第27話 努力の勝利

 スペシャルゲストって雨莉かよ……!

 そう叫びたいのをなんとかこらえつつ、俺は二人に声をかける。


「い、いらっしゃい、鰍、雨莉……」

「いらっしゃったにゃん!」

 中島かすみが元気良く答えるが、雨莉は不機嫌そうな顔で黙っている。


 しばしの間、辺りを沈黙が支配する。


「とにかく二人共中に入れよ。その食材は台所にもっていけばいいんだよな?」

 稲葉は二人から食材の入ったビニール袋を受け取ると、中に入るように促す。


 雨莉は靴を脱いで家に上がると、低い声で呟いた。

「……ご飯作るわ。五人分でいいのよね」

「へ?」


 唐突な申し出に俺が間抜けな声を上げて聞き返すのを他所に、雨莉はすたすたとキッチンに向かう。

 勝手知ったる様子で近くにかけてあったエプロンを身に付けると、髪を結わえて手を洗う雨莉からは不機嫌そうなオーラが駄々漏れだった。


「かすみはどういう経緯で雨莉を連れてきたんだよ……」

 稲葉は雨莉の足元にビニール袋を置きながら中島かすみを振り返る。


「雨莉が美咲さんと二人でいる時に、今度高校の時の集まりでお泊り会やるから雨莉にも来て欲しいって誘ったにゃん」

「それでどうしてこうなるんだよ……」

 中島かすみの話を聞いて、呆れた様子で稲葉が雨莉を見やる。


「雨莉は忙しいからって断ろうとしたけど、鰍が皆も雨莉が来たらすっごい喜ぶし会いたがってるって言ったら美咲さんがそれなら行って来たらいいって言ってくれたにゃん」

 胸を張って得意気に中島かすみが言う。


「最近はずっと付きっきりだったからたまには羽を伸ばしてきなさいって……なんでやっと籍も入れて二人暮らしで二十四時間三百六十五日ずっと一緒にいられるようになったのにこんな形で妨害されなきゃいけないのよ!!」


 直後、雨莉の熱い心の叫びが聞こえてきたが、そんなに四六時中一緒にいられたんじゃ流石に美咲さんも一人の時間が欲しくなりそうである。

 ただ、美咲さんの場合、前科がありすぎるので安心はできないという部分が大きいののもしれない。


 その後、雨莉は恐ろしい程の手際の良さと鬼気迫る様子で同時進行で色んな料理を次々と作り上げていった。

 何か手伝う事はあるかと聞いたら、邪魔だからいらないと言われたので、俺達は机を拭いたり箸等の配膳をするものの、すぐに終わってしまい、手持ち無沙汰に席に着く。


 正面の席に座ったしずくちゃんを見れば、どこか怯えた様子だった。

「掃除、料理、洗濯……ううううううう」

「し、しずくちゃん!? どうしたの?」

 急にしずくちゃんが泣きそうな顔をしたので何事かと声をかける。


「多分、前に俺の家に来た時に家事をやろうとしてくれたのに途中で雨莉に全部奪われたのがトラウマになってるんだと思う。大丈夫だしずくちゃん。専業主婦の俺の母親もあそこまではできない。雨莉が特殊なんだ」

