第19話 アフターフォローも万全にゃん

 俺は中島かすみにライン通話をかける。

 すぐに中島かすみが出た。


「鰍だにゃん」

「鰍さん、俺の家族について尋ねたい事があるんですが、よろしいですかねえ?」

「もう仕事も終わったし、せっかくだから会って話すにゃん。とりあえず、すばるの部屋で良いかにゃん?」

「……わかった。今家を出たところだから、すばるの部屋に着くまで二時間ぐらいかかると思う。」


 通話を切って、俺は大きなため息をつく。

 考えてみれば、あの中島かすみがそう簡単に引き下がる事、それ自体おかしかったのだ。


「将晴……?」

 隣で稲葉が怪訝そうな面持ちで俺を見てくる。


「稲葉、朝から付き合わせて悪いんだが、この後もう少し付き合ってもらっても大丈夫か? 」

「まあ、特に予定は無いけど……」

 一応、稲葉も今回の件で無関係という訳でもないので、付いてきてもらうことにした。


「俺の家族、妙に最初から大歓迎だっただろ? 多分、鰍が関わってる」

「今のやり取りでなんとなくそんな感じはした」


 具体的に何をどうやったのかはわからないが、大方優奈辺りとこっそり連絡をとって入れ知恵をしたのだろう。

 俺がそう説明すれば、稲葉も納得した様子だった。




「まあだいたいそんな感じだにゃん」

 夕方、一旦それぞれの家に荷物を置いてからすばるの家に集合した俺と稲葉の元へやって来た中島かすみは、特に悪びれる様子もなく俺の考えを肯定する。


「先週の土曜日、母親に将晴と稲葉の事をうっかり話しちゃって随分と慌ててるようだったから、むしろコレは両親に将晴と稲葉の事を認めさせる好機だってアドバイスしたんだにゃん」


「いや、おかしいだろ!」

 どうだすごいだろうとばかりに胸を張る中島かすみに、思わず俺はつっこむ。


「それから優奈ちゃんに色々と家族の情報を聞いたりアドバイスしたりして、結局家族全員で将晴の恋路を応援させる事に成功したにゃん!」

「なんでだよ!」


 予想通りの回答ではあるが、何をやってくれているんだ。

 というか、俺は本当に中島かすみの彼氏なんだよな……? とさすがに不安になる。


「……かすみはそれでいいのか? 今回みたいな場合、むしろ将晴が紹介すべき恋人はお前だろ」

 俺の考えを知ってか知らずか、隣に座る稲葉が今まさに俺が聞きたいことを中島かすみに尋ねる。


「フッフッフ、その辺は抜かりないにゃん。鰍はアフターフォローも万全にゃん……」

 しかし、中島かすみは悪びれる様子もなく、どこかもったいぶったように笑う。


「と、言うと?」

 たまらず俺が尋ねれば、待ってましたとばかりに中島かすみの目が輝く。


「鰍は今回、優奈ちゃんの相談に乗る事で、頼れる相談相手としての地位を手に入れたにゃん。ここから最終的に将晴と稲葉が別れた後に満を持して恋人として紹介される所まで全部鰍は折り込み済にゃん!」


「………………は!?」

 ちょっと言っている意味がわからない。

 そもそも、なぜそんな回りくどい事をする必要があるのか。


「将晴の話を聞いててずっと思ってたけど、優奈ちゃんと話して確信したにゃん。将晴はとても良い家族を持ってるにゃん」


「あ、ああ、ありがとう……?」

 唐突に家族の事を褒められても戸惑う。

 というか、中島かすみは何がしたいんだ。


「合格にゃん!」

「何が!?」

 中島かすみの考えについていけず、俺は聞き返す。


「自分の生まれた時の家族は選べないけど、自分の将来の家族は選べるにゃん!」

「え、えっと……それはつまり……」


 自信たっぷりに、楽しそうに中島かすみが言う。

 ……言いたい事はわかった。

 わかったけど、ちょっと色々追いつかない。


「まあ、それはまだ先の予定だけど、そういう訳だから、将晴は安心して鰍に任せると良いにゃん」

「任せるって、何を」

「安心して鰍におもしろおかしく弄ばれるにゃん」


 弾けるような笑顔で言う中島かすみに不穏な気配を感じつつ、恐る恐る尋ねてみれば、全く安心できない答えが返ってきた。


「何一つ安心できないんですが……」

「完全に巻き込まれた形の俺は一体……」

「安心するにゃん。二人共まとめて鰍が面倒見るにゃん!」


 呆然とする俺と稲葉に、中島かすみが随分と男前な返事をしてきた。

 一瞬ときめいてしまった自分が憎い。


「この後の優奈ちゃんや優司くんへのカミングアウトや、しずくちゃんとの恋、家族関係や交友関係、炎上から関係修復、再出発に至るまで、全部鰍におまかせにゃん!」


「「できねえよ!!」」


 しかし、直後の中島かすみのセリフに全てが吹っ飛んだ。

 特に後半のワードが不穏過ぎる。

 本当に何一つ安心できない。

 敵に回しても恐ろしそうだが、味方に回しても安心できない。


「じゃあそういう訳だから、この話は終わりにゃん。鰍は今日このまま泊まって明日はここから仕事に行くにゃん。稲葉も晩御飯食べてくかにゃ?」


 一方、俺の懸念を他所に、中島かすみはさっさと話を切り上げて、後ろから俺の首に両腕を回して抱き着いてくる。


「相変わらず自由すぎだろ……おい将晴、お前も……」

 稲葉が呆れたように俺に何か言おうとしたけれど、俺の顔を見るなり言いかけて大きなため息をついた。


「将晴はともかく、俺の方は手出し無用だからな!」

 稲葉はそれだけ中島かすみに言うと、帰っていってしまった。

 急にどうしたんだろうと思っていたら、中島かすみが俺の頭を撫でながら頬ずりをしてくる。


「将晴は可愛いにゃあ」

 ……本当はわかっている。

 きっと、今俺の顔はものすごく緩みきってだらしない感じになっている。


 ああ、本当にどうしようもない。 

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