第三章 『強欲』マモン
7 夢のような場所
「はぁ……」
あれから三日が経った。
あんなにしつこく毎朝私のベッドに入り込んできていたアスモデウスだったけど、あれからぴったりと来なくなった。食事の席にも顔を見せないで、今どうしてるかなんて分からない。
よく考えたら、アスモデウスは『色欲』という割には私に手を出してくることはなかったんだなぁ。ベッドに入ってくることはあっても、何かあったのはあのキスが初めてだった。多分だけど。まさか寝てる間に何かしてないよね……?
もやもやしているところにマモンさんが通りかかった。
「白雪さん。良かった、探していたんですよ」
「どうしたの?」
「先日、お暇だとおっしゃっていたでしょう? アガレスさんにお願いして書庫の鍵を借りてきました。もし興味がありましたら読書でもいかかです?」
ふむ、それも悪くない。
「うっわぁ……」
訪れた書庫は見事なものだった。
壁一面の本棚はもちろんのこと、大きく取られた窓からは柔らかな日差しが差し込んでいる。中央に置かれたソファは読書はもとより、絶妙な高さの机もあって書き物にもちょうど良さそうだ。本棚に立てかけられた梯子って憧れだった。
「お気に召しました?」
目を輝かせる私をマモンさんは入り口で黙って見ていた。あ、あまりにも素敵な光景に存在を忘れていた。
「うん! こんなに沢山、すごいですね! 市立図書館よりいっぱいありそう!」
「魔王様がご趣味で集めたものばかりですから。人間界の本はあちらです」
マモンさんは左側を示す。魔界の本って何語で書かれてるんだろう……。
左側の本棚には日本語で書かれた小説や参考書がいっぱい詰まっていた。これだけあれば勉強し放題、暇潰し放題だ。
すでに私には本棚しか見えていない。マモンさんがくすっと笑ったのに私は気付かなかった。
「ごゆっくりどうぞ」
*
それから私は、毎日書庫に入り浸っていた。
暖かな日差しが差し込む書庫は、私とマモンさんしかいない。私の向かいでまた、マモンさんも魔界の本を読んでいる。
いつもマモンさんに鍵を開けてもらうから、必然的にマモンさんも書庫に来ることになってしまう。
「あの、マモンさん」
マモンさんはメガネの奥の瞳をこっちに向けた。
「なんでしょう?」
「えっと……。私に付き合って読書する必要はないんですよ……?」
マモンさんはあぁ、と合点がいった顔をする。
「私も有意義な時間を過ごしているからいいんですよ」
「でも……私のためだけにいつも書庫を開けることになってますよね」
何だかそれは悪い気がする。マモンさんにだってやることがあるだろう。みんな、魔界の州を任されているんだ。マモンさんだってその仕事があるんじゃないだろうか。
マモンさんは私の手を取って、真剣な目をした。
「あなたと過ごす時間がほしいと言っているんですよ。言わなきゃ分かりませんか?」
想像していただきたい。メガネのいい感じにダンディな紳士が、恭しく自分の手を取る様子を。
こんなん私じゃなくとも赤面するわ!
私はさりげなーく手を離すと、あさっての方向を向いた。
「そっそういえばここの本ってあんまり日焼けしてないですよね! こんなに日当たりいいのに!」
マモンさんはくすくす笑っている。うぅ、わざとらしかったかな……?
「魔王様のお力ですよ。あの人、自慢の本が汚れるのお嫌だそうですから」
これだけの量だ。自慢のコレクションなのも分かる。魔力でそんなこともできるのかぁ。
「あれ? でもそれじゃあ私が読むのって……」
いいのかな? お気に入りのものが汚れるのって嫌じゃなのかな。汚すつもりはないけど。
不安になる私に、マモンさんは柔らかく笑った。
「白雪さんは、いいんですよ」
どういう意味だろう? しかしマモンさんはそれ以上教えてはくれなかった。
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