 しずくちゃんの隣に座った稲葉が事情を説明しつつしずくちゃんの背中をさすりながら慰める。


 言われてみればそんな事もあったな、と俺は思い出す。

 しずくちゃんに視線を戻せば、顔を真っ赤にして照れていた。

 少し俯いているので稲葉の方からは見えないだろうが、俺の位置からだと丸見えだ。


 一瞬、心配したが大丈夫そうだと思っていると、俺の隣に座る中島かすみが俺の二の腕をつんつんとつつく。

「すばるは雨莉の料理を食べるのは初めてかにゃん?」

「そうだけど……」


 俺が答えると、中島かすみは力強く俺にサムズアップをしてきた。

「美咲さんの胃袋を掴もうと腕を磨いてきた雨莉の料理は絶品だにゃん!」

「本人今にも人を殺しそうな顔しながら作ってるけど……」


 食材をフランベしているらしく、フライパンから立ち上る炎を据わった目で見つめる雨莉を見ると、正直手際の良さや技術の高さよりも恐怖の方が先に来てしまう。


「雨莉の家事はストレス発散法でもあるんだにゃん。前に聞いてみたら、自分の行動が全て反映されて完全にコントロールできる所がいいって言ってたにゃん」

「心の闇が垣間見えるセリフだなあ……」

 フォローのつもりなのか、中島かすみはそう言いながら笑うけど、俺としては笑えない。


 そうこうしているうちに、テーブルの上には所狭しと多くの料理が並べられた。

「すごい……」


 思わず俺は呟く。

 まさか早炊きでご飯を作る間にこれ程の品数を作ることができるなんて。

 テーブルの上には中華風スープに鶏肉の炒め物、温野菜とわかめの和え物、かに玉、サラダ、酢の物、おひたし、魚のソテー、茄子の肉味噌炒め等が並んでいる。


 この量を一時間足らずで作れるのかと、少し感心する。

「突然だったから、私が食べたい物を作らせて貰ったわ」

 料理を作ってる時よりは幾分か落ち着いた様子の雨莉が言う。


「美味しい……なんだろうこの味付け、ごま油にお酢と……唐辛子と砂糖と醤油?」

「ごま油にお酢、コチュジャンとめんつゆよ。それを混ぜたタレに茹でた材料を和えただけよ」

 酢の物の味付けについて尋ねてみれば、案外しっかりと雨莉は答えてくれた。


「初めて雨莉の料理食べたけど、雨莉ってこんなに料理上手だったんだ」

「料理だけじゃないにゃん。掃除も洗濯も、雨莉はあらゆる家事がパーフェクトだにゃん」

 思わず俺が呟けば、中島かすみがそうだろうと頷きながら雨莉を褒める。


「なによ急に」

「急じゃないにゃん。鰍は昔から雨莉の家事スキルには敵わないと思ってたにゃん。さすが、あの美咲さんのハートを射止める女は違うにゃん! 今日は雨莉にその辺の話を是非聞きたいと思ってたにゃん!」


 ちょっと警戒した様子で聞いてくる雨莉に、中島かすみは目を輝かせながら雨莉の美咲さんとの話をせがむ。

「そこまで聞きたいと言うなら、話してあげてもいいけど……」

「やったにゃん!」


 雨莉が照れたように頷けば、中島かすみが待ってましたと歓声を上げる。

 それからしばらく、中島かすみがインタビュー形式のような感じで雨莉が美咲さんを落とすためにしてきた『努力』や、最近の美咲さんとの出来事について話を引き出していった。


 正直、雨莉の『努力』は美咲さんからストーカーとして訴えられたら勝てなそうなものも混じっていたが、それでも現在の美咲さんとの生活の話を聞くと、かなり幸せそうだった。


 見方を変えれば雨莉も、とてもよく尽くすタイプとも言えなくないが、居場所をGPSで探られたり盗聴されたりしていて、実はその事に気づいていても雨莉を受け入れられるのは、美咲さんの器の大きさがあってこそのような気もする。


 雨莉はそんな美咲さんだからこそ好きになったのだと言うけれど、それを単純にひたむきに相手を思い続ける事で愛を勝ち取った、努力の勝利と言っていいのかは疑問である。


 けれど、話が進むにつれ、幸せそうな顔で美咲さんの事を惚気まくる雨莉を見ていると、素直にその幸せを祝福したい気持ちになった。

 夕食の後は皆で雑談をしたりゲームをしたりと、思ったよりも平和に時間は進んで行った。


 問題は風呂である。

 雨莉は人数も多いので自分は明日の朝シャワーを浴びるからいいと言い、中島かすみはここの風呂なら二人までなら一緒に入れそうなので、それぞれ二人一組で入ったら時短になると提案してきた。


「一緒にお風呂って、いやいやいや……」

 色々と問題があるだろと俺が否定すれば、中島かすみはニヤリと笑って俺の腕に抱きついてきた。


「そうかにゃん? じゃあしずくちゃんと稲葉で入って、鰍とすばるで入るにゃん!」

「えっ、いや、違う、そういう事じゃなくて……」

「わ、私もちょっと……」


 むしろそれが問題なのだと顔が熱くなるのを感じつつ、思いながらどうしたものかと思っていると、しずくちゃんが恥ずかしそうに俺の話に乗ってきた。


 稲葉や中島かすみから、前はしょっちゅう稲葉と一緒にお風呂に入りたがっていたと聞いているしずくちゃんが、恥じらっている。

 年頃の女の子としては普通の反応なのだが、今までの行動が行動だけにその様が随分と新鮮に思えた。


 しかし、そんな俺の感慨も、次の中島かすみの問題発言で吹っ飛ぶ事となる。

「じゃあ鰍が稲葉と入るにゃん」


「ダメだけど!?」

 反射的に俺は声を上げた。

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