第12話 リア充のゴリ押し
バーベキューの日、俺はいつもより早く起きて念入りにメイクを仕上げる。
今日はいよいよ決戦当日だ。
あれから俺はバーベキュー当日の打ち合わせや準備がてら一真さんに付き合ってもらい、いつものすばるのテンションのまま相手をあしらい断る術を身に付けた。
作戦も入念に考えてきたし、恐れるものなど何も無い! そんな気分だった。
今回行くバーベキュー場は、手ぶらで行っても楽しめる、申し込めば道具や食材の準備を全て揃えてくれて後は火を起こして焼くだけで大丈夫な所なので、一真さんにはあまり服装は気をつけなくても大丈夫だと言われた。
しかし、一応動きやすい服装の方がいいだろうと、今日は少しカジュアルめな服装で行く事にする。
フードの付いたベージュのカーディガンに白いブラウス、あまり裾の広がらないデニムスカートに黒タイツを合わせて、踵の低い靴を履く。
髪は火を扱うのに長髪は心配なので、普段のすばるのウィッグの後ろ髪をウィッグを被った境目が見えない程度にゆるくサイドで一本にまとめる。
身支度だけで結構時間がかかってしまってもう一真さんの部屋を訪ねる時間になってしまったが、どうせ普段から朝食は食べたり食べなかったりなので気にしない。
一真さんの部屋を訪ねた俺は、挨拶もそこそこに車に積み込む荷物を準備する。
昨日の夜、二人で下ごしらえをした食材や付け合せに作った料理を入れたクーラーバック、ダッチオーブン等を二人で持って行く事にする。
荷物が多いとカートに乗せて運んだりするらしいのだが、今回はクーラーバッグとダッチオーブン位しか大きな荷物はないので、クーラーバッグを一真さんが、俺は箱に入ったダッチオーブンと細々した物を持ってそのまま移動する事にした。
「それにしても、いよいよですね」
「はたしてそうでしょうか」
エレベーターを待つ間、一真さんに話しかければ、なぜか一真さんは曇った表情で呟く。
「何か心配な事でもあるんですか?」
「ええ、今回は僕とすばるさんの睦まじい姿を見せ付けて、相手の気持ちを削ぐのが目的なんですよね」
「はい、そうですけど……」
一体急にどうしたというのだろう。
何か計画に大きな欠点があるとでも言うのだろうか。
俺は、少しの不安を感じながら一真さんの言葉を待つ。
「考えてみれば、すばるさんとは恋人っぽい演技の練習をしてきませんでしたが、大丈夫でしょうか」
「…………は?」
しかし、随分と心配そうな顔をの一真さんの口から出てきた言葉に、俺は固まった。
「だって、すばるさんですよ?」
「待ってください、今、聞き捨てなら無い言葉が聞こえたんですけど」
困ったような顔で、さも当たり前のように一真さんが言ってくる。
「いやいやいや、一真さん、私これでも結構モテるんですよ?」
エレベーターがきたので乗り込みながら、早速俺は一真さんの言葉を否定する。
そう、なんだかんだで俺は結構モテるのだ。
朝倉すばるとしてだが。
なお、鈴村将晴としてはその限りではない。
だけど、だからこそ、俺はコレだけは自信を持って言える。
常日頃から自分の理想とする女子を演じてきた俺が、更に言えば、稲葉と偽装工作のためや悪ふざけで散々可愛い彼女を演じてきた俺が、今更その程度の事を満足に演じられない訳が無い。
「確かにすばるさんは魅力的ですし、モテるのでしょうけれど、実際にそういう間柄でない僕とそんなに自然な睦まじい姿を演じられるかは別ではないですか?」
しかし、一真さんは俺の演技力に不安があるらしい。
「一真さんの言いたい事はわかりました。そこまで言うのなら、今日は私の本気を見せてあげましょう!」
「わぁ、それは楽しみですね」
エレベーターから降りた後、振り向きながら俺が言えば、全く期待して無さそうな顔でニコニコと答える。
「一真さんこそ、私の足を引っ張らないでくださいね」
