第33話 楽しそうで何より

「受けか攻めかと聞かれれば、どっちもするみたいだにゃん」

「つまり、お兄ちゃんはリバ……」

 鰍が答えれば、神妙な面持ちで優奈ちゃんが呟くにゃん。


 リバというのはリバーシブルの略で、BL作品においては受けと攻めを固定しない事だにゃん。

 この場合はカップリングの受けと攻めを固定しない事と言うよりは、受けと攻め、どっちでもいける人間を指しているにゃん。


 優奈ちゃんの嗜好を理解する為の予習はばっちりにゃん!


「恋愛関係だと、同じ高校出身の友達と付き合いつつその子のお姉さんに押し倒されたり、年下の女の子家に泊まったり、近所に越してきたお兄さんを手玉に取ったり、その兄さんの同僚を弄んだり……他にも色々だにゃん」


 一応本当にあった事をぼかしながら話してみるけど、こうして見直してみると、すばる……というか将晴はおかしいにゃん。


「えっと、それは修羅場にならないんですか?」

 ちょっと引いた様子で優司くんが尋ねてくるにゃん。

 それが一般的な反応だと思うにゃん。

 ちなみに優奈ちゃんは隣で目を輝かせていたにゃん。


「まあ、付き合ってる事になってる相手は全員その事を承知で付き合ってるからそこまで大きなトラブルにはなってないにゃん」

「皆知ってて付き合ってるんですか!?」

 鰍が答えれば、優司くんが驚いたように声を上げたにゃん。


「今のところ全員棲み分けができてるのが大きいと思うにゃん」

 しずくちゃん方面と将晴の家族に対して付き合ってる事になってる稲葉、優司くんと優奈ちゃん対して付き合ってる事になってる一真さん、本当に付き合っている鰍との間には、実際大したトラブルは起きてないにゃん。


「そんなに上手く行くものでしょうか……」

「二人は、この話を聞いてすばるの事を嫌いになったかにゃん?」

 明らかに引いた様子の優司くんと興味津々という様子の優奈ちゃんに鰍は尋ねるにゃん。


「え、なんでですか?」

「流石に色々どうかとは思いますけど、だからと言って今まで兄さんが僕の為にしてきてくれた事が無かった事になる訳じゃないですし……」


 全く躊躇いの無い様子の優奈ちゃんと、色々と思う事はあるものの、今の話だけでは嫌いにはなれないと言う優司くんが対照的だったにゃん。

 だけど、やっぱり将晴は二人から本当に慕われてるんだなと思ったにゃん。


「じゃあ、そのすばるが、悲しそうな顔でケンカはやめてって言ったらどうするにゃん?」

「えっ……嫌、ですけど、多分できるだけその事からは目を逸らそうとするかもしれない、です……」

 鰍の問いに、優司くんはどこか戸惑った様子で答えるにゃん。


「……むしろ、その状態でなんで誰もヤンデレに覚醒しないんですか? ほら、監禁したりとか他のライバルを抹殺したりとか」


 少し考えた素振りを見せた後、優奈ちゃんは訝しげな顔で聞いてくるにゃん。

 ……多分、ケンカになったり、痴情のもつれでトラブルになったりとかしないのかとか、そういう事を聞きたいんだと思うにゃん。


「ただしそれをやるとすばるから嫌われるにゃん」

「それはダメです!」

「つまりそういう事にゃん」


 反応を見ようと思って言ったら、ものすごい勢いで優奈ちゃんが食いついてきたにゃん。

 ……すごいにゃん。ずっと好きだったすばるの正体が義理の兄だったとか、そんな事全くものともしてないにゃん。


「そもそも、それが原因で別れたりしないんでしょうか」

「もちろんそれで別れる事もあるかもしれないにゃん。でも、誰かと別れてもまたすぐ別の誰かが寄って来るのがすばるにゃん」


 今のところ、すばるがモテ過ぎるのが原因でそんな事は起こってないけど、大体毎回すばるが周りから言い寄られて大変なことになるのが常なので、実際すばるに惚れた何人かがそれで離れていってもすぐにメンバーが補充されそうではあるにゃん。


