第五章 『嫉妬』レヴィアタン

11 口は災いの元

「はぁ……」

 私は広間で大きな溜め息をついた。珍しく周囲には誰もいない。

 深刻そうな顔をしているが、事実深刻である。

「なーに難しい顔しちゃってんの」

「うひゃあ!」

 いきなり後ろから声を掛けられて、私は飛び上がった。振り返るとそこにはレヴィアタンがいた。驚かせないでよねー! もう!

 私は後ろでソファに肘を付いている彼を見上げた。

「なに?」

 この人も細いのよね。太って見えるといわれるボーダーのシャツを着てもそのほっそりとした体躯は隠し切れない。同じものを食べているはずなのにうらやましい……。知らず知らずジト目になってしまう。

「いや、ね。ベル君とのお茶会は楽しいんだけどなって話」

 あれからベル君とのお茶会は続いている。たまに私が作ることもあるけど、ベル君が用意してくれるお菓子も実においしい。ついつい食べ過ぎてしまう自覚はあった。

 ここに来て若干太った気がする。当然だ。あっちでは徒歩通学だったし、体育の時間もあった。こっちに来てから確実に運動不足だ。

「そう? 白雪さん充分細くない?」

「!?」

 あたかも当然の如く脇腹を掴んできたレヴィアタンの手に、私は目をかっと見開いた。

「きしゃー!」

「わわっ! なに!?」

 思わず奇声を上げて威嚇してしまった。

「ここは乙女の不可侵領域なのです!」

 口調も変わっちゃうよ! レヴィアタンみたいに細い人には分かんないかもしれないけど、百グラム体重が増えるだけでも女の子にとっては一大事なんです!

「ふーん?」

 レヴィアタンは面白そうににやにやしている。うぅぅ人事だと思って……。

「じゃあさ、イイコト教えてあげよっか?」

 嫌な予感しかしません……。


   *


「ほらほらー。ペース落ちてるよー?」

 なんで、魔界、まで来て、こんな、こと、しなきゃいけないんですか!

 イイコト、なんて含みのある言い方をしておいて、レヴィアタンが提案したのはジョギングだった。

 ただのジョギングではない。この魔王城。起伏が激しい土地に立っているのだ。誰だ立てたのは。魔王かそうか。会ったら絶対二発殴る。一発は無理やりここに連れてきたことへの恨みだ。

 レヴィアタンが後ろから自転車で追い立てる。魔界に自転車なんてあるんですか。そうですか。

 なんでこんな物がと思ったけど、あの部屋のタンスにはジャージまで入っていた。上ピンク下ホワイトの桜カラーで可愛らしい一品だ。魔王の趣味が本気で分からない……。

「よーし、じゃあそろそろ休憩しよっか」

 私はばたりと倒れ込んだ。レヴィアタンは鬼だ……。いや悪魔か。

「ほんと、ここの地形って、最高ね……」

 私は精一杯の皮肉を投げ放つ。レヴィアタンはおかしそうに笑った。

「どういたしまして。もうすぐ全部君のものだよ」

 私は言葉の意味を理解して、それでも返す言葉が見当たらず、溜め息だけを零した。それさえもレヴィアタンは面白そうにしている。

「どうしたの? ご不満?」

 私の伴侶が次期魔王ということは、私も魔界のナンバーワンもしくはナンバーツーになるということだ。みんな魔王の座を狙っていろいろアプローチを掛けている。

 私は頭をがしがしかいた。

「不満っていうか……。まぁぶっちゃけちゃうと、私は魔界になんか居座りたくないんだよね」

 ずっと早くひとり立ちするのが目標だった。バリキャリでほとんど家にいないお母さんに不満があるわけではない。女手ひとつで育ててくれたことは感謝している。

 だけど私は『そこ』にいる必要はないと感じていた。『そこ』にいてもいなくても変わらない。私の居場所を作りたかった。

 ぼんやり考え事をしていた私は、レヴィアタンの持つ空気が変わっていることに気が付かなかった。

「……ここが、全ての僕たちに対する、侮辱?」

 そこでようやく『魔界なんか』と言ってしまったことに気が付いた。……失言だった。

「ちがっ……! ごめんなさい、『魔界なんか』って言ったことは謝る」

 それでも弧を描いたレヴィアタンの目が元に戻ることはない。……完全にやってしまった。

 その不敵な笑みのまま、私の目の前にずいっと進み出る。

「いいよ。僕は傍観者であるつもりだったけど、気が変わった。そう言うんなら全力で相手してあげる」

 そう言って彼は背を向けた。

 『嫉妬』のレヴィアタン。彼の本気をこの時の私は知る由もなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る