第4章 リア充への道

第20話 それ以前の問題

 十一月の半ば、俺はしずくちゃんに呼び出され、朝倉すばるとして彼女の家へと向かった。


 この一ヶ月、稲葉の愚痴や一真さんからの報告で、大体しずくちゃんが何をしてきたかは聞いている。

 稲葉と遊園地に行ったり、結婚式場に行ったり、一緒に買い物に行ったり、家で映画を見たりしたそうだ。


「今日、すばるさんを呼んだのは他でもありません。稲葉お兄ちゃんの事です。あれから約束の一ヶ月経ちました」

 しずくちゃんの部屋で二人きりで小さな丸テーブルを挟んで向かい合いながら、暗い顔でしずくちゃんが言う。


「えっと、しずくちゃん……?」

 どこか様子のおかしいしずくちゃんに違和感を覚え、恐る恐る俺は様子を窺う。


「うっ……」

 直後、急にしずくちゃんが目に大粒の涙を浮かべて泣き出した。

「ええっ、急にどうしたのしずくちゃん」

 とりあえず、近くにあったティッシュを箱ごと渡しながら俺は尋ねる。


「だって、すばるさんももう稲葉お兄ちゃんから聞いたんでしょう? 私はっ、この一ヶ月、お兄ちゃんと距離を縮めるこれ以上ないチャンスだったのに全く……!」

 泣きじゃくりながらしずくちゃんがほとんど叫ぶようにして嘆く。


 話を聞いている限りだと、稲葉も毎回かなりげっそりしていたようだったが、それはしずくちゃんにも伝わっていたらしい。

 「今まで私っ、お兄ちゃんが振り向いてくれないのはいつも周りから邪魔が入るからだって思ってましたっ! だけど、本当は、私に魅力がないだけでっ!! うぅぅ……」


 この一ヶ月、しずくちゃんはしずくちゃんなりに稲葉に楽しんでもらおうと様々なデートプランを考えては実行してきた。

 しかし、そのどれも思ったように行かず、すっかり自信を喪失してしまったらしい。


「……あの、しずくちゃん、一つ聞きたいのだけれど、もしかしてこの一ヶ月、稲葉と出かける時のデートプランは全部しずくちゃんが一人で考えて手配してたりする?」

「もちろんです! お兄ちゃんが私を好きになってくれるように一生懸命考えたのに……」


 俺が尋ねれば、しずくちゃんは当然だと首を縦に振るけれど、それが今回の失敗の原因の一つのようにも思える。

 というか、毎回どこか知らない所に拉致られて結構な確率で精神的ダメージを受けるデートとか、俺でも恐い。


「……その、デートプランとか考えてる時、誰か相談する人とかいなかったの?」

「相談した時は、皆完璧だって言ってくれたんです……」

 しずくちゃんの言葉に俺はやっぱりかとため息が付きたくなるのを何とか堪える。


 確かに以前、一真さんから聞いた通り、しずくちゃんの周りにはまともな恋愛のアドバイスをしてくれるような人間はいないらしい。


 一真さん自身は経験豊富そうだが、一真さん的にはしずくちゃんの恋が成就しないでいてくれた方が美味しい以上、色々思う事はあっても絶対その辺には口を出さない事だろう。


 しかし、このままでは稲葉もしずくちゃんも俺も幸せになれない。

 ここはなんとかしてしずくちゃんの意識改革をしてもらって、正攻法で稲葉を落としてもらいたい所だ。


「私はね、稲葉の事は置いといて、しずくちゃんの事は結構気に入ってるのよ? 何をするにも一生懸命でまっすぐで、とっても素直で……でもね、だからこそ、しずくちゃんには幸せになってもらいたいと思うの」

 しずくちゃんの背をさすりながら、俺は語りかける。


「……そんな遠まわしな言い方はいいです。ようは私じゃ稲葉お兄ちゃんを幸せにできないから諦めろって言うんでしょ!」

「ううん、それ以前の問題なの」

 顔を上げて嘆くしずくちゃんに、俺は静かに首を横に振る。


「それ以前の、問題……?」

「このままだとしずくちゃん、稲葉はおろか、この先別の人を好きになっても両思いになれなそうだなって」

「なっ……!?」


 素直な感想を述べれば、しずくちゃんは面食らったように言葉を失った。

 そりゃそうだろう。

 まさか慰めてくるのかと思ったらいきなりこんな暴言が飛んできたのだから。


 だけど、しずくちゃんには今の状況に危機感を持ってもらわなくてはならない。

 まさか俺も一ヶ月あって全く進展しなどころか、稲葉があんなに日々やつれていくとは思わなかったのだ。


「しずくちゃん、特訓しましょう。このままだと親の決めた相手と結婚したはいいけど早々に浮気されて泥沼の離婚劇を繰り広げる未来しか見えないわ……!」

「そ、そんな訳無いじゃないですか!」


 少し大げさに俺が言えば、しずくちゃんが驚いたように否定してくるが、かなり不安そうな顔をしている。

「急に酷い事言ってごめんなさいね。でも、しずくちゃんはこんなに可愛くて良い子なのに稲葉を落とせないのはなんでだと思う?」


 一連の暴言を謝罪しつつも、俺はできるだけ優しくしずくちゃんに尋ねる。

 話題を変える気は無い。


「そ、それは……私に、魅力が無いから……」

「そんな事ないわ。しずくちゃんはとっても魅力的よ。それは私が保証するわ」

「でも、それじゃあなんで……!」


 何が言いたいのかわからないという顔でしずくちゃんが俺を見る。

「しずくちゃんは、その魅力をアピールするのが下手なだけなの」

「私の魅力……?」

 不思議そうな顔でしずくちゃんは首を傾げる。


「見た目が可愛いだけじゃなく、一途で何をするにも一生懸命、素直で行動力もあって、自分の意見もはっきり言える。理解できないような相手の趣味にも寛容。私でもすぐにコレくらい思いつくんだもの。そんなしずくちゃんが魅力的でない訳ないじゃない」


 しっかりと眼を見つめ、俺はしずくちゃんを褒めちぎる。

 ここでしずくちゃんに自信喪失したままでいてもらっては困るからだ。


「すばるさん……」

「大丈夫、本当にちょっとの事なの。少しの事を変えるだけで、そのしずくちゃんの魅力を何倍にもして稲葉に伝えられると思うの」


 少し感動した様子のしずくちゃんに、俺は優しく言い聞かせる。

「……すばるさんは、それでいいんですか?」


 怪訝そうな目で見てくるしずくちゃんに、俺はずっと温存していたセリフを放つ。

「うーん、本当はあんまりよろしくないけれど……か、一真さんって、素敵な人よね」

 一真さんの名前を呼ぶ時に少し照れたようにどもったり視線を逸らす事も忘れない。


「そういうことでしたか! だったら私も応援します!」

 しずくちゃんは納得したように俺を見る。

 これで、俺の敵に塩を送るどころではない不自然な行動の理由付けもできた。


「応援はいいから、これでしずくちゃんが稲葉を落としてくれたら、私も踏ん切りがつくの……だから」

 稲葉と一真さんの間で心が揺れている事にして、一応の緊張感も出しておく。

「わかりました。ご教示よろしくお願いします!」

 しずくちゃんが意気込んだ様子で俺に頭を下げる。


 こうして俺としずくちゃんの特訓が始まった。

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