2 青春18きっぷ
目を覚ますと朝7時。相変わらずの曇り空だけれど、太陽が昇り切ったこんな時間まで眠ってしまっていた。早くも疲れが溜まっているのだろう。大慌てでビルの屋上から飛び降りた(語意通り)けれど、人目にはつかなかったようなので一安心。
私たちがいるのは日本海側、新潟県。東京からすっかり離れて、言うなれば田舎に来ている。――田舎を飛び出した私が東京を飛び出してやってきたのが田舎だというのも、なんだか因果な話なのかもしれない。
気軽にどこか朝食が取れる店でも探そうと思ったけれど、観光地でもないこの場所に外食チェーンなんてほとんど見当たらない。東京の感覚でいたので面食らってしまう。仕方ないので私たちは全国展開のスーパーマーケットに向かった。地元の町にも溢れているピンク色の看板を見つけた時思わず安堵してしまったのは、皮肉な話だと思う。
なんとなく寂しい朝食を済ませたカミサマはぽつり、口を尖らせる。
「お風呂入りたい」
「……うん、それは、私も思う」
渋谷の街で家出を決意してから、丸々二日、身体を洗っていなかった。逃げて、飛んで、走り回って、歩き回って。夏のど真ん中、さすがにちょっと耐え切れない。
「……銭湯でも探そっか」
お金は使うけど、背に腹は代えられない。調べると海沿い側に温泉街があるらしく、私たちはそこに向かった。
二日分の汚れを洗い落とし、コインランドリーで洗濯も済ませ、屋内で寝転がって身体を伸ばしながらスマートフォンも予備バッテリーも充電して、これはなかなかに有意義な行動だったように思える。身体が不快であるかそうでないかでは、活動にも大きな差が出るだろう。服も着替えて、気分も入れ替わった。
それにしても、海が西側にあるというのは考えてみると不思議な感覚だったりする。東京も、私が生まれ育った町も、太平洋に面していて海はいつだって南にあった。気候も、風土も、環境も、きっと私の生活とは違っていて。
温泉を後にした私たちは100円ショップで旅に必要そうな道具を買い込んでリュックに詰める。100円ショップに来たことがなかったというカミサマは「これ全部100円⁉」と目を丸くしていた。
青春18きっぷ。JRが発行している、日本全国のJR普通列車に乗り放題の切符。一枚につき、一日有効が五回分で11850円。大人、子供で料金は変わらず、五回分を二人で分けて使うこともできる。これがあれば、私たちは二人で二日間、自由に乗り降りしながら北へ向かうことができ、追加料金を払えば青森から北海道へ渡ることだって可能だ。海を渡って、期限の二日間でなるべく距離を稼ぎたい。
私は駅で青春18きっぷを購入する。11850円。大きな出費だけれど、大局的に見れば電車代の節約になるはずだ。余りの一回分は考えないことにする。資金が尽きたら……その時はその時だ。私たちふたりなら、きっとなんとかなる。……はず。
青春、だなんて、私には程遠い言葉を発券してもらって、もう少し早い段階で存在に気づいて買っておけばよかったと、出立当初の自身の計画性のなさに後悔の念を抱きながら、電車に乗り込んだ。
北に向かうにつれ、風景はどんどんと寂しく、侘しくなっていく。
そんな言い方、この土地に住む人々に失礼かもしれないけれど、例えばそんな風景の中に住む私と同じくらいの年齢の学生とか、きっと同じような気持ちを抱いているものだって、思う。違うのかな。
クラスメイトたちを思い返してみる。それぞれの顔はぼやけて誰が誰だか分からない。思えば名前すらまともに覚えていない。識別不能の顔はそれでも、何の不満もないみたいに笑っている。
――どうしてそんな簡単に、現状を受け入れられるの? 目の前の狭い世界で満足して、笑顔でいられるの?
私には解らなかった。〝日常を楽しめる〟ということが。その土地で与えられたものだけで暮らせることが。与えられたものが全てだと思えることが。
一度の乗り換えを経て、辿り着いたのは秋田県。
「今日はここで降りよっか。お腹も空いてくることだろうし」
やはり田舎。電車の本数も少なくて、普通電車ではなかなか思ったように進んでいくことができない。私たちの旅は明確な目的地があるわけじゃないから、過程には食事や睡眠が、つまりは生活が含まれている。いろいろと考えながら進んで行かないといけない。高校生の私には上手くこなせる自信もなかったけれど、一緒に旅を進める相棒は私よりも年下だから(だって神様じゃないんだから)、私はお姉さんとして、彼女を導き、守ってあげなくちゃならない。
夜遅くまでの乗車はリスキーだ。東京みたいに人混みに紛れてやり過ごすこともできない。旅路は少しずつ慎重になっていく。比例するように疲労が溜まっていく。口数も次第に減っていく。繋ぐ手と手だけが、互いが互いを信頼していることの証明になる。
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