5 ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア

 翌日、自転車を漕いで私たちは、やっとのことで青森市に辿り着いた。カミサマは昨晩と打って変わって体調が悪いらしく、体調に左右されるその力のひとつ、〝加速装置〟は使えなかったので、私がひたすら頑張って漕いだ。

「体調はどう?」

「……あんまりよくない」

 弘前での予想外の出来事で、予定よりも到着は遅れてしまった。青春18きっぷはあと一回分しか残っていないし――正直な話、もう二人で北海道に渡りきる資金がなかった。

 私たちは青森駅すぐ北の海沿いで潮風を浴びながら、巨大なベイブリッジを見上げていた。海が北にある、というのもまた、不思議な感覚を抱く。

 青森湾を出れば津軽海峡も目前なのに、私たちはここから先に進むことができない。

「カミサマ」

「ん」

「もう、北海道に行くお金、ないよ」

「……そっか」

 体調が悪いからなのか、素っ気ない返事を返すカミサマ。少しだけ沈む表情に私の気持ちも落ち込むけれど、考えなしにお金を使ってきたのは、五万円を管理していた私の責任だ。結局カミサマに強く出費を咎めることができないどころか、私も一緒になってそれまでと同じ感覚でお金を使ってしまった。

 所詮旅行者気分。真北に臨む海に辿り着いてようやく、自らの愚かさを痛感する。

「一人分ならなんとかなるけど……」

「ヒヨリと一緒じゃないなら、意味ない」

「うん、そうだよね」

「北に向かお」

「……そうしよっか」

 覇気のないカミサマ。青森の街でゆっくり休ませてあげたいと思うけれど、さすがに人の多い街なので何が起きるか分からない。警察だったり、例の組織の追っ手だったりに見つかってしまうのは何としてでも避けたい。

 本州の最北端は青森駅から北東方面、の形に飛び出している下北半島の先、大間崎だ。北を目指す私たちの目標は、暫定的にそこに変更される。

 天気は再び曇り空。長時間自転車を漕ぐには、ありがたい。



 青森市から海に沿うように東に休み休み進んでいくと、次第に雲行きが怪しくなってきた。もう少しで温泉街につく。お金はほとんど残っていないけれど、そこで温泉に浸かって、疲れを癒そう。――なんて、相変わらず旅行者気分だけれど、だって何と言っても世界は私たちの逃避行にお構いなしに普通に営まれていて、すれ違う人も足を運ぶお店も日常の中にあるのだ。これまで通りの感覚で生活してしまうのも仕方がない。――だなんてやっぱり、結局心のどこかで、どうにかなると考えている私がいるんだろうな。


 温泉の町、浅虫に到着した辺りで雨が降り始めた。自転車を手押ししながら、元々持っていたものと道中で買ったそれぞれの折り畳み傘を開いて、静かで小さな町を歩いていく。

 温泉に浸かり、服も洗濯し、スマートフォンも充電して、いろいろなものを改めてリセット。大丈夫。まだ旅は続けられる。

 カミサマはいくらか回復したらしく、旅館でくつろいでいた。


「さて、今夜の宿はどうしよう」

 個人的には、やっぱり学校はいい宿泊場所だと思うけれど、セキュリティ云々みたいなものに気を張らないといけないのは少々マイナスポイントだ。しかしあいにくの雨模様、あまり遠くには行けそうもない。マップアプリで近隣の学校を検索すると、少し離れたところに廃校になった中学校があると判明した。航空写真に切り替えると辺りは木々に囲まれていて、ここなら人目につく心配もないだろうと判断する。食料、水などなるべくお金がかからないように考えながら購入して、目的地に向かった。

 廃校になった学校の保健室にはベッドがなかった。もちろん電気も通っていないだろう。昨晩の学校では通報のことを考えてスマートフォンの充電を行わなかったけれど、今晩はしようと思ってもできない。基本的には電源を切っておく。


 保健室には幸いなことに年季の入ったソファーが埃を被ったまま置き去りにされていた。軽く掃除をして、カミサマをそこで眠らせることにする。私は床に寝ようと思っていたけれど、カミサマが一緒にソファーで寝ようと言うので少し窮屈だけれど彼女を抱きかかえるようにして私たちは眠った。

 眠りにつくまでの間、闇の中で私たちは、囁き声で言葉を交わす。

「ねえ、ヒヨリ」

「なに?」

「カミサマたちふたり、ずーっとずーっと歩いた先で、なまえも知らない誰かになって、ずっとずっと、一緒に暮らそうね」

「……仕事はどうするの?」

「カミサマの力を使ってお金を稼ぐの」

「……具体的には?」

「まじしゃんみたいな感じ」

 そんな未来をなんとなく頭に浮かべてみて、それからカミサマの頭をさすって、さらさらの髪に気持ちよくなって、知らぬ間に私は眠っていた。



 翌日も雨。天気予報を見ると今日は一日雨らしい。仕方がないのでこの廃屋でもう一日過ごすことに決める。窓の外に気をつけながら校内を探検したりしつつも、なるべくエネルギーを消費しないように保健室に籠って過ごした。

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