第28話 理由は明白
「ダメです!」
「いやそれは一番ダメだろ……」
俺、しずくちゃん、稲葉が口々に否定する。
というか、それなら俺と入れば良くないか!?
「ならどうするのがいいにゃん」
中島かすみは、腕を組んで呆れたように言う。
なぜ、俺達の方が聞き分けのない奴らみたいな扱いを受けなければならないのか。
「まあ、俺とすばる、かすみとしずくちゃんが一番平和だろうな……」
「そうね……」
稲葉がため息をつきながら提案し、俺もそれに頷いた。
絶対に二人一組で風呂に入らなければいけないのなら、性別で分けた方が無難だろう。
俺は女という事になっているが、稲葉とは恋人同士という事になっているし、このメンバーの中では妥当な選択だろう。
話がそうしてまとまりかけた瞬間、しずくちゃんは赤面しながらそれを否定する。
「そ、それもダメですっ! お兄ちゃんは一人で入って! こっちは女同士で入るから!」
「え?」
思わず俺は首を傾げる。
どうやら他の誰かが稲葉と風呂に入るのも嫌らしい。
「でも流石に三人はきついから、鰍としずくちゃんで入るにゃん」
「なら私はすばるさんとの方が……」
中島かすみが提案すれば、しずくちゃんはこっちをチラチラと見ながら言ってくる。
「ふっふっふ……その柔肌を隅々まで丁寧に丸洗いしてあげるにゃん」
「ふぇっ……」
中島かすみがしずくちゃんに後ろから抱きつきながら耳元で囁く。
ますますしずくちゃんの顔が赤くなるが、俺がしずくちゃんと入るわけにもいかないので、しずくちゃんには悪いが、ここは中島かすみに任せる事にする。
順番は中島かすみとしずくちゃんが入った後、俺、稲葉という事になったが、二人が風呂に入っている間、リビングにまで騒がしい声が聞こえてきていた。
俺は風呂上りのすっぴん風メイクをする時間を確保しなければならないので、風呂自体は身体を洗ってシャワーを浴びるだけで切り上げる。
一通りの身支度を済ませてリビングに戻れば、稲葉はげっそりしていて、しずくちゃんは顔を赤くして恥じらっている。
そして雨莉は楽しそうに美咲さんとの事を話し、中島かすみはその話に目を輝かせている。
……うん、どんな話をしていたのかはなんとなくわかった。
恐らく、美咲さんと雨莉の、ちょっとディープな話でもしていたのだろう。
「さて、稲葉がお風呂に行った所でそろそろ真の女子会を開催するにゃん」
「真の女子会……?」
稲葉が風呂に入るために席を立つと、中島かすみが改まったように言った。
「議題は、意中の相手の落とし方と、落とした後の関係の維持の仕方についてにゃん。雨莉とすばるは言うなれば講師役だけど、ここでお互いに意見や情報を交換してより良い今後に役立てるにゃん」
中島かすみがあたかもこれはとても重要な事であるかのように言う。
「なるほど、面白そうね」
俺は中島かすみの提案に乗った。
きっと、ここで一般的な恋愛観をしずくちゃんにそれとなく伝えるつもりなのだろうと考えたからだ。
それからしばらく俺は、一般的な恋愛観について雑談形式でしずくちゃんに話そうとしたが、度々雨莉の頭のネジが外れたような回答の軌道修正に追われ、結局稲葉が戻ってきた頃には今度は俺がげっそりしていた。
一般的な恋愛観についてしずくちゃんに教えるはずが、結局ケースバイケースという結論になってしまったのがつらい。
そろそろ寝ようという事になった頃、問題は起こった。
稲葉の家にはよく美咲さんと雨莉が泊まりに来ていた事もあり、元々客用の布団が二人分あった。
しかし、いきなり中島かすみと雨莉がやって来た事により、布団が足りなくなったのだ。
「そんなの簡単にゃん。稲葉のベッドに二人寝て、リビングに敷いた布団に三人寝ればいいだけにゃん」
「うーん、それもそうか……」
中島かすみの言葉に俺が頷けば、じゃあそうするか、と稲葉も賛同する。
「鰍はすばるとベッドを使うから、稲葉はしずくちゃんと雨莉に挟まれたらいいにゃん」
「いやなんでだよ、俺とすばるがベッドで寝ればいいだろ」
俺としてもその分けられ方が一番安心できる。
以前しずくちゃんの家に泊まった時みたいに何かの拍子にボロが出るかもと怯えて眠れぬ夜を過ごす事もないだろう。
「そ、そんなのダメです! 破廉恥です!」
どこか慌てた様子のしずくちゃんが声を荒げる。
