第9話 残酷な現実 白雪の涙

 廊下を駆け抜けていく白雪の前に立ちはだかったのは幻術士のヨンスだった。

 白雪は立ち止まるとヨンスをにらみつける。


「邪魔です。おどきなさい」


 ヨンスは相変わらず何を考えているのか分からない顔で白雪をじっと見つめている。


「通りたくば押し通るがいい」

「そうさせていただきます」


 そう言って白雪は戦闘態勢に入る。

 ヨンスも得意の幻術で白雪を迎え撃った。

 ヨンスの姿が消え、代わりに無数の亡者どもが現れた。


「またそれですか。芸の無い方ですわね」


 そう言うと白雪はゆっくりとヨンスの気配を感じ取った。

 以前にヨンスには【千斬光せんざんこう】で手傷を負わせている。

 彼女の光の矢はその強い性質のため、闇の存在たる妖魔の体には光の成分が残留する。

 いかに幻術士といえども、その気配を追えば本体の存在が分かる。

 白雪は亡者どもの姿にサッと目を通していく。

 その中に光の気配を感じ取れば、それが本体だ。

 だが、ひと通り全ての亡者に目を通すも、どの個体からも光の気配は感じ取れない。


「……なんですの?」


 白雪が思わず眉を潜めていると、すぐに全ての亡者が小刀を手にして白雪に向かって一斉に駆け出した。


「くっ!」


 白雪は体の周囲に発生させた光の矢を連続して撃ち放ち、とにかくすべての亡者を討ち取ろうとする。

 光の矢は次々と亡者を貫いていき、例によって討ち取られた亡者は黒い羽へと戻っていく。

 13体目の亡者が黒い羽に戻ったちょうどその時だった。


 床に設けられた排水溝の蓋が白雪の背後で唐突に弾け飛び、中から飛び出してきたヨンスが白雪の腰めがけて呪術刀を鋭く突き上げた。

 咄嗟に反応が遅れた白雪は驚愕きょうがくに目を見開いて視界の隅にヨンスを捉えるのが精一杯だった。

 ヨンスの策は完全に白雪の虚を突いていた。

 だが……。


 ヨンスの呪術刀は白雪の体には届かずに彼の手から離れて床に落ち、乾いた音を立てた。


「がっ! か、かはぁ……」


 ヨンスの体は無数の光の針に貫かれていた。


「奥義・ヤマアラシ」


 そうつぶやいた白雪の体中から光の針が数メートルに渡って四方八方に伸びていて、まさに動物のヤマアラシのように全身針だらけとなった白雪の姿がそこにあった。


「初めからそこに潜んでおいででしたか。最初に見せたあなたの姿はすでに幻だったのですね。すっかりだまされてしまいましたわ」


 そう言うと白雪は体から伸びている針を注意深く全て体の中に戻した。

 体中を貫かれたヨンスはうつ伏せの状態で床に倒れ落ちる。


「でも残念でしたわね。遠隔攻撃が主体の我が一族に対し、ふところにさえ飛び込めば何とかなるとお考えの方は多いのですよ。そうしたお相手への対策奥義です」


 そう言うと白雪は冷然とヨンスを見下ろした。


「ただ、お世辞にも見目みめうるわしいとは言えない姿ですので、女の私としては殿方に見られるのは出来れば遠慮したいところですわ」


 だが、彼女の話はヨンスにはもはや聞こえていなかった。

 頭から腹部までを隙間のないほど無数の針に貫かれて、ヨンスはほとんど即死していた。

 それを見ると、白雪はすぐに廊下を駆け出した。

 廊下にはいくつも客室と思しきナンバープレートのかけられた扉が存在していたが、響詩郎きょうしろうがどこにいるのかは分からなかった。

 だが、白雪はとても嫌な雰囲気を感じ取っていた。

 廊下の突き当たりにある奥の部屋から、黒い瘴気しょうきれているためだ。


「まさか……響詩郎きょうしろうさまがあの中に?」


 反射的に白雪はその扉に向かって駆け出していた。

 だが、突き当たりの扉まであと10メートルほどとなったときに、大きな爆発音が轟き渡り、激しい衝撃に船体が揺れて思わず白雪は倒れ込んだ。

 廊下にほこりが舞い上がる。

 白雪は床に手をつき顔を上げて思わず息を飲んだ。


 突き当たりの扉が爆風で吹き飛ばされ、ひしゃげて廊下に転がっている。

 そしてその部屋の中に、横たわる響詩郎きょうしろうのものと思しき両足が見えた。

 その光景を目の当たりにした白雪は反射的に跳ね起きて駆け出した。


響詩郎きょうしろうさま。響詩郎きょうしろうさま。響詩郎きょうしろうさま!)


 頭の中で何度も響詩郎きょうしろうに呼びかけながら、白雪は突き当たりの部屋に足を踏み入れた。


響詩郎きょうしろうさま!」


 白雪は部屋の中央の床を見つめたまま、呆然と目を見開いた。

 膝の力が抜け、白雪はガックリと床にへたり込んだ。

 その目から大粒の涙がこぼれ落ちて床をらす。

 白雪は震えるくちびるで愛しき者の名を呼んだ。


「きょ、響詩郎きょうしろうさま……響詩郎きょうしろうさまは白雪の夫になる御方ですよ。死ぬなんて許しませんよ。目を開けてくださいまし。響詩郎きょうしろうさま……響詩郎きょうしろうさまああああああ!」


 そこに横たわっていたのは、目を閉じたまま横たわる無残な響詩郎きょうしろうの姿だった。

 その心臓はすでに脈動を失っていた。

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