12 胸の奥に燻るもの
全力、と言ったレヴィアタンは半端なかった。
「髪ちょっとはねてる。女の子失格だね」
「その箸の持ち方なんなの?」
「この程度のことも知らないの?」
言葉攻めである。
重箱の隅を突くかのような物言いに、ぐうの音も出ない。細かいところではあるけれど、的を射ているのだ。
「大丈夫ですか? 白雪さん……」
書庫でぐたーっと臥せっている私に、マモンさんが声を掛けてきた。私はのろのろとした動きで顔を上げる。
「なんとか……」
正直言うと、もうおうち帰りたいです……。
マモンさんはそんな私を見て、ひとつ息をつく。
「レヴィアタンもですねぇ、ちょっとは譲ればいいものを」
その言葉に引っかかって、私が口を開こうとしたその時。
「あっいたいたマモンさん! ちょっと来て!」
慌てた様子のアスモデウスが飛び込んできた。
「お前、調子乗んのもいい加減にしろよ」
「はぁ? サタンさんにそんなこと言う資格ある?」
私たちが広間に着くと、言い争うサタンとレヴィアタンの姿があった。緊迫した雰囲気に私は思わず息を呑む。
「お前は魔王様の一番が自分じゃないと気が済まないだけだ」
「ナニソレ。勝手なこと言って僕のこと分かったような気にならないでくれる?」
どういう状況なのよー? みんながケンカしているとこなんて見たことがなかったから、どうしたらいいのか分からない。仲いいわけじゃなかったの?
「ねぇ、何があったの?」
そこでようやく二人は私たちがいることに気がついたらしい。サタンは一瞬驚いたものの、すぐに苦々しげな表情になって目を逸らされてしまった。レヴィアタンは反対に、意地の悪そうな表情を浮かべて、ずいっと近寄ってくる。
「ちょうど良かった。ねぇ、君が当事者なんだ。そろそろ誰を伴侶にするか決めちゃってよ」
全員の視線が私に集まる。ここに来てもう半月くらいだ。もうすぐ私の誕生日が来る。それまでに私の伴侶を決めないといけないっていう話だ。
でも私は……。
「おい、そいつが言い出すまで待つって話だったじゃねぇか」
サタンが放った言葉に部屋はしんとなった。その言葉の意味を理解して、私は顔を上げた。
「……どういうこと?」
サタンはそれきり口を噤んで、顔を逸らしてしまう。レヴィアタンの方を見ると、彼は大げさに両手を広げた。
「いやね、魔王様だって先は長くないんだ。わざわざ君の誕生日を待つ必要なんてない。早ければ早い方がいいだろ? なのにこのサタンさんは、君の意志を尊重しようって言い出したんだ。泣かせるねぇ。どれだけ好きなんだか」
「違う! 急かして後から文句を言われるのが面倒なだけだ!」
「どうだか」
食い付くサタンにレヴィアタンは肩を竦めた。
「あのね、早めに言っておこうと思ったんだけどね」
みんなの視線が私に集中する。
「私は誰も選ぶつもりはないよ。……今の段階では」
はっきり言えない自分に腹が立つ。
レヴィアタンはがハッと笑ったのが聞こえた。
「君、自分の立場分かってる? 君がどうしたいかなんて関係ない。君は次期魔王を選んで、そしてそれを支えていかないといけないんだ、一生」
一生、と吐き出したレヴィアタンの目は、これ以上ないというくらい冷たいものだった。その瞳に私は思わずぞくりとする。
時々忘れそうになるけど、みんなは悪魔なんだ。冷徹さを放つことなんて簡単だ。そこに立ち向かうことの意味を、私はちゃんと分かってなかったかもしれない。
「レヴィアタン」
レヴィアタンの瞳は相変わらず冷たいままで、私は怯みそうになる心を奮い立たせた。
「魔王ってこの魔界を統べる王なんでしょう? なら生半可な気持ちで決めちゃいけない……。なんでこんな何も知らない小娘に決めさせるのか魔王に文句言いたいところだけど、具合悪いみたいでそれも難しいみたいだし」
みんなは黙って聞いている。
「で、短い期間で私が思ったことなんだけど、レヴィアタンは魔王になりたいわけでも私のことを好きなわけでもなくて、魔王に悪意を向ける人を許せないだけなんでしょう?」
レヴィアタンの切れ長な目が見開かれた。まさかそんなことを言われるとは思わなかった、とでも言うような顔をしている。でもそれもすぐに嘲るような表情に変わった。
「……何言ってんのか分かんない」
「あなたは誰よりもこの場所を守りたいんだ。だからいきなり土足で踏み込んできたような私を許せない。違う?」
レヴィアタンは黙りこくっていた。
「……お前、ほんとムカつく」
それだけ吐き捨てると、踵を返して部屋を出て行った。
……言い過ぎちゃったかな。短い付き合いなのに、分かったような口をきくもんじゃなかったかもしれない。部屋に嫌な空気が流れてるのが分かる。
「雰囲気悪くしてごめんね! ちょっと外の空気吸ってくる」
*
庭に出ると、優しい風が私の髪を揺らした。
やっぱりここに来るんじゃなかった。私だけならいい。だけどみんなは魔王になるためにいろいろしてくれているんだ。選ぶつもりがないのなら、さっさと帰るべきだろう。
芽生え始めたこの気持ちも、今ならまだ引き返せる。冷たい態度を取りながらも守ってくれる不器用な優しさも、今なら忘れられる。
あの金の瞳に、最初から魅入られていたことも……。
ふと背後に気配を感じた。
「ベルフェゴール?」
振り返ると、そこにはベルフェゴールが立っていた。
……なんで枕抱えてんの?
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