第31話 悪いようにはしないにゃん

「なっ……! だっ…………!」

 突然女装癖以上のとんでもクズ設定を付けられた俺は、なんとか言い返そうとしたが、咄嗟に言葉が出てこない。


 なんでこうなっているのか、というか、借金とかギャンブルとか、どこからそんな話が出てきたのか。

「将晴、とりあえず深呼吸をして落ち着くにゃん。ほら、大きく息を吸うにゃん」

 動揺する俺に対して、中島かすみは随分と落ち着いた様子だった。


 とりあえず、言われるがままにしばらく大きく息を吸って吐いてを繰り返す。

 三回ほどそれを繰り返した所で、俺はやっと言葉を搾り出す。

「なんで、そんな事になってるんだ……」


「簡単に言うと、優奈ちゃんが両親と振袖を着たすばるの写真を偶然見ちゃって、お母さんを問い詰めたらしいにゃん」


 それは、もうどうしようもないな。

 あの写真はすばるの顔を作った後に振袖を着せられたものなので、確かにそれを見られてしまうともうどうしようもない。


 なぜ、父さんと春子さんが赤の他人である朝倉すばると三人で写真を撮っているのかと聞かれれば、もう真実を説明するより他無いだろう。


「すばるの正体がバレた原因はわかった。だとして、そのクズ設定は一体……」

「優奈ちゃんが優司くんにすばるの正体の事を話したら、優司くんが前に将晴から聞いたすばるを諦めた方がいい理由を思い出したらしいにゃん」

「あー……、あれかー…………」


 あいつまだそんな事覚えてたのかよ……と思いつつ、それだけ優司にとっては一大事だったんだろうなとも思った。


 例え話でもし朝倉すばるが借金があって実はのんだくれのギャンブル依存症で更に浮気性の男だったとしたらどうすると聞いて、それでもすばるが好きだと、あいつは言い、後にプロポーズまでしてきたのだ。


「それで、ギャンブルのせいで借金を作ってそのために人に言えないような仕事をして酒びたりの生活を送っているのではないだろうかとか心配してたにゃん」


「クズポイントを全部繋ぎ合わせてストーリーを作らないでくれ……」

 全てを繋ぎ合せて話を作ってしまうのは、優司の漫画家としての性なのだろうか。

 そしてその話の流れだとだと俺のクズさ加減は置いておくにしても妙に納得できてしまうところが恐ろしい。


「もしそんな借金があるなら家族も無関係じゃないし、場合によっては弁護士に無料で相談できる所もあるみたいだからそこに行った方がとか、事態をかなり深刻にとらえてたにゃん」


 どうしよう、ものすごく話が大事になっている。

「そんな事実は無いんだけど」


「知ってるにゃん。でも、二人共女装云々よりもそっちの方を本気で心配してて、一応心配するような事は無いって口止めもしてあるし、今度鰍が三人で会って誤解を解いてくるにゃん」


 終始動揺しっぱなしの俺を前に、中島かすみは淡々と説明していく。

 むしろメルティドールのモデルの仕事や衣装のデザイン、その他CMやバラエティ等の仕事のお陰で俺の貯金はかなり増えた。


「というか、なんでそんなに鰍は優司と優奈から頼られてるんだ……?」

 俺が尋ねると、中島かすみはふふん、と得意気に笑った。


「鰍には優奈ちゃんの相談に乗って解決のお手伝いをした実績と、一緒に萌えトークをした親近感、そして、すばるとも仲良しで将晴の正体も知っている理解者という地位があるにゃん」


 いつの間にそんな地位を築いていたのだろうか。

「そもそも、いつのまに鰍はそんな立ち位置になったんだよ」

 最初に連絡先を交換した時は、鰍はすばるの女友達としか思われていなかったはずだ。


「連絡先を交換した後、萌え語りや相談に乗ったりして、優奈ちゃんとある程度仲良くなったら今回、鰍に将晴の事を聞いてきたから、その流れで鰍は将晴の正体も全部知ってる親友って事にしたにゃん」

 なんでもないように中島かすみは説明する。


「とにかく! すばるの事は鰍がちゃんと説明しておくから、将晴は大人しく待ってるにゃん!」

「いや、でも……お、俺もついていった方が……」

 中島かすみは力強く宣言するけれど、色々心配過ぎる。


「二人は将晴の事をどう受け止めていいのか混乱しているのに、そこに将晴が出てきたら余計混乱するにゃん! ちゃんと報告はするからそれまで待ってるにゃん!」

「うっ……わかった……」


 しかし、中島かすみの言う事ももっともなので、俺は引き下がるしかない。

 だけど……俺は中島かすみの顔を見る。


「大丈夫、悪いようにはしないにゃん」

 ニッコニコの満面の笑みを浮かべる中島かすみを見ると、一抹の不安がよぎるのはなぜだろう。

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