第26話 スペシャルゲスト

「……と、いうことなんだけど」

「すばる、グッジョブにゃん」

 しずくちゃんの家から帰った俺は、早速中島かすみに電話をかけた。


 電話に出た中島かすみにしずくちゃんの家で何があったのかを説明すると、その次に出かける日程はもう決まっているのかと聞かれた。


 俺がまだだと答えれば、中島かすみの囁くような笑い声が聞こえる。

「なら、今度の金曜日の夕方にするにゃん。それなら鰍のスケジュール的にもいけるにゃん。それで稲葉の家でお泊まり女子会するにゃん」


「鰍もくるのはいいけど、女子会ってメンバーの半分が男なんだけど……」

「女子会にゃん」

 そこは譲らないらしい。


「……まあそれは置いといて、何か作戦でも思いついたのか?」

「フフフ……大船に乗ったつもりで鰍に任せるにゃん……」


 中島かすみは詳しくは教えてくれなかったけれど、稲葉としずくちゃんに予定を確認したら大丈夫そうだったので、今週末、俺は稲葉の家でお泊まり女子会なるものをする事になった。


 当日は対抗心を煽るようにしずくちゃん前では稲葉と存分にイチャつくようにと言われた。

 後から中島かすみも乱入してきて稲葉にちょっかいを出すらしい。

 要するに、最近のしずくちゃんはちょっと弱気になっているので、こうする事で発破をかけるのが狙いのようだ。


 約束の金曜日。

 夕方の六時以降稲葉の住むマンションに集合という事になので、その一時間前に俺は朝倉すばるの格好をして稲葉の部屋を尋ねた。


 最後の打ち合わせをするためだ。

「今回は最近弱気になってるしずくちゃんに奮起してもらうための作戦だからな。俺は彼女っぽく甘えるから、お前もそれっぽい反応しろよ」


「お、おう……それはわかったけど、女子会と言われた事に一抹の不安を感じるんだが……」

「まあ、流石にお前が女装させられるような展開はない……と、思う。多分」

「おいやめろ」

 一通りの打ち合わせが終った後、稲葉が不安そうに尋ねてきたので、適当にからかってやる。


 しずくちゃんは、約束の時間ちょうどにやって来た。

「きょ、今日はよろしくお願いしますっ!」

 どこか緊張した様子で少し大きめのカバンを持ったしずくちゃんが玄関で頭を下げる。


「そんなに緊張しなくていいよ~今日は楽しんでいってね」

「俺のセリフなんだけどそれ……」

 しずくちゃんに俺が言えば、隣で稲葉が呆れたようにぼやいた。


 家の中にしずくちゃんを迎え入れて、とりあえず荷物と上着を置いてもらい、稲葉がお茶を用意している間に、俺はテーブルを挟んで向かいの席に座り、しずくちゃんを見る。


 ほんのり頬を赤く染めて、背筋を伸ばして硬直したような姿勢のまま、何もないテーブルを見つめて固まっている。

 どうやら本当にまともに稲葉の顔も見られないような状態らしい。


「ねえしずくちゃん、今日は何か食べたいものある? 実は今冷蔵庫にあんまり物がなくてこれから買出しに行くの。だから言ってくれたら大体の物は作れるよ」

 しばらく待っても黙ったままのしずくちゃんに、俺は微笑みながら声をかける。


 コレは事前に稲葉と打ち合わせしてた事だ。

 三人で近所のスーパーに買出しに行ったり協力して夕食を作る事で、会話も増え、しずくちゃんもその流れで自然と稲葉と普通に話せるようになれば、という、俺の考えた作戦だ。


「……すばるさんは、随分と……その、よく来るんですか? ここ」

 しずくちゃんは目を逸らしながら、どこか落ち込んだ様子で俺に尋ねてきた。


「うん、彼女だからね」

 実際にはそこまで足しげく通っている訳ではないが、彼女っぽさをだすために、そういう事にしておく。


「そう、ですよね……」

 しゅんとしたように俯くしずくちゃんに、いつもの闘志はどうしたのかと本気で心配になる。

 これじゃあまるで、普通の女の子みたいだ。


 そんな事を俺が思っていると、突然すばるの携帯が鳴った。

 画面を確認してみれば、中島かすみからで、俺は仕事の電話が入ったからと一旦席を立ってベランダに出た。


「夕飯の買出しって、もう行っちゃったかにゃん?」

 電話に出れば、いきなり中島かすみが尋ねてくる。


「まだだけど……」

「それは良かったにゃん。夕飯の買出しはこっちでして行くから、すばる達は大人しく待ってるにゃん」

 俺が答えるなり、中島かすみはどんどん話を進めていく。


「いや、いいよこっちで行くから」

 一応こっちにも予定があるのだ。


 チラリと振り返ってリビングの方を見れば、しずくちゃんの向かいに座って何か話してる稲葉と、ガチガチに緊張した様子のしずくちゃんが見えた。


「その方が都合がいいんだにゃん。実は今日、スペシャルゲストを呼ぶことに成功したんだにゃん。とっても楽しい事になるから、大人しく待ってるにゃん」


「スペシャルゲスト……?」

 誰が来るというのだろう。

「一体誰なのかは着いてからのお楽しみにゃん」

 弾んだ声で中島かすみが答える。


 気にはなったが、考えがあっての事なのだろうと、中島かすみの申し出に俺は了承して電話を切った。

 部屋に戻ると、なんか稲葉としずくちゃんの間に気まずそうな沈黙が流れていたので、とりあえず中島かすみが来るまではゲームでもしてこの空気を和らげられるよう勤める事にする。


 それから三十分程、俺と稲葉としずくちゃんでトランプゲームをしていると、インターフォンが鳴り、俺は下のエントランスにやってきていた中島かすみを迎え入れた。


「宅配便か何かですか?」

「ううん、鰍が着いたみたい。実はこっそり呼んでたの。鰍もスペシャルゲストを連れてきたって言ってたから、もう一人増えるみたい」


 席に戻った俺に、大分落ち着いてきた様子のしずくちゃんが尋ねてきたので、なるべく簡潔に答える。

「え?」

 しずくちゃんはポカンとした顔で俺を見た。

 確かに、いきなりこんな事言われても反応に困る事だろう。


「かすみが連れてきたスペシャルゲストか……」

 一方稲葉は、今までの経験からか、随分と警戒した様子だった。


 そして、そうこうしているうちに、玄関の呼び鈴が鳴る。

 三人で玄関まで迎えに行くと、ドアを開けた先にはスーパーの買い物袋を持ってニコニコと楽しそうな中島かすみと同じくスーパーの買い物袋をぶら下げながら目に見えて不機嫌そうな雨莉がいた。

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