第34話 お姉ちゃん

 1月末の土曜日、俺はすばるの格好で優司と優奈と池袋に遊びに来ていた。


 最近話題になっているオリジナルアニメ映画を見たり、その後食事がてら映画の感想を語ったり、ゲームセンターに行ったり、ウィンドウショッピングをしたりした。


 …………普通だ。


 優司と優奈は驚く程普通で、先日中島かすみから二人が朝倉すばるの正体が俺だと知ってしまったというのが嘘のようだ。

 二人が今まで通りに接してくるのが逆に落ち着かない。

 

「すばるさん、どうかしましたか? さっきから元気ないですけど……」

「歩きつかれちゃいました? どっかで休みます?」


 一人悶々としていたら顔に出てしまっていたらしく、優司と優奈が心配そうに俺を見てくる。

 俺はずっと二人を騙していたのに、どうしてこいつらはこんなにも優しいのだろう。


「ううん、大丈夫……あのね、二人に大事が話があるんだけど、ちょっといいかな?」

 いつまでも知らないフリをしているのは俺の方が苦しいので、もう思い切って直接俺から二人にカミングアウトする事にした。


 こうもあっさり踏み切れたのは、先に中島かすみからすばるの正体を知った二人の反応を聞いていた事が大きい。


 あまり人には聞かれたくない話だからと、俺は近くにあったカラオケボックスに二人を誘った。

 部屋に着くと、俺は店員さんが飲み物を持ってくる前に話をつけてしまおうと、二人が部屋に入ってドアを閉めたタイミングで意を決して振り返った。


「今まで二人にずっと黙ってた事があるの。私は……いや、俺は……」

「知ってたよ。と言ってもそれを知ったのは最近なんだけど」

 優司が俺の言葉を遮る。


「すばるさんの正体がお兄ちゃんだって知った時はかなり焦ったよ~」

 まるで笑い話でもするかのような軽さで優奈が言う。


「優司、優奈……」

 思った以上にあっさりと受け入れられて、目頭が熱くなった。


「ねえお兄ちゃん、私達の事……好き?」

 優奈が俺の目の前までやって来て、上目遣いで聞いてくる。


「そりゃ、二人の事は好きだし、大事な妹と弟だけど、ごめん。俺は二人をそういう風には見られない。あと、ずっと女装の事、黙っててごめん」


 俺は目の前の優奈とドアの前に立っている優司を交互に見て頭を下げた。

 本当はもっと早くこうするべきだったんだ。


「兄さん……」

「失礼します、お飲み物お持ちしました」

 優司が何か言おうとした瞬間、ドアが微かに開いて後ろから店員のお姉さんが気まずそうに声をかけてきた。


 ずっと立っていても邪魔になるので、俺達は一旦席に座り、お姉さんがテーブルの上に三人分の飲み物を置いて出て行くまで、俺達は何を話していいかわからず無言になった。

 ちなみに、俺を真ん中にして、右に優司、左に優奈が座っている。


「さて、これで家族全員にカミングアウトは済んだよね?」

「え、うん……」

 お姉さんが部屋から出て行くと、気を取り直して優奈が俺に確認するように聞いてくる。

 優奈の意図を測りかねた俺は素直に頷く。


「これからは、すばるさんの格好で帰ってきてくれて大丈夫だから」

「……へ?」


 ポツリと優司が言う。

 俺は突然の申し出に首を傾げる。

 何言ってんだこいつ。


「そういえば、これから呼び方も変えた方がいいかな、お姉ちゃんとか、すばる姉とか」

 今度は反対側から優奈がまた妙な事を言い出す。

 父さんや春子さんもそうだったが、コレは俺が女になりたい男だと思われている節がある。


「…………いや、そこは今まで通りで頼む。俺、こんな格好してるけど女になる予定とか無いし……」

 新たな誤解が生まれても困るので、そこはきっちり否定しておく。


「そっか、そうだよね! お兄ちゃんは攻めたりもするんだもんね!」

