3 つまりは逆ハー?迷惑です!

 部屋の壁際の螺旋階段から深みのある声でそう言いながら、誰かが降りてきた。

「はぁーい」

「ごめんねマモンさん」

 降りてきた男の人に、ベル君とレヴィアタンはそう言いながら私から離れた。

 その男の人はゆっくりと歩いてくると、私の前に立つ。

 これはあれだ。メガネ紳士。艶のある黒髪はきっちりとまとめられていて、でもそれがおじさんくさいという訳ではない。銀縁のフレームのメガネの奥の瞳は、優しげに弧を描いている。

「初めまして、白雪さん。『強欲』のマモンと申します」

 マモンさんは私の右手を取ると、自然な動作で膝をついた。そして手の甲にキスをする。

 うわー!

 なんですかどこの貴族ですか……!

 思わず見惚れてしまっていて、私は「はっ!」と我に返った。私の周りって大人がいないんだもん。仕方ない……。

「サタンとルシファーは?」

「サーくんはサボリー。ルーくんはお仕事。ベルフェくんはいつもどおりそこで寝てるよ」

 ベル君が指差した先には、大きなソファの上ですやすやと気持ち良さそうに寝息を立てている男の人がいた。男の人だよね? 寝顔がすっごい美人なんだけど。銀の長い髪が、より一層女の人のように見せていた。

 マモンさんは呆れた表情を浮かべた。

「あいつら……」

「白雪さん、そこで寝こけてるのが『怠惰』のベルフェゴールさんだよ。そんな見てくれだけど一応男」

 レヴィアタンが苦笑しながら言った。やっぱ男なんだ……。スリーピンビューティというやつか。

「んでアスモデウスさんはー」

 レヴィアタンがちらりと私の方を見た。私が首を傾げようとしたその瞬間――

「君が白雪さんー?」

 艶めかしい声と共に、後ろからするりと腕が伸びてきた。私は後ろから抱き締められていた。

 甘く響く声は耳のすぐ傍から聞こえてくる。その声も、香りも、私の頭をぼうっとおかしくさせる。なに、これ……?

「アスモデウス、加減しろ」

 マモンさんがたしなめると、ぱっと腕は離れた。そのまま倒れそうになる私をマモンさんがさっと支える。

「大丈夫ですか?」

「はい……」

 マモンさんに支えられながら、私はソファへと促される。なんだろう……貧血? ぼーっとした頭のまま、私はふかふかのソファの上に収まっていた。

 その隣にさっき私に抱き付いてきた男の人がどっかりと座ってくる。

「ごめんね? 俺、『色欲』のアスモデウス。うっかりフェロモン撒き散らしちゃうのが癖でねー」

 目の前のテーブルにティーカップが置かれた。顔を上げるとマモンさんが呆れた表情をしている。

「なにが癖だ。わざとだろ」

「なんのことー?」

 マモンさんは溜め息をついて、私に目を向けた。

「紅茶です。どうぞ」

 私はおずおずと手を伸ばす。ハーブティーだろうか。暖かい紅茶は、私の頭を幾分かすっきりさせた。

「というか、白雪って……?」

 さっきから気になってた。たぶん私のことだろうけど、なぜに白雪?

「白倉ユキちゃんでしょー? だから白雪ちゃん! 僕が考えたんだー」

 ベル君が自慢げに言った。まぁあだ名を付けられるのはいいんだけど。一応歓迎はされてるのかな?

「あと二人いるのですが、今日はこれしか集まらないようですね。ユキ様、彼らが魔王様の従者です。七人の小悪魔の中から伴侶をお選びください」

「は!?」

 いつの間にか真横にアガレスさんが立っていた。アガレスさんは極めて冷静に言い放つ。

「アガレスさんひどーい。ボクたちいちおー悪魔だよー?」

「わたくしからすればあなた方など小悪魔です」

 アガレスさんはベル君につんと言い放った。

 ようやく冷静になった頭で思ったけど、アガレスさんってこの中でも意外と強い? 従者と側近ってどっちが上なんだろう?

「アガレスさんは相変わらず容赦ないなぁ。代替わりしたらどうするんです?」

 マモンさんのメガネの奥の瞳は苦笑している。やっぱりアガレスさんのが立場上っぽい。

「それじゃあ後は頼みましたよ」

 そう言ってくるりと踵を返したアガレスさんに焦ったのは私だ。

「えっちょっと待って……!」

「何か?」

 アガレスさんは首だけで振り返ると、表情を変えずに言った。彼女、いつも冷静なんだろうなぁ。たぶん魔王様の優秀な側近な気がする。

「いや……私はこれからどうすればいいんです……?」

「だからそこの小悪魔たちの中から一人選んで結婚ですよ」

「私、来るだけって言ったのに……。それに学校!」

「あぁ、全て終わったら元の場所時間に戻してさしあげますよ」

「アガレスさんは時間を司る悪魔だからねー」

 アガレスさんはメガネをくいっと上げる。

「ともかく、後は従者たちとお暮らしください。わたくしは魔王様のお世話がありますのでこれで」

 パタンとドアを閉じてアガレスさんは行ってしまった。私の伸ばした手は行き場を失う。

「あいつ行った?」

 また声がして振り返ると、別の男の人が窓から入ってくるところだった。

 明るい茶髪の間から覗く鋭い金の瞳。その目が私を捉えた。

「サタン、来るのが遅いぞ」

 マモンさんが嗜める。なんかマモンさんは、みんなのお兄さんみたいだ。

「だってあのババァ、俺嫌いだもん」

「紹介するね。『憤怒』のサタン」

 またその瞳が私を捉えた。全てを見透かすかのような瞳。心の奥まで丸裸にされてしまうような。私はその目を見続けることができず、ふいっと逸らしてしまう。なんだろう、なぜだかこの目をずっと見続けることができない。

「あ、よろしく……」

 サタンはむすっとした表情を浮かべていた。

「俺はよろしくしねぇぞ。こんな決め方、まだ認めたわけじゃねぇんだ」

 場に沈黙が落ちる。誰も彼も目を伏せて、気まずい雰囲気が流れた。

 何これ。

「サタン……」

 まずマモンさんが口を開いた。

「だってそうだろ? 今まで俺らは魔王様に尽くしてきた。それをいきなり現れたこんな人間の女に運命托そうだなんて間違ってるだろ。お前らも心の中じゃそう思ってるんだろ?」

 四人は目配せし合った。図星を突かれたかのような表情で、誰も何も言わない。

 何これ。

「……ふざけんじゃないわよ!」

 響いたのは私の声である。視線が集中するのを感じる。

「そっちの事情は知らないけど、巻き込まれた私のことも考えなさいよ。当事者は私。一番迷惑被ってるのは誰?」

 みんな驚いたように私を見ている。まぁそうだよね。一見物静かそうな見かけだもん。友達にもよく言われてた。私は争いごとを好まないだけで、自分の不都合になりそうなことはちゃんとはっきり言うタイプなんだぞ。

「白雪ちゃんです……」

「白雪さんです」

「白雪です」

 呆気に取られた顔のみんなの声が重なった。うん、驚かせてごめんね。

「だったらそっちの問題はそっちで解決して。私、いろいろあって疲れた。部屋に案内して。ここで暮らせって言うんならそれぐらい用意してくれてるんでしょ?」

「はい……」

 全員の声がハモった。一つは寝息だったけど。

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