魂の叫びとばかりに力強く言う。


 ちょっと前は割といい感じだっただけに、残念というか、もしかして俺は余計な事をしてしまったのではないだろうかとも思った。


「わかったよ。俺も当日は何とか軌道修正できるよう頑張るよ」

「将晴……!」

 俺が言えば、感動したように稲葉が俺を見る。


 中島かすみがいなくても、俺の日々は相変わらず騒がしくなりそうだ。

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