第4話 なんか面白くない

「あの、すばるさん……ですよね? それと、隣にいるのは、もしかして、鰆崎鰍さん……?」

「もしかしなくても鰍だにゃんっ!」


 俺が答えるよりも先に隣に座っていた中島かすみが笑顔で答える。

 その瞬間、俺はやっと理解した。

 さっき急に鰍が元気に話し始めたのは、近くに優奈達が来てたのに気づいたからだ。


「プレかじ毎週楽しみに見てます! まさかこんな所で生の鰍さんを見られるなんて感激です!」

 一方、優奈は固まる俺を他所に、生で見る鰆崎鰍に大興奮していた。

 もう逃げられそうにない。


「今日はプレかじの撮影ですか?」

「ううん、今日はプライベートで遊びに来てるの。天気も良いしピクニックに行きたいな~って思って」

 こうなれば仕方ない。

 角が立たないように少し話して退散しよう。


「そうだったんですね。それにしてもすばるさん、髪、イメチェンですか?」

「ああ、コレはウィッグなの。変装しようと思ったんだけど、やっぱり難しいね」

「すばるさんは、どんな格好してても可愛いです! イメチェンしても、コスプレしても、すばるさんはいつも最高に可愛いです!」

「う、うん、ありがとう……」


 優奈から謎の励ましを貰っていると、視界の端で誰かがこちらに近づいてくるのが分かった。

 ふとそちらに目を向ければ、なぜか永澤と武村がこちらにやって来るのが見えた。

 

「あの、もしかして、+プレアデス+さんですか……?」

 二人組みの金髪の方、永澤がそわそわした様子で声をかけてきた。

 正直、「人違いです」と言って立ち去りたかったが、優奈の手前それもできない。


「はい、そうですけど……」

 何で話しかけてくんだよ、お前等ヲタ系の趣味なんてないだろ! と、内心悪態をつきつつ、何とか笑顔を作って応対する。


「あのっ、いきなりこんな事を言われても困ると思うんですけど、稲葉は良い奴なんです!」

 そして冒頭のあのセリフが出て来た訳だが、なんでいきなりここで稲葉の名前が出てくるのだろうか。

 武村も永澤を宥めてはいるが、止めるというよりは落ち着いて俺にちゃんと事情を説明する方向に持っていこうとするのは勘弁して欲しい。


 というか、優奈とその友達は突然の展開に目を白黒させているし、鰍にいたっては目を輝かせてこっちを見てくる。

 ……味方がいない上に逃げる事もままならない。


「いきなりすいません、俺達稲葉の友達で、俺は永澤って言います。こっちは武村って言います」

 改めて永澤が挨拶してくるが、そんな事は既に知っている。

 問題は、コイツがなんで俺に話しかけてきたかだ。

 先程の発言からして、二人は恐らくすばると稲葉が別れるだなんだで揉めていると思っているのだろう。


 ……対外的にはそう言う事にしておこうと稲葉話し合って決めた事ではあるのだが、どうやらこの二人はすばると稲葉におせっかいを焼こうとしているらしい。

 思いの外友達想いなようだが、その意外な一面はもっと別の場面でお目にかかりたかった。


「何があったのかは知りません。でも、あいつ最近ずっと元気なくて……」

 たぶん、それは元気ないというより、連日しずくちゃんに迫られたり、美咲さんや雨莉から延々のろけを聞かされて疲れているだけだと思う。

 この前会った時本人がそう愚痴っていた。


「あの、ちょっと場所を移しましょうか」

 とにかく、優奈もいるのに、ここで変な事を永澤達にぺらぺらと話されては困る。

 特に、既に一真さんとすばるが付き合っていると説明しているのに、ここで稲葉とすばるが付き合っているとかいう話や、大学についての話なんてされたらもう終わりだ。


 一旦優奈と離れなくては。

 しかしそう考えて、俺が立ち上がった瞬間、上着の裾が引っ張られる感覚があった。

 振り向けば中島かすみが俺の着ているパーカーの裾を掴んで引っ張っている。


「待つにゃん。それについては鰍も言いたい事があるにゃん」

「え」

 神妙な顔をして中島かすみは口を開く。

 俺は嫌な予感に固まる。


「確かにあんな事があって、稲葉を避けたくなるすばるの気持ちも分かるにゃん。でも、それだけじゃ何も解決しないし二人共辛くなるだけにゃん!」

「鰍……」

 いきなり何訳のわからないことを言い出すんだ。と、喉元まででかかったのを、何とか飲み込む。


「ところで、そこの二人は稲葉の友達みたいだけど、コスプレとか、萌えとかについてはどれ位詳しいかにゃん?」

「えっ、その辺はあんまり……稲葉とはそういう付き合いじゃないんで」

 更に中島かすみは永澤と武村に謎の質問をするが、二人共困惑した様子で首を横に振る。


「なる程、それならこの件は鰍に任せて欲しいにゃん。鰍は稲葉と高校時代からの付き合いだし、すばるからその辺の話もよく聞いてて、二人の間に何があったのかも知ってるにゃん」

「そ、そうなんスね……」

 真剣な様子で中島かすみが言えば、勢いに押されて永澤がどもる。


「鰍もすばると稲葉が一緒にイベントへコスプレ参加してた頃のようにまた仲良くなって欲しいにゃん」

「アッ、ハイ……」

「そ、そうなんですか……」


 突然、中島かすみは全くヲタ関係に詳しくない二人に以前俺と稲葉がコスプレしてイベントに参加した事を暴露した。

 やめろ、やめてくれ。

 二人共明らかに反応に困っている上に引いている。


「ただ、この辺は非常にプライベートかつデリケートな問題な上に、普通の人は全く理解できないと思うにゃん……でも、二人にはこの事に関してちゃんとすばると話し合う機会を貰ったにゃん。ありがとうだにゃん」

 そう言いながら中島かすみは二人の元に歩み寄る。


「い、いえ、それ程でも……」

「大した事はしてないです……」

 直後、急に永澤と武村が照れ出した。


「稲葉は良い友達を持ってるにゃん。後は鰍に任せて二人はタブモンの捕獲に戻って欲しいにゃん。きっと二人を仲直りさせて見せるにゃん」

 中島かすみの表情は二人の方を向いているのでわからないが、多分、上目遣いでかなりあざとい感じになっているんだと思う。


「よ、よろしくお願いします」

「お願いします……」

 なぜなら、永澤と武村が明らかに嬉しそうな顔をしてデレデレしているからだ。


「お願いされたにゃんっ!」

 中島かすみは元気よくそう答え、立ち去っていく二人を手を振って見送った。

 優奈とあの二人が俺について情報交換をしてしまうという最悪の事態は避けられたが、なんか面白くない。


「あ、あのっ……!」

 永澤と武村の姿が見えなくなったところで、優奈が声を上げた。

 振り向けば、なぜか青ざめて不安そうな顔をしてる。


「もしかして、すばるさんと稲葉さんがケンカしてるのって、お兄ちゃんの……兄の鈴村将晴のせいなんでしょうか……」

「え」

 なぜ、俺が俺のせいで稲葉とケンカしていることになっているのだろう。

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