7 天国の口、終りの楽園。
目覚めれば、太陽が深緑を照らしていた。濡れた草木が、眩しい光をきらきらと反射させる。
「ヒヨリ、おはよう」
私のお腹のくぼみ部分で、ソファーに座っていたカミサマがこちらを見て、言う。
「ん、おはよ。晴れたね」
泣き疲れたのか、私はぐっすりと眠っていたようだった。時刻を確認すると午前10時。
「……昨日は、ありがとう」
私はカミサマに言う。ずっと胸のど真ん中にあったしこりが、取り払われたような、すっきりした気分だった。私を捕えていた、縛っていた、重く太い鎖から、解放されたような心持ちだった。思い返せば、ちっぽけなことで悩んでいたような気もするし、でもきっと大切なことだったんだろうって、思う。
カミサマは、微笑む。
今開けるべき。その言葉は正しかった。全ては繋がっているんだ。
「天気もいいし、早いところ出た方がいいかな」
「うん、そうしよ」
カミサマが立ち上がる。――瞬間、彼女はふらりと立ち眩んだ。
「わ、ちょっと! 大丈夫⁉」
私は咄嗟に、ソファーに倒れ込んできたカミサマを抱き留める。
「……うん、大丈夫、だから、行こ」
それでも体調不良の弊害は出る。〝加速装置〟も使えないままで、私たちは雨上がりの炎天下を、汗を垂らしながらオンボロ自転車で進んでいく。
自転車が、パンクした。浅虫の町を後にして、すぐの出来事だった。
車も使えない、原付も盗めない私たちが頼りにしていた、唯一の脚。
修理の方法を検索する。道具も何もかも、全然足りない。近場ですぐに調達できそうにもない。調べてみてもサイクルショップなんてもちろんない。仕方ないから私たちは自転車を捨てる。徒歩で進んでいく。盗めそうな放置自転車なんてどこにも見当たらない。真夏の太陽がじりじり照りつける。あまりにも熱い。頭がくらくらする。コンビニもない。自動販売機で二人分の飲み物を買いまくる。ついにお金が底を尽きる。したたる汗に貼り付くシャツが不快で、カミサマはやっぱり体調が悪くて、自転車を失った私たちは後にも先にも進めなくなる。ヒッチハイク? 車なんて通りはしない。それでも頑張って歩いていく。進行速度が目に見えて落ちる。マップアプリをつけながら道を探す。そうしていれば当然、スマートフォンの電池がなくなる。廃屋で半分使った予備バッテリーの中身も、少しの充電で空になる。充電できる場所はない。方向指示器を失った私たちは生い茂る草を掻き分けながら長い時間かけて歩いた先が行き止まりだったことを知って絶望的な気分になる。口数が減る。一言も口を開かなくなる。お金がなくなったから食べ物も買えない。コンビニなんてもちろんない。日が暮れ始める。カミサマが疲れたもうやだと喚いて座り込む。建物ひとつない道の真ん中で、だだをこね始める。
「――もう! いい加減にしてよ!」
つまり、私たちが行きついたのは、そういう結末。朝には想像もしていなかったような、そういう展開。
「お金だってもうないの! 我慢しなきゃやっていけないことがいっぱいあるの! そんなんでこれから先どうするの!」
「だって――だって! カミサマ病人だって言ってるじゃん!」
「――――っ、そんなこと、分かってるよ! 分かってるけど! こんなところで野宿なんてできないでしょ! 覚悟してここまできたんじゃないの⁉ いつまでも旅行気分ではいられないんだよ!」
「ヒヨリのいじわる! わからずや!」
「――ッ、分からず屋はどっち!」
カミサマを怒鳴りつけている私。体調が悪いんだって朝そう聞いたじゃん。分かってるんだよ。分かってるんだけど。ああ、これからお風呂にも入れないのかもしれない。ベタつく頭皮が不愉快。蚊に刺されたところが痒い。食べ物がない。お腹が空いた。リュックのどこを探してもクッキー一枚見つからない。お腹の壁と壁がくっついたみたい。どうやって探そう。探す元気もない。頭が上手く回らない。日中なんてただただイライラしていただけだ。疲れた。繋いでいた手は熱いしぺとぺとするから離した。昨日の夜はあの胸の中で泣いたのに、今では苛立ちの種でしかない。
ああ、私はインターネットがないと何もできなくて、お金がないと何もできなくて、いつまでも旅行者気分で、力もなくて、知恵もなくて、パンクひとつ直せなくて、自分で食料の調達もできなくて、
所詮、子供で。
夜になって、真っ暗になって、光を求めて歩き続けて、カミサマは何度も立ち止まって、その度私は手を引いて、怒鳴って、それにも疲れて、どこかの民家からしたカレーの匂いとか、お風呂の匂いとかに泣きそうになって、でもこんな時間にこんな風貌で歩いていたらどこの家の鐘を鳴らしてもきっと警察に連絡がいって、いっそそれでもいいかなと思ってしまったりもするけれどそれだけは避けなきゃって思い直して、じゃあどうしたらいいんだろうって宛てもなく歩いて、畑の奥の小さな納屋を見つけて、疲弊した身体で私たちはそこに侵入して、お腹を空かせたままで、おやすみも言わないで眠った。
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