第11話 口説かれに来てくださいね

「あ、これ面白そうですね。焼きバナナ」

「いいですね。バナナを焼くだけなので手間もかかりませんし、バーベキューならではという感じがして」


 現在、俺は一真さんの家でスマホをいじりながらバーベキューで何を作るかについて一真さんと二人で話し合っている。

 中島かすみは仕事が忙しいみたいなので、今日は不参加だ。


 今回利用する予定のバーベキュー場は、申し込めば道具も食材も全て揃えてくれる所らしいのだが、こっちでも他に食べられる物を用意していく事になった。

 というのも、奴、西浦啓介に+プレアデス+が彼氏である一真さんとラブラブで付け入る隙など全く無いとアピールするためだ。


 一緒にバーベキューに出かけて、簡単に逃げられない状況にした奴の前で+プレアデス+が彼氏である一真さんと延々イチャついて戦意を挫く。

 コレが、中島かすみと一真さんと話し合い、最終的に決まった作戦だ。


 物足りない気もするが、+プレアデス+も鰆崎鰍も有名人なので、あまり事を荒立てるのも得策ではない。

 単純だがコレが一番平和そうな撃退法ではあるし、そもそも一真さんに偽彼氏の役をお願いしたのはこんな時のためでもある。


「へー、アウトドア用の鍋……ダッチオーブンでパエリア。結構凝った物も作るんですね」

「これなら先日知り合いが新しい物を買い換えたからと譲り受けましたし、僕も作った事があるのでできますよ」


 ソファーに腰掛け、スマホの画面を見せながら俺が言えば、一真さんが隣からそれを覗き込みながら、気になるなら作ってみるか聞いてくる。


「でもこれ、作るのにちょっと時間かかるみたいですね」

 しかし、調理方法を見てみると、下ごしらえをした食材に火を通した後、更に米を加えて十五から二十分煮た後、更に二十分以上蒸らすとある。

 事前に下ごしらえした食材を焼いたり煮たりするだけでも結構時間がかかりそうだ。


「まあそれも醍醐味ではありますが……あ、これ米をマカロニに変えてもできるみたいですね。これなら大幅に時短になりますよ」

 一真さんがすぐ隣でタブレット端末をいじりながら、マカロニで作るパエリアレシピを出してきた。


「あ~、これはこれで美味しそうですね」

 コレならそこまで待たなくて済みそうだ。


 そうして俺達は、バーベキュー当日にセットで用意してもらえる食材とは別に作るメニューを決めていく。

 中島かすみは当日まで仕事が立て込んでて手伝えないそうだが、こうやって彼氏と二人で仲良く準備してきました。というのもいいラブラブアピールにもなりそうだ。


 戦いは既に始まっているのだ。


「ところで、仲の良い所を見せ付けるのはいいんですが、それで相手が諦めなかったらどうするんです?」

 献立の話が一段落したところで、一真さんが尋ねてきた。

「え、流石に目の前で彼氏と散々イチャイチャされて惚気られたらもういいやってなるんじゃないでしょうか……」

 俺だったら絶対心が折れてしまう自信がある。


「わかりませんよ? 相手は人の物程欲しくなるタイプの人間かもしれません」

 それは、かなり特殊なタイプなんじゃないだろうか。

 とは思いつつも、既に彼氏がいると言っているにも関わらずアプローチしてくる奴が必ずしもそうではないとは言い切れない。


「えぇ……じゃあどうしろっていうんですか」

「更に迫られた場合の断り方を考えたらいいんじゃないでしょうか?」

「目の前で彼氏と散々イチャイチャされて惚気られたにも関わらず更に迫ってくる相手の断り方、ですか……?」

 それもうどうしたらいいんだよ……。


「あらゆる想定を事前にしておいた方が、いざと言う時も慌てずちゃんと対応できますよ」

 諭すように一真さんが言う。

 言われてみれば、だんだんそんな気もしてきた。


「それじゃあ僕がその想定ですばるさんを口説くので、すばるさんは頑張って断ってみてくださいね」

「え」

 直後、にっこりと笑って一真さんが言う。


 その後一時間に渡り俺は一真さんに口説かれてはこの断り方ではこうなので良くないだとか、ここでそう答えるとかえって相手に希望を与えてしまうとその後の受け答えを批評される事になった。

 そして、俺はある事に気づく。


「下手に不機嫌そうだったり怒ったふりをするのって、もしかして逆効果……?」

「まあ、普段怒り慣れてない人がやってもどこか違和感が出ますね。それならいっそいつもの調子で粛々と対応するのも手かもしれません」


 遠まわしに一真さんが俺の渾身の演技を普段の方がマシと酷評してくるが、散々それを更に口説かれるとっかかりにされ、後日デートをする約束を取り付けられた後だと反論できない。


「相手はすばるさんと二人になる機会を窺っているでしょうから、トイレに立った時に話しかけてくるかもしれません。バーベキューだったらそれ位しか二人になれる機会もありませんからね。まあ、休日のバーベキュー場は人で溢れているので、どこに行っても完全に二人きりにはなれないでしょうけど」

 なので、そんなに構える必要も無いだろうと一真さんが笑う。


「つまり、もしその時アタックをかけてきたら、その時思いっきりフッてやればいいんですね」

「ええ、すばるさんにそれができるのなら、ですけど」

「できます! 今までので、なんとなくわかってきましたし」


 明らかに俺をなめきっている一真さんにむっとして俺は反論する。

 あと少しで何かコツがつかめそうなのだ。


「じゃあ今日はもう遅いので続きはまた明日ですね」

 一真さんが壁にかかった時計を見ながら言う。

 時刻は夜の十一時を指していた。


「今やりましょうよ、家はすぐ隣なんですから」

「僕、明日早くから予定があるんですよね」

 俺が食い下がれば、困ったように一真さんが言う。


「うっ、まあ、それは仕方ないですね……」

 それを言われると、俺の都合に付き合ってもらっているだけなので引き下がらざるを得ない。


「だから、明日もまた僕に口説かれに来てくださいね」

「その言い方どうにかなりませんか……」

 爽やかに言い放つ一真さんに俺はため息をついた。

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