「うわぁ……でも、確かにあんな美人を周りが放っておく訳ないですもんね……」

「お兄ちゃんが魔性過ぎる……でも、すばるさんだもんなぁ」

 優司くんと優奈ちゃんが口々に感想を述べるにゃん。


 すごくわかるにゃん。

 そして、多分二人共ナチュラルにすばるの見た目で想像してるにゃん。


 やっぱり二人共、好きになった人の見た目で想像してしまうと、どうしても大抵の事は下駄を履かせて好意的にとらえてしまうみたいだにゃん。


「以上の理由からすばるの恋人になるのは修羅の道にゃん。だけど、すばるは二人の事を家族として、とても大切にしていて多分二人の為なら大抵の事はなんでもしてくれるとは思うにゃん」

 ダメ押しのように重ねて鰍は二人に妹と弟でいた方がお得だと説くにゃん。


「すばるさんが、私のためになんでも……」

 頬を両手で包み込むように押さえながら、優奈ちゃんが繰り返すように呟くにゃん。


「でも、確かに今までも兄さんは僕のマンガを熱心に追っかけてくれて応援してくれてたし、SNSのモデルアカウントの方でも僕のマンガを宣伝してくれてたし、とても気にかけてくれて、恋愛相談とかにも……」

 優司くんもどこか照れた様子で今までを振り返るにゃん。


「ああぁーーーーーーー!!!! 忘れてた! 借金とかあるかもとか、そっちの方に気をとられて忘れててた!! 私、滅茶苦茶すばるさんとの恋愛相談を本人にしてたんだけど!?」


 突然、優司くんの言葉を遮るように優奈ちゃんが声を上げるにゃん。

 確かに、今まで本人に直接恋愛相談してたなんて後からわかったら、恥ずかしい所の騒ぎじゃないにゃん。


「……どうしよう」

「私なんて更にお兄ちゃんと稲葉さんとのBL妄想を本人に延々送り付けてたんだけど!?」


 血の気が引いたように真っ青な顔で落ち込む優司くんと、顔を真っ赤にしながら取り乱す優奈ちゃんが対照的で可愛いにゃん。


「大丈夫にゃん。すばるの包容力をなめてはいけないにゃん。二人が妹と弟である限り、すばるはその位は笑って受け止めるにゃん。すばるの中での妹、弟補正はハンパないにゃん」

 

「笑って受け止められてもそれはそれでダメージでかいんですけど!?」

「……でも、僕は嫌われて無いならそれはそれで」

 またしても対照的な反応をする二人に楽しくなりつつ、それからしばらく鰍は二人を慰める事にしたにゃん。




「……という訳で、今度すばるには二人を嫌ってないと証明する為に優司くんと優奈ちゃんと三人でデートしてもらう事になったにゃん」


 満面の笑みで優司と優奈と話した時の報告を終えた中島かすみが決定事項とばかりにデートの予定を発表してくる。


「おい待て、色々つっこみどころ満載なんだけど」

「デートのお伺いが後日二人から来ると思うから、三人で楽しんでくるにゃん。二人は将晴がすばるの正体を優司くんと優奈ちゃんが知ってるって事を知らないと思ってるから、その体で遊びに行くにゃん」


 中島かすみはどんどん話を進める。

「将晴、コレは今後優奈ちゃんや優司くんと良好な関係を築いていけるかの大事な分かれ目にゃん」

「いや、行くけど!」


 俺がそう言った直後、中島かすみは俺の眉間を人差し指で軽くつついてきた。

「報告、楽しみにしてるにゃん」

 すぐ目の前で、中島かすみが楽しそうにニヤリと笑う。


 ……まあ、結果的に当初の目的は果たされた訳で。

 とりあえず、中島かすみが楽しそうで何よりである。

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