第21話 そういうもの
「じゃあまず、現状から整理していきましょうか」
「はい!」
俺が言えば、しずくちゃんは元気よく返事をする。
「この一ヶ月で稲葉と行ったっていうデート、どこに行ってどんな事をしたのか聞かせてもらえる?」
一応、話は聞いているので、俺は何が起こったのか把握はしている。
ここでは、しずくちゃんに話を聞きながら問題点を自覚させた方がいいだろう。
「えっと、遊園地や結婚式場に行ったり、お買い物に行ったり、私の家で映画を見たりしました」
しずくちゃんが指折り数えながら俺に言う。
そう、しずくちゃんはこの一ヶ月、毎回週末には稲葉をデートに連れ出していた。
それ自体は問題ない。
問題はそのデートの内容だ。
「じゃあ、その遊園地ではどんなことしたの?」
「えっと、遊園地を貸切にして……」
「うん。まずなんで貸切なのかな?」
さっそく俺はつっこみを入れる。
「え、だって順番待ちとか面倒じゃないですか」
さも当然とでも言うようにしずくちゃんは首を傾げる。
「というか、遊園地を貸切にするってかなりお金がかかると思うし、ちょっと気が引けちゃうと思うの」
「気にしなくて大丈夫なのに……それに、貸切と言っても金曜日の夜閉園した後の時間ですし、オーナーが父の知り合いとかで、そんなに費用はかからなかったそうですよ?」
問題はそこじゃない。
稲葉に話を聞いた時、気になって調べてみたら、遊園地の規模によるけれど、大きい所だと数千万円から更にオプションで値段が跳ね上がるらしい。
多分そんなに費用がかからなかったというのは、前に『丸一日貸切にするよりは』という文が入りそうだし、元の値段を考えると何パーセントか値引きされた所で……という気はする。
一体一回のデートにいくらかけるつもりなのだろうか。
「……うーん、言いたい事は色々あるけど、一旦話を進めましょうか。その遊園地に行くっていうのは、稲葉には事前に話してたの?」
しかし、いちいちその辺につっこんでいても日が暮れてしまうので、俺は話を進めることにする。
「金曜日の夕方から土曜日は予定を空けておいてくれとは伝えてましたけど、それ以外は言ってません。サプライズです!」
つまりは、さながら拉致予告である。
「うん、ちなみにその夜の遊園地デートの後ってどうしたの?」
「近くのホテルのスイートルームに泊まって、翌朝は二人でゆっくり過ごした後、色々ゲームを楽しみました」
稲葉から既に話を聞いている俺としては、『あー……こういう認識なんだ……』という感想だ。
「……えーっと、じゃあ、具体的にそのデートで何を重点に置いたか教えてくれる?」
「つり橋効果です!」
「なる程、つまり、夜の遊園地で一緒にお化け屋敷を回ったり?」
沈痛な面持ちで愚痴る稲葉の姿を思い出しつつ、俺はしずくちゃんに尋ねる。
「はい! せっかくなので遊園地にいる間中ホラー仕様で度々脅かしてもらいました!」
しずくちゃんは元気一杯に答える。
そのオプションもいくらかかったのだろう、と無駄な心配をしてしまう。
「ホテルに着いてからは?」
「ものすごく恐かったからって言ってお兄ちゃんと一緒の部屋で寝たいって言ったら、世話係の女の人と寝るように言われました……」
しょげたようにしずくちゃんは言うが、今まで散々既成事実だなんだと言って稲葉を押し倒したり拉致しようとした相手に言われても、警戒しかしないだろうと思う。
「その後は?」
「翌朝お兄ちゃんの部屋に忍び込んで、お兄ちゃんの泊まった部屋全体を使って脱出ゲームをしました」
そう、稲葉はしずくちゃんに夕方拉致られて遊園地で散々ホラー体験をさせられた後、疲れ果てて寝て起きたら部屋から出られずしずくちゃんと二人きりだったのだ。
一応朝食などは用意されていたらしいが、精神的な疲労感が酷そうだ。
「……稲葉、楽しんでた?」
「それが、あんまり楽しくなかったみたいで……」
だろうな。
しずくちゃんの場合、ある程度自由にお金を使えたり、色々と手配できるせいで被害が拡大しているような気もする。
もっと庶民的なデートなら、まだそこまで被害も大きくならないだろうに。
それ以前に、色々と限度や加減がわかっていないという所も大きい気もするが。
「うーん、まず、デートの予算を引き下げましょうか。基本一万円で、多くても二万円で収まるようにしましょう。特別な日ならまだしも、毎回そんなにお金をかけた豪華なデートを用意されても、気後れしちゃうと思うの」
とりあえす、できるだけオブラートに包みつつ、しずくちゃんにデートの予算を下げるように提案してみる。
しずくちゃんの場合、そもそも、予算を考えてデートをした事がまずなさそうだ。
「私にとってはお兄ちゃんと会える日はいつも特別です!」
食ってかかるようにしずくちゃんは言うが、その特別な演出が稲葉との仲が縮まるのを邪魔している事に気づいてほしい。
「メリハリって大事なのよ? 普段の気の抜けた日常があるから、ちょっと頑張って演出した特別な日が素敵なものになるの」
「そ、そういうものなんですか……?」
「ええ、そういうものなのよ」
正直に言ってもしずくちゃんは認めないか、意固地になって余計に暴走しそうなので、とりあえずここは適当にそれっぽい理由を付けて力技で押し切ってしまう事にする。
「でも二万円じゃ、レストランでご飯食べて終わりじゃないですか?」
「ご飯所も、色々だから……というか、しずくちゃんは高校生だから、五千円でもいいのよ?」
「デートで五千円って、一体何やるんですか……?」
随分と不思議そうにしずくちゃんが俺に尋ねてくる。
ちなみに、俺と鰍のデートは基本お互いの家に行く事が多いので、手土産を持って行っても毎回五千円もかからない。
というか、その辺ぶらついてお茶したり食事を食べたりしたところで、庶民的な店ならそもそも二人合わせて一万円も行かないと思うのだが……。
「うーん、公園のベンチ座っておしゃべりとか、おうちデートとか、お金をかけなくても色々やりようはあると思うけどなぁ」
「……その時のお兄ちゃん、楽しそうでした?」
ムッとした様子でしずくちゃんが聞いてくる。
「うん。稲葉は高級フレンチフルコースとかよりは、晩御飯は適当に食べてその後ポテチやコーラみたいなジャンキーな物をつまむのが好きだから」
素直に俺は答える。
「つまり、三食食事に各種ポテチやコーラを取り揃えて出せば……」
「確かに美味しいけど、主食には向かないからやめようね」
しずくちゃんが何かひらめいたように呟くが、それはさすがに健康に影響が出そうなので止める。
なぜこうも発想が極端過ぎる方にばかりいってしまうのか。
……先は長そうである。
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