インタールード:セルフの探し物
「春菜、安心しなって、ボクはこれから用事がある。これ以上、楓には付き纏わないよ」
ボクは去り際のサービス代わりに春菜へジョークを飛ばす。
「十二時間後にまた下りてきてくれ、セミナーの続きはそれからだ。あの噴水の辺りで落ち合おう。それじゃごゆっくり」
閉じていく透明のスライドドア越しに手を振る。楓は元気が無く廊下を見たまま虚ろな様子で、春菜はふざけて振舞うボクが気に入らないようだ。
そんな二人に手を振りながら観音開きの扉を押して外に出る。
楓と春菜。
転移した後に夜獣にならず、急な環境変化に取り乱すこともなく、まともに会話が成立した人間は久しぶりだった。
しかも二人一緒で、それぞれ特徴が違うのが良い。
楓はイデアを扱えるほど自我が強く見掛けも上玉、強さと脆さを兼ね備えているから鑑賞物として飽きない。
春菜には知的な会話が通じるし、彼女本人が自覚していない影を適度に刺激して観察するのが面白い。
特に、あの二人は互いの本心と関係を理解していないのが非常に人間的で味がある。
しばらくはあの二人のおかげで退屈しない時間が過ごせそうだ。もし片方だけになってしまったら、それも終わるのが惜しいが。
ともあれこれで住居への案内は完了。
次に二人と会うのは十二時間後、それまでに確認すべきことがある。
目的の場所は巨人型の夜獣が暴れていた繁華街。
清らかな噴水の飛沫を霞めて走り出す。
途中で瘴気の塊を見掛けて、いつもの習慣で処理しようとしたが思い止まる。楓への説明のためにいくつか標的を残しておく必要があるからだ。
楓と走った時とは比較にならない速度で舗装路を走り抜け、ビルやマンションの屋上を跳び移って移動する。セーフエリアに来る時は、楓と春菜を案内するために電車を利用したがボクには不必要なものだ。
数分で目的の繁華街に着く。
まずは楓と巨人型の夜獣が戦っていた場所に向かうと、近くに陥没したデパートの壁があり今も砕け散った瓦礫が辺りに散らばっていた。
ここを中心として探し物をしよう。
もしボクの目が確かならば、あの巨人型の夜獣は手負いの状態だったはず。
楓と戦う巨人の姿を遠くから見た時、パズルのピースが一つ抜けているような物足りなさを感じた。
まずは建物から建物へと移り渡りながら街を見下ろし大雑把に捜索するが、それらしきものは見当たらない。空からだと見落としてしまう可能性もあり、面倒でも歩きながらじっくり探すのが得策だろうか。
立体交差する二本の歩道橋の下に降り立ち、考え直してみる。
まだ大して探していないから結論を出すのは早い。あの夜獣が手負いに見えたのは、元の人間が夜獣化する際に何かの外乱が影響し不完全な段階で変化が止まっただけなのかも。やはり考え過ぎか?
――ぴちゃっ
何かの音がした。
静か過ぎるこの街ではほんの小さな音でも周囲に響き渡る。
しばらく耳を研ぎ澄ましていると再び同じ音がした。
耳に残る感覚を頼りにゆっくり歩くと、小さな水溜まりがあった……いや、水溜まりなどではない。
それは水のように透き通った液体ではなく粘り気があって赤黒く鉄の臭いを含む、血だった。
落ちてくる血は立体交差する歩道橋から垂れてくるものだった。
膝を軽く曲げて跳び、歩道橋の手すりを掴み、体を捻って着地する。
目に入ったのは無様に己の存在を主張している、醜い未練だった。
それは街灯の光を受けて輝いている、青銅の鱗に覆われた一本の太い尻尾。
切断面は捻じ切られたかのようで、まだ神経が生きているのか微かな痙攣を一定のリズムで繰り返しながらうねり続けている。
「ふっ」
予感が的中し、思わず笑いが零れてしまった。
ボクの目の前で無様に揺れているこの尻尾は紛れもなくあの夜獣のモノだろう、鱗の特徴が全く同じ。それはあの巨人型の夜獣が手負いの状態だったことの証明。
肩から下げているメモ帳を開き、尻尾の特徴とある仮説を記録する。
つまりあの夜獣はボクと楓が遭遇する前に、何者かの手によって傷をつけられていたことになる。
「面白そうじゃないか」
あの二人に訪れる真の夜は、まだこれからだということだ。
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