「じゃあもし僕が何かミスしたらフォローお願いしますね」
「もちろんです!」
二人で駐車場に向かいながらそんな話をしていると、なんだか俺の方が乗せられているような気もしたけれど、どうやら一真さんも作戦に乗り気のようだし俺としては奴を追い払えればいいので黙っておく。
奴の出ばなを挫くためにも、一真さんのステータスの高さをアピールして敗北感を味わってもらう必要がある。
本当は俺が自分で追い払えれば一番良いのだが、メルティードールの顔としてモデルをしている今、迂闊な行動をとって+プレアデス+のイメージを損なう事はできない。
実は男なのだと言いたいけれど、それをしたらそれこそ俺は雨莉に社会的にも精神的にも肉体的にも最大限の苦痛を与えられて殺される事だろう。
まあ、俺が男だと言う事実が公になった時点で雨莉が手を下さなくても社会的には死にそうではあるが。
荷物を詰め込み、一真さんの運転でまず中島かすみの住むマンションへと向かい、合流した所で奴の家の最寄り駅まで行き合流する。
奴は一真さんの愛車に若干怯んだ様子だったが、車に乗り込むと、俺と一真さんへの挨拶もそこそこに後ろの席で隣の中島かすみにまた例の如く元気に話しかけだす。
色々と気に入らないので、早速内輪ネタでもふって、奴を孤立させようと俺は試みる。
「そういえば昨日、稲葉から十件くらい夜中に着信があったんですよ。知らない間に電源切れてて、気付くの夜が開けてからになっちゃったんですけど……」
ちょうど昨日稲葉から着信があったので、その話を出してみる。
稲葉は奴とは面識も無いはずだ。
「稲葉も相変わらず面白そうな事になってそうだにゃん」
「一真さんは何か聞いてます?」
「多分、しずく嬢の屋敷でなにかあったんじゃないですか。この前お泊り会だなんだと言ってましたし」
もしかしたら、お泊り会と称した拉致監禁事件が起こっているかもしれないが、それも今に始まった事ではないのでまあ大丈夫だろう。
だって稲葉だし。
「……稲葉って、もしかして高校時代お前が付き合ってた奴か?」
「啓介憶えてたにゃん?」
「というか、すばるさんの彼氏って、俺が高校の時あった事ありますよね。確かすばるさんじゃない綺麗な女の人と一緒にいたような……」
しかし、どういう訳か、奴も稲葉とは面識が会ったらしい。
それも高校の頃に会った事があるようだ。
「綺麗な女の人っていうのは、たぶん霧華さんだにゃん。今は別の人と結婚してるにゃん」
「そういえば、ありましたね。そんな事も」
なぜか、一真さんまでも懐かしそうにその話に入っていく。
そんな話、俺は知らない。
奴を会話から孤立させようとしたはずなのに、これではあべこべだ。
「啓介さん、稲葉や一真さんと面識あったんですか?」
「ええ、まあ、高校の頃にちょっと……」
「ふーん、そうだったんですね」
俺が尋ねてみれば、奴は照れたように答える。
反対に俺の気分は急降下する。
「ところで、バーベキューの仕込みに参加できなくてゴメンだにゃん。現地で手に入るセットの他に色々用意してくるって言ってたけど、何を持ってきたのかにゃん?」
そんな俺の事を知ってか知らずか、中島かすみが別の話題をふってくる。
ニコニコしながら俺は答える。
「うふふ、それは着いてからのお楽しみだよ。昨日の夜と今朝、一真さんと色々準備したから、楽しみにしててね」
「相変わらず、羨ましいくらいに熱々だにゃん」
「えへへ、そう見える? やっぱりこういう時住んでる所が同じだと便利だよね」
部屋は違うが一真さんと同じマンションには住んでいるので、 嘘は言ってない。
会話で奴を完全に孤立させる事はできなかったが、こうなれば終始のろけたリア充オーラのゴリ押しで奴の心をへし折ってやる!
そう心の中で俺は誓った。
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