最終章 Escape to the World's end
1 逃避行
私たちは最寄り駅の始発に合わせて起床し、人目につかないよう気をつけながら地上に降り立つ。東京の始発は早い。五時にはもう運行が始まっている。
北海道に向かう、とはいえそれもまた漠然としているし、新幹線や飛行機を使えばお金なんかすぐに消えてしまうので、鈍行で東北方面に進んで行こうと思うけれど、経路検索をかけてみてもいまいちどういうルートを使ったらよいのか分からない。とりあえず青森まで向かうのがセオリーらしいけれど、旅行についての様々なブログなんか覗いてみても結局同じ経験がないから道程の実感も掴めず、参考になったと言うにはちょっと足りない。私たちはとりあえずターミナル駅である東京駅に出てきて、そこからなんとなく北に向かう感じの列車に乗り込んだ。降りる駅で清算すればいいだろうと、適当な値段で購入した切符を握りしめて。
手持ちのお金はルカさんから借りた二万円と、祖父母の家から持ち出した三万円、それから元々財布に入っていたお金を合わせて、全部で五万円と少し。
一世一代の逃避行……っぽい感じなのに、なんだかやっぱりどこか気が抜けているというか危機感がないというか、のんびり鈍行に揺られたりなんかして、これじゃあまるで普通の旅行だ。
隣に座るカミサマを見る。帽子の奥から楽しそうな視線を窓の外に向けながら、心躍らせている様子。
このかわいい女の子になんだか知らないけどすごい力があって、それを研究だか管理だかしている謎の〝組織〟に追われていると、ここにいる乗客の誰が思うだろう。
――謎の組織。謎の研究機関。実態は知らないけれど、きっと世界の表側には出てこないような、そういう存在。……そんな漫画みたいなことが、本当にあるだろうか。でも隣ではしゃぐこのチャーミングな少女は確かに不思議な力を持っていて、私も何度も目の当たりにしてきた――それどころか、一緒になって飛んだりもした。
「なーんか現実味に欠けるよなぁ……」
これからの道程を考えながらいじくり回していたスマートフォンから目を離して座席に背中を預けると、私の胸中はつい言葉になって零れてしまう。
「北海道までここからどのくらい⁉」
カミサマが私の身体をゆさゆさ揺らしながらそう訊く。冷房の効いた車内。直前の睡眠が環境といい睡眠時間といい碌なものじゃなかった私は、気を抜けば眠ってしまいそう。
「んー……調べても鈍行の時間だとよく分かんないんだよねー……」
座席に深く座り込む。まどろみが全身を襲う。
「えー」
「カミサマぁ、私ちょっと眠いよ……」
「寝るのー?」
「うん、ちょっと、もう……無理……」
「ヒヨリー乗り換えー」
「ん……ぁ……」
目を覚ますと電車は止まっていて、乗客がぞろぞろと降りていくところだった。
「電車ここまでだってー」
「ん……じゃあ降りよっか……」
電車を乗り換えて、さらに北へと向かっていく。
変な体勢で寝たのか、肩が凝った。やっぱり電車で寝るのは気持ちのいいものじゃない。今日一日でどれだけ距離を稼げるだろう。お金はいくらくらいかかるだろうか。
さらに一時間ほど電車に揺られて、また乗り換え。かれこれ朝から四時間近く電車に乗っている。駅構内から一歩も外には出ず、朝食もホームの売店で買ったもので済ませた。
最初はテンションの高かったカミサマも次第に飽き始めたのか、私のスマートフォンでYouTubeを見せろとしきりにねだり出した。電池が減るからそういう使い方はあまりしたくなかったのだけれど、みるみる不機嫌になっていく彼女を見るに見かねて、私はスマートフォンを手渡した。しばらく猫とか犬とかの動画を楽しんでいたけれど、やがてそれにも飽きたらしい。
「もう電車飽きたー! 降りるー!」
「降りるって……私たちは北を目指すんじゃなかったの?」
「そうだけどー! ……だってほら、カミサマはこの世界を見極める必要があるんだから、いろんな場所を見て回んないといけないの」
思い出したように出会った頃の設定が蘇る。今更もう、そんな嘘ついても意味なんてないのに。
でも確かに、私の方も退屈していたところだった。空調の効いた中にずっといるのも疲れる。外の空気を吸って、ぐっと背筋を伸ばしたい気分でもあった。いくら窓の外の景色があるからと言っても電車の中じゃやっぱり味気ない。せっかく地元を出て、東京すらも飛び出して来たのだから、少しくらい。……そんな風に自分も納得させて、この列車の終点に当たる駅で、私たちは一旦改札を出た。あいにく外はくすんだ曇り空。私たちのこれからをなんとなく暗示しているような、していないかのような、そんな空。
「ちょっ……と……あの……」
電車賃、私の分と子供料金のカミサマの分、合わせて約8000円。
頭を抱える。これから後どれだけ、電車代にお金を使うことになるだろう。
不安でいっぱいの私をよそに、日本海側に面するこの県の、ちょっとした観光地であるこの街のガイドマップを手に取って眺めているカミサマ。
「とりあえず歩いてみようよー」
結局私たちは、カミサマに引っ張られてこの街を観光した。東京を出て、初めて立つ別の街。視界の情報量が、東京と比べ物にならないくらいに少ない。なんだか寂しい気持ちになる。特に印象的な施設があるわけでもなく、それでも、ファミリーレストランで夕食を取って、駅に戻れば時刻は19時前。
お金も使った。カミサマが喜んでくれるならそれでいい、とは、今はちょっと言い難い。電車に乗り込む。夜のうちにどこまで行けるか分からないけれど、あまり遅い時間にまで車内にいると不審がられるはずだから、キリのいい駅で降車しよう。……切符代はいくらになるだろうか。
乗り込んだ列車が終点で止まると、時刻は22時前。さすがにこれ以降電車に乗っていると怪しまれるだろうし、マップアプリで調べてもここから先しばらく、停車駅は海沿いの田舎町が続く。比較的栄えているように見えるこの街で夜を明かそうと考える。しかし、未成年二人でホテルなんかに泊まれるとはちょっと思えない。
「……寝る場所、どうしようか」
「んー、屋上!」
「……やっぱりそこ?」
適当に人目のつかなそうな屋上を探して、私たちは闇夜を跳び上がる。
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