第5話 ヲタクあるある
「もしかしたらすばるさんは気づいていないかもですけど、私には優司の他にももう一人兄弟がいるんです。今はすばるさんと同じ大学に通ってて、一人暮らししてます。名前は将晴って言います」
「……うん、全部知ってるかな」
優奈はさながら罪の告白でもするかのように話すが、そもそもすばるも将晴も俺なので、その事を知らないわけがない。
というか、なぜ優奈はこんな申し訳無さそうに申告してくるのだろうか。
「そう、なんですね……今年一緒に初詣に行った時には気づいてないようだったので、もしかしたらと思ったんです」
「そ、そうだったかな……?」
切なそうな顔で優奈が言うが、なんで優奈がそんな顔になるのかわからない。
「稲葉さんとケンカって、お兄ちゃんを取り合っての痴情のもつれとか、そういうことなんですよね!?」
「違うよ!?」
なんでそう思ったのか。
というか、友達の前でいきなり何言ってるんだ。
思わず俺が優奈の友達の方を見れば、彼女はにっこりと笑った。
「あ、ご心配なく。優奈からその辺の事情は聞いてますし、私は腐ってますので、その辺は全然大丈夫です」
全然大丈夫じゃない。
何一つとして大丈夫じゃない。
「と、とりあえず、あんまり往来でする話じゃないから、場所を変えても大丈夫かな……?」
「もちろんです!」
「はい、喜んで!」
「望むところにゃん!」
優奈とその友達はなぜか目を輝かせながら二つ返事で了承してくれた。
そして、なぜ中島かすみまで目を輝かせているのか……。
とにかく、早急に優奈達の誤解を解かなければならない。
それから俺達は新宿御苑から出て、場所を移すことにした。
移動途中、一体どうするつもりだと俺が中島かすみに耳打ちすれば、
「まあ見てるにゃん」
と、楽しそうに中島かすみは答える。安心できない。
移動中に急いで食べたとうがらしクレープは甘ったるい中にしっかりと唐辛子が効いていて、不思議な味だった。
信玄餅クレープはもちもち感と小豆とのコントラストがとても良かったような気はするけれど、正直急いで詰め込んだのであまり憶えていない。
できる事なら、今度時間のある時にまたゆっくり味わいたい。
とりあえず、俺達は近場にあったファミレスに入る事にした。
昼過ぎという事もあって、店内は空いていた。
窓際の席に腰掛けて、適当に飲み物を注文してから、さてどうしたものかと考える。
そもそも、俺と稲葉はケンカなんてしていないし、優奈が思うような事は何一つ起こっていない。
しかし、さっきの永澤達とのやり取りで、すばると稲葉がケンカして気まずくなっている事は確定事項になってしまった。
なんとか適当にごまかして、何も心配する事はないと伝えられたら良いのだが……。
「まず、自己紹介が必要ですよね。私は
「美羽は絵が上手くて、ツイッターやピクシブでよくやおい系の二次創作とか上げてるんですけど、最近はオリジナルBLマンガとかも描いてて、それがもう、超可愛いんですよ」
上沼美羽と名乗った彼女の自己紹介に、補足するように優奈が付け加える。
「へ、へぇ~、そうなんだぁ……」
既にこのプロフィールの時点で嫌な予感しかしない。
というか、今の自己紹介を聞いた直後、隣に座る中島かすみの笑みが濃くなったのだが、不安しかない。
その後は一応全員自己紹介をしようという話になった。
「えっと、+プレアデス+って名前でコスプレやったりモデルやったりしてます。すばるって言うのは本名で、優奈ちゃんとはモデルになる前からよくネットやイベントで交流してました」
俺が言い終われば、次は自分だと中島かすみが手を挙げた。
「アイドルをやってる鰆崎鰍だにゃん。最近は+プレアデス+と一緒にプレかじっていう番組に出たり、バラエティー系のお仕事をよくさせてもらってるにゃん」
中島かすみが終わると、最後は自分だと優奈が自己紹介を始める。
「鈴村優奈です。すばるさんとは一年くらい前からネット上で交流したり、リアルで遊びに行ったりさせてもらってます。すばるさんや稲葉さんと同じ大学の鈴村将晴の妹です」
こうやってお互いの立ち位置を表明してみると、中島かすみと上沼さんは完全に巻き込まれた形だが、なぜか一番目を輝かせているのもこの二人だ。
「じゃあ、自己紹介も終わった所で説明させてもらいたいんだけど……」
「ちょっと待つにゃん。その前に、優奈ちゃんが現状をどう思ってるか知りたいにゃん。ちゃんと確認してからじゃないと、誤解を解こうとしてまた別の誤解を産む事になるかもしれないにゃん」
もっともらしい事を言って中島かすみが俺の言葉を
「優奈ちゃんは、すばると稲葉がケンカしてる原因はなんだと思ってるにゃん?」
優しい笑みを浮かべながら中島かすみは優奈に尋ねるが、コレはどんな面白い誤解をしてるのだろうと知りたいだけではないだろうか。
「えっと、私のお兄ちゃんは稲葉さんと付き合ってて、すばるさんは前にお兄ちゃんの事が好きだった。でも今は別の人と付き合ってるのは知ってます。でも、お兄ちゃんの事を忘れられなかったすばるさんが、その事で稲葉さんと何か揉めたのではないかと……」
予想通りの優奈の回答に頭を抱えたくなるのをなんとか我慢する。
一方、中島かすみは優奈の話をなるほど、と頷きながら興味深そうに聞く。
「まず結論から言うと、稲葉とすばるは稲葉が将晴と付き合い始めてからも普通に仲良しだったし、その事は今回のケンカには関係ないにゃん」
「そうなんですか?」
中島かすみの言葉に、上沼さんが首を傾げる。
「ケンカの原因は、正直、ものすごくくだらないにゃん。あるキャラクターの二次創作設定が公式に逆輸入されて、それを否定するか肯定するかで大ゲンカしたんだにゃん」
やれやれ、と言うように中島かすみは肩をすくめる。
確かにコレは一般人には理解不能な内容だが、一部のヲタ達には深刻な問題で、ネット上などで定期的に騒がれたりもする、面倒な話題ではある。
「……鰍さん、それは全くくだらなくなんてありません。むしろ、永遠の命題です」
「ちなみに、すばるさんはどっちだったんですか?」
そして、それは優奈や上沼さんにとっても同じだったらしく、急に真剣な顔をして食いついてきた。
「またここでその論争をする必要は無いにゃん。二人共あの時は場の雰囲気に飲まれてかなりヒートアップしてしまってあの時は収集が付かなかったけど、後になって気まずくなって、どうしようって鰍に相談してきたにゃん」
しかし、中島かすみは静かに首を横に振り、諭すように二人に言う。
「あー……」
「あるあると言えば、あるあるですね……」
そして、優奈と上沼さんも少し冷静になったようで、トーンダウンしていった。
「だから、この話は今度鰍が二人を誘って食事でもすれば解決する話にゃん」
二人が落ち着いた所で、話をまとめるように中島かすみが言う。
まあ、コレが一番話が丸く収まりそうではある。
「そうなの。だから、当日はよろしくね鰍」
「まかせるにゃん!」
しおらしく俺が言えば、中島かすみが胸を張って答える。
「そうだったんですね。私ったら早とちりしてしまって……」
恥ずかしそうに優奈が笑う。
良かった。コレで一件落着だ。
「ところで、前から気になってたんですけど、お兄ちゃんと稲葉さんってどっちが受けなんでしょう」
落着じゃなかった。
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