第8話 蛇神の復活! そして……

 船の下層にある船室に向かって廊下を駆ける足音が鳴り響いてくる。

 微動だにせず響詩郎きょうしろうを見張り続けていたヨンスは、それを聞くと部屋の出口に向かって足を踏み出した。


「お出かけか。俺の見張りはもういいのか?」


 縛られたまま憔悴しょうすいした表情にそれでもわずかな笑みを浮かべて響詩郎きょうしろうは軽口を叩いた。

 ヨンスは扉の前で立ち止まるとボソッと陰鬱いんうつな声で告げた。


「無駄な希望は捨てろ。貴様はもはや絶対に助からん」


 そう言うとヨンスは扉を開け放って外へと出て行った。

 一人残された響詩郎きょうしろうは窓の外を見た。

 水平線近くにわずかに星が見える。

 そうした光景を見ると、急に物悲しさに襲われ、響詩郎きょうしろうは思わず目を伏せた。


「死ぬのか……俺は」


 もし自分が助からなかったとして、雷奈らいながどのような気持ちを抱くのか、それを考えると響詩郎きょうしろうはたまらなくやりきれない気持ちになった。

 雷奈らいなは自分自身を責めるだろう。

 響詩郎きょうしろうを死なせてしまったことを悔やみ続けるだろう。

 まだ1ヶ月ほどの付き合いではあるが、四六時中ともに過ごした時間の中で雷奈らいなはいつも強気だった。

 そんな雷奈らいなが悲しみに胸を痛め、誰にも吐き出せない弱音を抱え込んでいく姿を想像すると、響詩郎きょうしろうにはそれが悔しくてたまらなかった。


(もっとアイツと組んで面白おかしくやっていきたかったんだけどな)


 だが、事態はすでに後戻り出来ない局面を迎えていることを響詩郎きょうしろうは悟らざるを得なかった。

 彼の前方に置かれたつぼからは、目をそらしたくなるほどの邪悪な波動があふれ出し、そのふたはカタカタと振動を重ね始める。

 やがてついにそのふたが大きく跳ね上がり、床に落下して粉々に砕け散った。

 そして……中から……それは現れた。

 

「あ、あれが……」 


 響詩郎きょうしろうはそう言ったきり絶句してしまう。

 小さなつぼに入っていたとは思えないほど大きく、長さは数メートルにも及び、そして胴回りは成人女性の腰周りほどもある巨大な蛇が姿を現した。

 体表は真っ黒な蛇だが、目だけが燃え上がる炎のように紅色に染まっている。

 人智を大きく超えた力の宿るその目ににらまれ、響詩郎きょうしろうは思わず身動きが取れなくなった。

 大蛇は獲物を見定めると、むちのように素早く首を伸ばし、その鋭い牙で響詩郎きょうしろうのふくらはぎに食らいつく。


「ぐぅっ!」


 鋭い痛みに響詩郎きょうしろううめき声を上げた。

 蛇の牙が響詩郎きょうしろうの肌を貫き、肉に突き立てられる。

 そしてふくらはぎから蛇によって自分の霊力が吸われていくのと、そのたびに蛇の力が大きく肥大化していくのを感じながら響詩郎きょうしろうは両手両足を縛られた状態で必死に身じろぎをする。

 だが、蛇の牙はがっちりと響詩郎きょうしろうのふくらはぎに食い込んで離れようとしない。

 漆黒の蛇は響詩郎きょうしろうの霊力を吸うほどにその体表を銀色に変化させていく。

 痛みと霊力の消耗で徐々に抵抗力を奪われていく中で響詩郎きょうしろうにできることと言えば、霊力の流出を体内で抑え、可能な限りこのおぞましい蛇に力を与えないようにすることだけだった。


 廊下からは戦闘と思しき激しい物音が聞こえてくるが、もはやそちらに気を配る余裕はない。

 響詩郎きょうしろうは必死に身じろぎをしたが、抵抗はそこまでだった。

 胸に施された【死の刻限】の刻印が徐々に熱くなるのを感じ、響詩郎きょうしろうは息も絶え絶えになる。

 同時に蛇に噛みつかれた足から激痛が急激に体の上へと上ってくる。

 それが蛇の毒であると感じ取り、響詩郎きょうしろうは苦痛に顔をゆがめた。


「じ、時間切れか、それとも蛇の毒か。せ、せめて死ぬなら、自分の死因くらい、知って、おきたかっ……たぜ」


 体中から力が抜け、急激に体温が奪われていく。


「くっ……雷奈らいな……おまえは生き……ろ」


 視界が暗くなる。 

 意識が遠のき、体の感覚とともに……消失した。

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