第18話 黒幕

「いいか稲葉、母さんと優奈は全力で応援しようとしてくるだろうけど、絶対流されるんじゃないぞ……」

「ああ、わかってる」

 両親にカミングアウトした日からちょうど一週間後、俺は稲葉と二人で俺の家の前まで来ていた。


 稲葉との最後の打ち合わせを済ませ、俺は意を決して玄関の呼び鈴を押す。

 ピンポーン……という電子音の呼び鈴が流れ、しばらくすると、ドアが開いて春子さんが俺達を出迎えてくれた。

「いらっしゃい待ってたわ。さあさあ、二人共中に入ってちょうだい」


 ニコニコ笑っている春子さんに促され、俺達は玄関から入って居間へと向かう。

 そして、居間の入り口に立って、絶句した。


 居間が、色紙の輪飾りや薄紙で作った花で飾りつけをされ、更には部屋の一番目立つ場所に、『ようこそ』と色紙にでかでかと一文字ずつ書いたものが貼られている。


 なんかものすごく歓迎されてる……!


 なぜだ、なぜこんな事になっているんだ……。

 居間では、座卓の前に父さんが優司と優奈に挟まれて座っていて、なにやら深刻そうな顔をしている。


 春子さんに言われるがままにそれぞれ敷かれた座布団の上に座りながら、一体これから何が始まろうというのか……なんて考えていると、突然父さんが顔を上げて俺を見た。


「将晴!」

「は、はい……」


 父さんの剣幕に気圧されつつも返事をすると、急に父さんは席を立って俺の目の前までやって来て腰を下したと思ったら、俺に頭を下げた。

 土下座である。


「今まで、本当にすまなかった……!」

「え、な、何が……?」

 父の渾身の謝罪の前に、俺はただただ困惑した。

 なぜ、俺はいきなり父親に土下座までされて謝られているのだろう。


 俺がどうしていいのかわからずに固まっていると、父さんは静かに顔を上げてポツリポツリと話し出した。

「父さんは、お前にこうして言われるまで、何も知らなかったし、知ろうともしなかった。息子がずっと一人で苦しんでいたのに、自分の事ばかりで周りが見えていなかったんだ……」


 かなり深刻な様子で父さんが言うけれど、多分、性自認に悩む息子の気持ちに全く気づけず、ちゃんと向き合ってやれなかったとか思っているのだろう。


 そもそも、俺の女装はただの趣味だし、稲葉とは付き合ってないし、彼女もいるし、むしろ父さんの放任主義のお陰で結構自由にやれていた所があるので、俺としては土下座してまで謝られるような不満は無いのだが……。


 しかし今、優司と優奈のいる前で女装趣味の事を言う訳には行かない。

 確実に今以上に話がこんがらがってしまう。


「父さん、俺は父さんに土下座してまで謝られるような事はされた覚えないし、放任主義なお陰でかなり自由にやらせてもらってて、それには感謝してるんだ」

「将晴……」


 父さんが感動したように俺を見る。

 一見ハートウォーミングな場面に見えるが、実際は誤解を解こうとして伝わっていないだけである。

 なんというか、非常に居たたまれない。


「あの……それになんかものすごく歓迎されてるけど……」

 とりあえず、父さんの謝罪だなんだという話はここで終らせようと、俺は部屋に入ってすぐに目に付いたこの飾りつけに目をやった。


「これはね、昨日皆で飾り付けたんだよ! 一目で我が家のスタンスがわかりやすいように」

 優奈が元気よく俺達に説明する。


 皆で……家族みんなで!?

 父さんや優司も一緒になってこの手作り感溢れる飾りつけをしていたのというのか。

 想像以上に俺の家族が俺と稲葉の恋路を全力で応援しにきている。


「話を聞かされた当初は父さんも結構動揺してたんだ。だけど、母さんと色々状況整理をして、優司と優奈にも色々と話を聞いて、親なら何があっても最後までお前の味方でいてやらなきゃと思ったんだ」

 真剣な表情で親父が言う。


「皆兄さん達の事、応援してるから」

「そうそう、私達は皆お兄ちゃんの味方だし、相手が稲葉さんなら大歓迎だよ」

 優司と優奈が口々に俺達に声をかける。


 なまじ高校時代に家に何度も家に連れてきたり、泊める事もあったせいで、父さんや春子さん、優司や優奈も祝福ムードになってしまっている。


「稲葉くん、将晴のこと、お願いね」

 とどめとばかりに、春子さんが稲葉に言う。

「はい……!」


 おい! 稲葉お前、なに勢いに押されていい返事を返してるんだ!

 そんな俺の心の叫びを他所にすっかり父さん達は一仕事終えたような顔をして、昼食を食べて行けだとか、寿司をとるだとか言い出した。


 その後は、あれよあれよと流され、気が付いたら俺達は大量のお土産を持たされて俺の家族に見送られながら駅への道を歩いていた。

「あの状況でいや違います息子さんとはなんにもありませんとか言えないだろ……!」

 沈痛な面持ちで稲葉が言う。


 確かに気持ちはわからなくもないが、どうすんだコレ。

 というか、なんで皆いきなり全力で歓迎モードなんだよ、普通もっと色々あるだろ、年頃の娘が彼氏連れてきた時の方がまだ反対されてそうな勢いである。


 俺が頭を抱えていると、スマホのライン通知音が鳴った。

 画面を見てみれば、中島かすみからメッセージが着ていた。


『両親にご挨拶は無事済んだかにゃん?』


 なぜだろう、ものすごく黒幕臭がする。

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