第6話 シュレーディンガーの俺

「私が思うに、お兄ちゃんの方が小柄だし、可愛い系だし、お兄ちゃんの方が受けかなって思うんですけど」

 目をキラキラさせながら優奈が言う。

 というか、前に話の流れで俺は可愛い系だなんだと言う話が出たことがあるが、アレはもう確定事項らしい。


「しかも、お兄ちゃんって実は料理も上手いし、家事全般得意だし、きっと稲葉さんもお兄ちゃんに胃袋を掴まれたんじゃないでしょうか」

 楽しそうに優奈が語るが、あながち完全に否定しきれない内容だけにつらい。


「……あ、でも確かにこの前、稲葉が将晴の料理を褒めてたにゃん」

「やっぱり……!」

 思い出したように中島かすみが言えば、優奈が嬉しそうに声を上げる。

 嘘は言っていないのかもしれないが、このタイミングには悪意を感じる。


「……でも、果たしてそうでしょうか」

「え、なになに?」

 ポツリと上沼さんが呟いた。

 この流れを否定してくれるのかと思い、俺は尋ねてみる。


「受けより身長の低い攻め、攻めより身長の高い受けって萌えません?」

 真剣な顔をしているので、何を言うのかと思えば……俺の期待した否定と違う。


「家事全般ができて、世話好きで、小柄な可愛い系なのに攻めとか、とても素敵だと思うの……あと、一見チャラいけど、一途で攻めに翻弄されてる系の受けとか……」

「美羽……………………天才かな?」


 神妙な顔をしてこんなやり取りをした直後、優奈と上沼さんは急にハイテンションで語りだした。

 瞳を輝かせ、頬を染めながら語り合う彼女達の話題はしかして中々に強烈であった。

 ……なんか、いつの間にか俺が計算高い策士でまんまと稲葉を篭絡ろうらくした事になっていたり、逆にいじらしいツンデレ誘い受けになったりしている。


「すばる、そうなのかにゃん?」

「なんで私に聞くの……」

 優奈達の会話を受けて、中島かすみがニヤニヤしながら俺に尋ねてくる。

 そんな訳あるか!


 優奈達はしばらく語り合った後、ふと我に返ったように大人しくなった。

「すいません、ついテンションが上がってしまって……」

「今更ですが、すばるさん達ってナマモノ系ってダメなタイプだったりしますか? もし不快にさせてしまったならごめんなさい……」

 突然、上沼さんと優奈がしゅんとして謝ってくる。


 好きなものの話になると、ついテンションが上がって周りが見えなくなってしまうのは、俺もたまにあるので人の事は言えない。

 今回の二人の会話内容についてはかなり精神的ダメージを受けているが。


「全然大丈夫にゃん。鰍はそういうのあんまり詳しくなかったけど、今の話、ものすごく興味深いからもっと聞かせて欲しいにゃん」

 俺のすぐ横で、中島かすみはニコニコしながら答える。

 楽しそうで何よりである。


「良かった……あの、すばるさんは、大丈夫でしたか……?」

 優奈は中島かすみの返事に安堵の表情を浮かべつつ、すぐに不安そうな顔で俺の方を見つめてくる。

 会話の内容はアレだったが、今の優奈の心情がわからない訳ではない。


 自分が好きなものを誰かに否定されるのは辛いし、それが知り合いや、特に思いを寄せているような相手ならなおさらだろう。

「えっと、私も二次創作って割り切ってるなら、あんまり気にしない、かな……?」

 だから、二人の趣味自体は否定する気にはなれなかった。


「よかったぁ、私、これですばるさんに引かれたら立ち直れなかったかもです……」

 力が抜けたように優奈は笑う。


「大袈裟だなぁ、私はコレくらいじゃ優奈ちゃんの事嫌いにならないよ」

「すばるさん……!」

 俺が茶化すように言えば、優奈は感極まったように俺を見てくる。


 あ、マズイ。

 また優奈の中のすばるの好感度を上げてしまったか……!?

