(5)大交戦
施設の奥へと進む度に大きくなる瘴気、それに連動して夜獣の数も増えていく。
しかし全く厳しさを感じない。
目の前で披露される、鮮やかで瞠目すべき技の数々に感動すらしているからだ。
ゆったりとした動作でジャックは常に武器を振るい続けている。急な反応をしてリズムを崩すことも無く、夜獣を流れ作業の如く一定のリズムで捌いていた。
「あのさ、それどうやってるんだ? 何種類もイデアを持ってるのか?」
特に圧倒されるのは、形の違うイデアを適材適所で出し入れして使い分けているところだ。近い距離にいる相手には剣、少し離れれば槍、遠い敵には斧を投げたり拳銃を打ったり、俺には絶対に真似できない芸当だ。
「何種類も持っているというか……イデアは扱う人間の心象が反映されるものだ。イメージさえできれば姿形はいくらでも変えられる」
「リンダもたまには違う武器になってみるか?」
「あたしには向かないわよ、この姿が一番楽だもの」
「君達の場合はそのままでいい。特に会話が成り立つほど自意識が強いイデアなら、形を変えない方が強い力を保てるだろう」
「ジャックのイデアは喋らないのか?」
「ああ。生前に同志は沢山いたが相棒と呼べる者はいなくてね。イデアもただの道具ではないとは思っているが、君達ほど密接な関係ではないよ。形を頻繁に変えるのもそのせいさ」
同志、という言葉は慣れないものだった。日本じゃ老若男女問わずほとんどの人間が使わない言葉だ。海外じゃそういう巡りもあるのかもしれない。
「あと楓は、もう少し力をセーブして戦う方がいいだろう」
「セーブって、どうやって?」
毎日の夜獣狩りで疲れを感じた事は無いから、今まで考えたこともなかった。
「試しに勢いをつけて振り回したりしないで、ただ夜獣に剣を当ててみろ」
今は夜獣の数も少なめで、ジャックと並んで戦っていることもあり余裕がある。だから動きが鈍そうでゴリラに似た夜獣を狙いタイミングを計る。
鈍足のまま迫り右前足で重たい一撃が振り下ろしてくるが、スピードは無いため余裕を残して躱す。
剛腕が元いた場所を叩いた隙に、力加減をしてリンダの刀身を刺し通すと、夜獣は千切れた紙束のように裂かれてあっさり消えていく。
いつもと変わらない様子で消失する夜獣、手応えが無く物足りない気分にすらなる。
「リンダ、もしかしてお前知ってたのか?」
「まっさかー。あたしはご主人の分身、ご主人が知らないことは何も知らないわよ」
「よくそれで夜獣と戦い続けてこられたものだ。普通はバテてしまうぞ」
ゲシュタルトでの戦闘経験は比較にならない程、ジャックの方が豊富だろう。つまり先輩の言葉なわけで何も言い返せずくぐもってしまう。
「まあ、ご主人は頭が悪いところあるけど、学習はするから心配いらないわ」
「なら頭が悪いのは相棒のお前も同じだろうが……夜獣狩りはセルフとの約束でさ、あのタワーで暮らす条件なんだ。それに帰ったら春菜の料理食べれるしさ。今度誘うよ」
ジャックは槍を振りかぶり、狙いを定め一列に並ぶ夜獣達を睨んでから投げつける。
投擲された槍の穂先は直線的に飛翔し突風を起こしながら先頭の夜獣を突き破った後、その背後にいる二体目と三体目をも貫通していった。
「そうか、あの子がお前にとっての生きる糧であり宗教なのだな」
そんな荒技の後だというのに、彼女は涼しげな様子で新しい二本の剣を生み出し両手に持つ。そしてなぜか口元を抑えて俺を見て微笑んだ。
「なんだよそれ」
「悪い意味じゃない。人間を信じるのは良いことだ。神への信仰なんて馬鹿馬鹿しい」
話の内容はわからないが、やけに満足げ言うから蹴りの一つでも入れたくなる。
「ただ力のセーブはいいが逆、無理に力を引き出そうとはしない方がいい」
「力を引き出す?」
次々と現れる夜獣を捌きながら、聞き返して続く言葉を待つ。
「必要な時に強く思えば、普段以上の力を捻り出せるし、狙ったものだけを断つこともできる。但しそれは己の生命を触媒として消費するようなもので、凄まじい反動が返ってくる」
「つまり奥の手として使えってことか? 例の灰人を相手にする時以外は使わないとか」
頭の悪い表現だから口には出さないけど、必殺技のようなものだろうか。
「いや、どんな時でも止めておくべきだ。怪我をする程度の話じゃない。最悪はゲシュタルトから消えて無くなる可能性すらある。この世界の空気は、生命を絶えず喰らおうとしているからな。何をするにも限界まで疲弊するようなことは避けるべきだ」
肝に銘じておくのが良いだろう。絶望的な状況以外では、そんな無理の掛かる力には頼らない方が良さそうだ。
「そろそろ群れの中心部だ。灰人もおそらくそこにいるだろう」
「そいつを倒してから春菜と合流か。二人で押し切るのか?」
「いや、やつはわたし一人で相手をする。楓は他の夜獣がわたしの邪魔をしないように露払いをしてくれ。灰人を倒しても、二人とも無事でなければ意味が無いからな」
「わかったよ、先輩」
「センパイ……とは確か、肉親でない年上の者を現す言葉だったか? 日本語は複雑だ」
露払いは知っていても、先輩の意味はわからないらしい。
「今度、日本語のレクチャーをしてあげよう。それに関しては俺のが、先輩さ」
ジャックは小さく二度頷き言葉の使い方を咀嚼する。しかしすぐに目の前に視線を戻す。離れてはいるが数十体を超える夜獣達がこちらに気づき群れを成してきたからだ。
「覚悟はいいな、行くぞ」
俺は横から襲い掛かってきた夜獣を薙ぎ払い、両手のリンダを構え直す。
姿形に差はあっても、炯々とした赤い両眼を持ち、全身を焔のように揺れる黒い霧が包んでいる。そんな醜悪な獣達が控える敷地の奥へと、俺とジャックは踏み入っていく。
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