「優奈、そこはもう少しオブラートに包もう……」

 嬉しそうに優奈は言うが、もっと言い方を選んで欲しい。

 いや、そもそも今後男と関係を持つつもりも無いので、そもそも受けになる予定は無いのだが。


「でも、今の格好で兄さんって呼ぶのも色々問題あるんじゃない? 一応顔出ししてモデルとかやってる訳だしさ……」

 一方で優司は割と現実的な問題を指摘してきた。

 確かにすばるの格好で兄と呼ばれるのも変かもしれない。


「そうだな、じゃあこれから俺はこっちの格好の時でも二人の事は呼び捨てにするから二人もすばるでいいよ」

「わかった。す、すば……る……」


 俺が答えれば、優司は素直に頷いて早速呼ぼうとしてくれたらしいが、妙に緊張した様子でどもっている。

 中身が俺だとわかっていても、この見た目の前ではやはり緊張してしまうのだろう。


「なあに? 優司」

 せっかくなので、可愛らしく微笑んで女らしい声で返事をしてみよう。

 俺からのサービスだ。悪乗りとも言うが。

 直後、優司は照れたように無言で俺から顔を背ける。


「あっ、何それ優司だけずるい! 私も!」

 優司が顔を背けるのとほぼ同時に優奈が俺の腕を掴んで軽く揺らしながら自分にもとせがんできた。


「しょうがないわねえ、優奈」

「すばる…………お姉ちゃん……」

 優司と同じように微笑みながら名前を呼んでみれば、優奈は感激したように呟いた。


「お姉ちゃんいらなくない……?」

「だって、いままでずっとさん付けで呼んでたから慣れないんだもん……その格好の時はお姉ちゃんじゃダメ? もしくはお姉さま」

 俺がつっこめば、優奈はどこか拗ねたような、照れたような様子で言う。


「お姉さまは辞めよう。お姉さまは」

 絵面的に別の意味を持ってしまいそうである。


「じゃあ、お姉ちゃんって呼んでいい?」

「まあ、しかたないかあ……」

 またもや上目遣いで優奈が聞いてくる。

 まあ、この姿の時は兄と呼ばれるよりはそっちの方が自然かもしれない。


「……僕も、慣れないから姉さんでいい?」

「別にいいけど……」

 背後から俺の服の袖をちょいちょいと引っ張りながら優司が尋ねてくる。

 優奈にだけ許可して優司に許さないのもおかしな話なので、俺は頷く。


「じゃあお姉ちゃん、なでなでして、なでなで!」

 なぜか優奈が目を輝かせながら俺にねだってくる。


「え、ええ……」

「えへへー」

 まあそれくらいなら、と撫でてやれば、優奈は嬉しそうに俺の手に頭を擦り付けてくる。


「姉さん、僕も……」

 優司が俺の右手を取って子犬のような目で俺を見てくる。


「な、なんか急に二人共甘えだすなあ……」

 ちょっと驚きつつも、言われるがままに優司の頭を撫でる。


「言ったら撫でてくれるんだね」

「まあ、これくらいなら……」

 優司が俺の方に身体を傾けて頭を撫でられながら言ってくる。


「お姉ちゃん、今日は一緒にうちに帰ろうよ~、それで一泊してこうよ~」

 しばらく二人を撫でていると、優奈が甘えるように抱きついてきた。


「いやでも、そんな急に言われても……」

 今日は全くそんな予定は無かったのだが……。


「…………俺も、姉さんが泊まってってくれたら嬉しい。きっと父さんと母さんも喜ぶ」

 優司が両手で俺の右手を包むように持って、まっすぐ見てくる。


「ううう……今回だけなら……」

「わーい! お姉ちゃん大好き!」

「良かった、嬉しい……」


 二人の勢いに負けて俺が頷けば、優司と優奈があからさまに喜ぶ。

 本当に二人共すばるの事が好きなんだなあ、というのが否が応にも真正面から伝わってきて、正直どうしていいのかわからなかった。

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