第13話 準備万端

 バーベキュー場に到着し、受付を済ませて指定された場所についた俺達は、早速当初の予定通りの行動をとる。


「それじゃあ鰍はさっきの所でお肉とか野菜をもらってくるにゃん」

 まず、俺と一真さんがそ準備を始めると、それを見た中島かすみがバーベキュー場で用意されている食材を取りに行く。


 奴は何をしていいのかわからず突っ立っているだけになるので、そこで俺が声をかける。

「……あ、西浦さん、鰍だけだと荷物を持つの大変だと思うので、ついていってもらえますか?」

「えっ、あ、わかりました」


 そして、一旦奴と二人きりになった中島かすみが、奴に散々ダメだしをして、やる気を削ぐ。

 こうして一回自分を否定された後に輪の中で孤立すると、何事も無く始まって輪に入れない状態になった時よりも精神的ダメージが大きいからだ。


「嫁に対する姑のごとくいびり倒してやるにゃん」

 なんて中島かすみは言っていたが大丈夫だろうか。


「大丈夫ですよ。鰍さんは随分としっかりしてますし……それにしても、驚きました」

 持って来た道具や食材の準備をしながらそんな事を考えていると、炭の準備をしながら一真さんが言う。


「何がです?」

 一体何に驚いたというのか。

 ふと作業する手を止めて、俺は一真さんの方を見る。


 一真さんもそれに気づいたのか、手を止めて俺の方を見る。

「まさかすばるさんがあんなに自然な演技をできたなんて意外です」


 うるせえ。


「……なんか、一周回って馬鹿にされてる気がします」

 というか、実際この言い回しは完全に馬鹿にしている。

 そりゃ確かに、前にやった悪女風の演技は酷いものだったけれども!


「純粋に褒めてるんですよ。うっかり勘違いしてしまいそうです」

「そうですか。まあそういう事にしておいてあげます」

 にっこりと笑いながら一真さんは言ってくるが、なんだかムカつく。


 ムカつくので、後で少しからかってやろうと俺は思った。

 すばるは「俺の考えた最高に可愛い女の子」という設定のキャラクターだ。


 そして、俺は日々ネット上や現実でも『すばる』を演じるうちに、こんな時、すばるだったらどうするかという事が、考えなくても自然にできるようになった。

 常日頃から可愛い女の子の仕草を研究し、稲葉や優司をたじたじにした俺の本気を見せてやる!


 ……その時の俺はそんな気分だった。



「外で食べるお肉って、なんでこんなに美味しいのかしら……」

 頬に左手を添えながら、しみじみと俺は呟く。


 中島かすみ達が戻ってきてから、俺は徹底して大好きな彼氏と一緒のバーベキューが楽しくて仕方が無いという体で過ごしている。

 俺が楽しそうに一真さんと話したりする度に奴が不機嫌になって黙っていくのが愉快でしょうがない。


「このパエリア、すっごく美味しいにゃん。魚介系のだしがたまらないにゃん」

 中島かすみも、一真さんが作った米をパスタに代えたパエリアに舌鼓を打っている。


「一真さんって、パスタ系の料理のレパートリーが無駄に多いですよね」

「時短できますし、結構受けも良いですからね。すばるさんも好きでしょう?」

 ニコニコしながら一真さんが俺の顔を覗き込むようにして言う。


 ……今だ。

 俺はずっと使う機会を窺っていた奥義を繰り出す。


 まず、一真さんの目をしっかり見つめて、何か言いたそうな顔をした後、恥らったように視線を逸らす。

 そして、もう一度ゆっくりと一真さんを上目遣いで目を合わせた後、はにかみながら呟く。

「……うん、好き」


 どうだ! 可愛いだろう!!

 これは先日、中島かすみに夕食で手作りの桃とヨーグルトのムースを出した時、反応が悪かったのでもしかして嫌いだったかと尋ねた時の反応だ。


 最初は俺に気を使ってくれているのかと思ったのだけれど、その後は普通に完食してまた食べたいと言っていたので、多分照れていたのだと思う。

 だけど、その時の反応があんまりにも可愛かったので良く憶えている。


 そんな事を脳内で考えつつも、俺は恥ずかしそうに微笑みながら一真さんを見つめる。


 見つめる。


 ……見つめる。


 ………………いつまで見つめてるんだこの人!


 しばらく見詰め合ってればその内照れて目を逸らすだろうと思っていたのに、一真さんは微笑みながらずっと俺を見つめてくる。


 この後どうしたらいいんだ……!

 だけど、また俺から目を逸らすのもなんだか負けた気がする。


「二人共随分お熱いですにゃ~」

 内心俺が焦りだした頃、中島かすみが横から茶々を入れてきた。

 さながら救いの女神である。


「えっ、やだ、これは別にそんなんじゃ……」

 なんて照れたフリをしながら中島かすみの方を向いて否定する。

 顔がかなり熱いけれど、コレは演技である。


 そう、照れたすばるの演技だ!

 俺は心の中で自分に言い聞かせる。

 その後もせっせと俺は可愛い彼女を演じてみたが、一真さんは相変わらずいつものペースだったのがくやしい。


 それからしばらくは、引き続きリア充アピールをしながらバーベキューをしていたのだが、奴がずっと大人しいこともあって、だんだんと普通に楽しくなってきてしまった。


 何かを焼く時は毎回一真さんが手際よくやってくれるし、出てくる料理も実際美味しい。

 中島かすみも何が出てきても美味しそうに食べてくれるし、バラエティー番組で食レポをやったりしているせいか、各料理にとてもしっかりしたコメントをしてくれる。


 前もって作ってクーラーバックに入れてきたトマトのマリネや、焼きバナナにチーズフォンリュ等、俺が提案して用意した料理の評判も上々で、なんだか嬉しい。


 コスプレの道具・衣装製作しかり、菓子作りしかり、どうやら俺は事前に色々と計画を立てて何かするというのが好きらしい。

 何が言いたいかと言うと、一応奴の事は気にしてはいたが、途中から結構本気でバーベキューを楽しんでいた。


 ふと視線を感じて奴の方を見てみれば、奴とばっちり目が合ってしまった。

 俺はにっこりと微笑んで席を立つ。

「私ちょっとお手洗い行ってきますね」


 奴は俺とどうにかなりたいらしいが、なんだかんだで俺はずっと一真さんにべったりで、話しても一真さんののろけばかり。


 話の輪にも入れず、配られ料理をただ食べるだけの存在となった奴としては、この全く楽しめないバーベキューからそろそろ本気で開放されたくなる頃合だろう。


 さあ追って来い。

 俺は心の中で挑発する。


 もし奴が俺の後を追って来て、何か言ってくるようならその時こそ、ここ最近ずっと一真さんと練習させられていた、『いつもの朝倉すばるのまま、笑顔で相手をフる方法』を実際に試せる。


 そんな事を考えながらトイレに向かって歩いていれば、後ろから呼び止められた。

「すばる、待ってくれっ!」


 今まではさん付けだったのに、なんでいきなり呼び捨てなんだよ。

 と、思いつつ振り向けば、案の定、奴が立っていた。

 とりあえず、さっさとフって早々にお帰りいただくことにしよう。

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