 そう思った直後、優奈は俺の両手を握って真っ直ぐ俺を見つめてきた。


「ちなみにすばるさん的には、お兄ちゃんは受けですか? 攻めですか?」

「へ……?」


 その後、俺達は二時間に渡り、俺と稲葉、どっちが受けなのか、どんなカップルなのかについて語り合う事になった。


 最終的にはどっちが受けとか攻めとか確定させてしまうより、あえてその辺を曖昧にする事により様々なパターンの俺と稲葉の関係性の存在が考えられるとかいう、シュレーディンガーの猫理論が一番良いという結論に至った。


 訳がわからない。

 というか、俺と稲葉は本当に付き合っている訳ではないので、最初からどっちの俺もそもそも存在しない。


「今日はすっごく楽しかったにゃん!」

「私はとっても疲れた……」

 優奈達と別れた後、俺と中島かすみは駅近くのカフェで今日一日を振り返っていた。


「鰍、今まで出先で声かけられるのって男性ファンばっかりだったから、女の子に声かけられたの嬉しいにゃん」

「それは良かった。でも、こっちは全く良くないんだけど」

「大学の友達にはうまい事ごまかしておいたし、妹ちゃんの新たな一面が見られたにゃん」

「知らない方が幸せな事もあると思う……」


 興奮冷めやらぬ様子で中島かすみは楽しそうだったが、俺は色々と精神的に削られて虫の息である。

「そうかにゃ? でも、なんだかんだで妹ちゃんはちゃんと将晴の事大事に思ってるのがわかったし、ちゃんと周りに気を使える良い子にゃん。鰍もあんな妹が欲しいにゃん」


 中島かすみはそんな俺の事はあまり気にしていない様子で尚も楽しそうに語る。

「はいはい……」

 俺は適当に相槌を打つ。


「でも、今日は楽しかったけど、やっぱりこういうのはたまにで良いにゃん。お互いの家でまったりしてるのが一番落ち着くにゃん」

「まあ……それは私も、そう思う……」


 アイスティーを一口飲んで、中島かすみが柔らかく笑う。

 俺はそんな中島かすみをテーブルに頭を乗せた状態で、ぼんやりと見上げる。


「おうちデートは良いにゃん。確かに優奈ちゃんの言う通り、すばるのご飯は美味しいし、部屋はいつも綺麗だし、たまに鰍の家に来た時は溜まった家事を手伝ったりしてくれるにゃん」

「…………」


 うんうん、と腕を組みながら中島かすみが言う。

 そういえば、中島かすみは俺が料理を作ったり、家事を手伝ってやると、随分と喜んでいた。


「まあ、鰍が何を言いたいかと言うと、これからもいっぱい鰍と過ごして、いっぱい鰍の事を甘やかすにゃん……」

 言いながら、途中で照れて中島かすみはそっぽを向いてしまった。

 テーブルから身体を起こしながら、俺はふと思った。


 家族と険悪らしい中島かすみが素直に甘えられるような奴というのは、どれ位いるのだろう。

 今日俺は、中島かすみに随分と振り回された気がしていたが、それでも一応窮地は救われた。


 妙に事態を引っ掻き回されたような気もするけれど、もしかしたらそれも中島かすみなりに俺の気を引こうとしていたのかもしれない。


 ……何割かは本人の趣味だろうが。


 しかし、そう思うと、妙に中島かすみがいじらしく思えてきたので、とりあえず今度デートする時はコレでもかと甘やかしてやろうかと思う。


 ちなみに、今回の語らいにより優奈や上沼さんと親睦を深めた俺達は、ラインIDを交換し合い、俺と稲葉について語り合うライングループまで作る事になってしまった。

 更に後日、上沼さんが俺と稲葉に着想を得たオリジナルBLマンガをピクシブで公開し、予想外の好評価を得てしまったりした訳だが、なんかもうその事に関しては何も考えたくない。

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