「あら、二人は付き合ってるのだから、そんなの今更じゃない?」
「うっ……」
雨莉が不思議そうに尋ねれば、しずくちゃんが口ごもる。
全くそんな事実はないが、ナイスフォローだ。
「じゃあしずくちゃんが稲葉と二人で寝たらいいにゃん」
「えっ」
中島かすみが提案した瞬間、見る見るしずくちゃんの顔が赤くなっていく。
「……という訳だから、すばるは稲葉とそっちの部屋で熱い夜をすごしたらいいにゃん。鰍達はこっちでさっきの女子会の延長戦をするにゃん」
満面の笑みで中島かすみがしずくちゃんの肩に右手を置き、反対の手を振る。
「そ、そう……じゃあ、よろしく?」
「よろしくしとくにゃん」
後は任せとけ、という事なのだろうかと思いつつ、俺は稲葉の寝室に引っ込む事にした。
翌朝、五時。
しずくちゃんがいつ突撃してくるとも限らず、心配で早くに目が覚めてしまった俺は、それならさっさと身支度を整えてしまう事にした。
稲葉はまだ寝ているので、部屋の電気は付けず、勉強用の机と机の上のスタンドライトを使わせてもらう事にする。
洗面所に行くには寝室から三人の寝ているリビングを通らなくてはならないので、顔はコットンに化粧水を染みこませてふき取りだけにして、後はいつも通りメイクをしていく。
一通り身支度を済ませた後、少し用を足そうとなるべく音を立てないように寝室のドアを開ければ、なぜか布団には雨莉しかいなかった。
俺が首をかしげていると、廊下からリビングに続くドアが開き、トイレから戻って来たらしい中島かすみと目が合った。
「しずくちゃんは?」
「ああ、今朝のまだ暗いうちに帰ってったにゃん」
気だるそうなあくびをしながら中島かすみが言う。
「すばる達のラブラブっぷりとか、ドアを一枚隔てた奥の部屋で何が起こってるのかとか想像させつつ、恥ずかしがってばかりだと何も前に進まないって教えてあげたにゃん」
「おい待て、色々大丈夫なのかそれ……」
眠そうに中島かすみが報告してくるが、内容が内容だけに心配になる。
「色々葛藤してたみたいだったけど、結局現状で自分がすばるにかなり負けているのはわかったけど、今に稲葉好みの女になって稲葉を勝ち取ってやるって息巻いてたにゃん」
微妙に雨莉の影響が見えなくもないが、一応しずくちゃんは奮起してくれたようだし、今回の目的は達成と言う事でいいのだろうか。
「じゃあ、そういう訳だから鰍はもうちょっと寝るにゃん」
そう言って中島かすみは布団に戻って寝息を立て始めた。
というか、しずくちゃんがもう帰ったというのなら、俺もこんな朝早くから身支度しなくても良かったんじゃないか。
そう思った瞬間に、どっと疲れと眠気が押し寄せてきた土曜日の朝だった。
翌週の連絡会。
「そういえば昨日、しずく嬢に恋愛相談されたんですよ。男の目線から見て、淑やかだったり積極的だったり、どんなタイプが魅力的か、みたいな事を聞かれたんです」
挨拶もそこそこに、じゃあお互いの連絡事項を話そうとなった頃だった。
昨日と言う事は、この前のお泊り会の後だ。
しずくちゃんは、何でよりによってその相談を一真さんにしてしまったのだろう。
「それで、なんて答えたんですか」
嫌な予感がしつつも、俺は尋ねる。
「積極的で押しの強い女性が好きだし、そんなタイプが好きな男は多いと思いますよって答えときました。後、すばるさんの真似をしてもすばるさんの偽者にしかなれないので独自路線を目指した方が良いとも伝えましたね」
爽やかな笑顔で一真さんは言い放つ。
なぜ既にかなり積極的で押しが強過ぎるしずくちゃんにそんなアドバイスをするのか。
まあ、理由は明白ではあるが。
「むー、今月は鰍の負けだにゃん」
中島かすみは残念そうな、しかしどこか楽しそうな顔で一真さんに言った。
……もし、しずくちゃんが一真さんのアドバイスを真に受けて実行した場合、今までと同じか、下手したらそれ以上の被害が稲葉を襲う事になるかもしれない。
がんばれ稲葉、負けるな稲葉。
俺は心の中でそっと稲葉にエールを送った。
もっともその直後、優司と優奈が俺の通う大学に一芸入試と推薦でそれぞれ受かったという連絡が来て、それどころではなくなったのだけれど。
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