第四部 僥倖のブロック
第17話 策士な女の子(1)
「本当に、黒木さんが〝全中四天王〟の一人で、卓球部の騒動の黒幕なのか?」
僕は衝撃のあまりそう尋ねたが、
「真偽については自分で確かめればいい。ボクと違って智美は嘘つきじゃないから、きっと本当のことを答えてくれるよ」
と、不動さんは突き放すかのような愛想のない言い方で拒否した。そして僕はその言い分に納得してしまった。不動さんには失礼かもしれないが、確かに不動さんから聞くよりも本人である黒木さんから聞いたほうが真実に辿り着けそうだ。
僕は黒木さんに事情を聞くべく即座に行動しようとしたが、無情にも昼休み終了の予鈴が校内に鳴り響き、僕の行動は遮られた。
「悪いな。飯を食う時間なくなっちゃって」
「いいよ、別に。気にしてない。それにボクはもう食べてきたからね」
僕は詫びたが、不動さんはそれに対して飄然とした返事をしただけだった。しかし僕は想像以上に動揺していたのか、その嘘か本当かわからない答えをうまく切り返すことができなかった。そんな僕の反応に不動さんは、まるで花火が不発したときのように嘆息をもらしたのち、「教室に戻ろうか」と優しく促した。
果たして不動さんと一緒に戻ってきた僕を見て、クラスメイトはどう思っただろう。不動さんの友人はありもしない告白の結果を察して盛り上がっているのだろうか。他のクラスメイトは何気ない日常の一幕として気にもしていないのだろうか。僕はそれらの反応を確かめる余裕すらなく、自分の席に座った。
午後の授業はまるで身に入らなかった。先生の話す言葉がお経のように聞こえ、耳から耳へと素通りしていく。そんな状態のとき、僕はふと、どうしてこんなにも動揺しているのかを考えた。確かに不動さんの証言は衝撃的だったが、僕は所詮第三者であり、言ってしまえば部外者である。卓球部の事件をリアルタイムで体験していないのだから、僕が動揺するのはおかしな話であった。
しかし少しばかり思案してみると、その答えは案外すんなりと出てきた。
僕は門脇さんのことを考えていた。
門脇さんはこれまで話したこともない僕に声をかけ、〝全中四天王〟を引き戻す手伝いをしてくれと頼んできた。そこには多かれ少なかれ緊張と勇気があったはずだ。門脇さんは卓球部の過去の騒動にて自分を責めることで心に傷を負い、そしてそのトラウマとも言えるものに立ち向かおうとした。その結果土下座もした。そこまでのことをしてでも、門脇さんは部に〝全中四天王〟が戻ってきてほしいと願っていたのだ。身を粉にしてここまできたのだ。
だがどうだ。その卓球部の騒動は、全てがでっち上げられた虚構でしかなかったのだ。
ならば、門脇さんはなんの意味があって心に傷を負ったのだ? なんのために土下座をしなければならなかったのだ?
もし本当に過去の出来事の全てが仕組まれたことならば、門脇さんのしてきたことは滑稽なものでしかないのだ。
僕はそんな門脇さんに同情している。そしてその同情は、油のように僕の心を炎上させている。そのことに至ったところで、僕は動揺をしているのではなく激昂しているということに気がつかされた。
僕は好きな女の子を貶めた全ての事柄に憤怒していた。
そしてその怒りは、騒動の黒幕である黒木智美に向けられた。
不動さんは理由を答えてはくれなかったが、利己的な彼女であるため、黒木さんの奸計に少なからず得があると思い協力したはずだ。ならば不動さんを説き伏せた黒木さんにその理由を尋ねるしかない。
頂点を競い合った〝全中四天王〟は四人の少女からなる。究極のせっかちである番匠風香。歪んだ生真面目である直江凛子。愉快な嘘つきである不動真理菜。彼女たちをそう形容していくならば、黒木智美はさしずめ腹黒い策士といったところだろか。
僕はこれから、その腹黒い策士と対峙しなければならない。
全ては門脇さんのため。片思い故に独りよがりな行動かもしれないが、後顧の憂いをなくすためにも、強敵だが立ち向かわなければならないのだ。
午後の授業を受けている間、僕は時間の経過の遅さに歯噛みした。この怒りが鎮火しないうちに黒木さんにぶつけたかった。だが一方で、思考は氷のように冷たく透き通っていた。それは激情に任せて迫っても黒木さんに上手く丸め込まれてしまうだろうと、理性が警鐘を鳴らしてくれたおかげだった。
午後の授業が終わり、ショートホームルームが始まる。そしてそれが終わると同時に僕は自分の鞄を掴み取り、そそくさと教室を出て、隣の教室を覗き込んだ。黒木さんは僕の隣のクラスの生徒だ。学校が終わってから間もないので、いるはずだ。
果たして、彼女はいた。クラスメイトと談笑しながら帰る準備をしていた。
僕は扉の近くにいた生徒を適当に捕まえ、黒木さんに取り次ぐよう頼んだ。その生徒はこれといって嫌がることもなく、机と机の間を縫うように進み黒木さんに声をかけた。すると黒木さんはこちらを振り向き、ついでに黒木さんの友人やその周囲にいた人間も僕の方を見やる。黒木さんは友人との談笑を適当に切り上げ、鞄を持ってこちらに向かってくる。
「それでは、生徒会室に行きましょうか」
そして開口一番にそう言った。今日は生徒会の集まりはないので、生徒会室に集まる用事はない。しかし黒木さんは自然とそう促した。この声は決して大きなものではなかったが、抜けるような声であったため、周囲の人間には聞こえたようだ。僕たちに注目していた何人かがそれを聞いて納得した表情を見せた。
それはもしかしたら体面を気にしたからかもしれない。色恋沙汰に敏感な人なら、男子生徒が女子生徒を訪ねることに過度に反応するだろうが、あいにく僕と黒木さんは副会長と会長という身分がある。黒木さんはそれを利用して、僕と二人っきりになる理由をでっち上げたのかもしれない。いろんな意味で目立つ黒木さんだから、醜聞になり得るものを徹底的に排除しているのだろう。むかつくがなんとも黒木さんらしい。
僕は黒木さんと並んで廊下を進む。黒木さんは中学生のように身長が低いので、彼女の歩幅は狭い。僕は様子を窺いながら、その歩幅に合わせて歩く。
丁寧に整えられたゆるふわパーマヘアは可愛らしい髪留めによってまとめられ、ポニーテールとなっている。その毛先は彼女の優雅な歩調に合わせるかのように左右に揺れていた。
身長は低いが子供っぽい印象はあまりない。それは黒木さんの一挙手一投足が上品でありどこかお嬢様然としているためであるが、それだけが理由ではない。彼女の大人びた美貌もその要因の一つであった。
「どうしたの? そんなに人の顔を見つめちゃって」
すると僕の視線に気がついたのか、黒木さんは流し目で僕を見上げてくる。その視線は彼女らしい艶めかしさがあったが、同時にあざとさも見え隠れしていた。
「いや、別に……」
突然のことだったので、黒木さんの問いかけに不意を突かれ、しどろもどろとなる。そんな僕の反応を見て黒木さんは、「あらそう」と呟いて微笑むだけであり、またしても僕たちの間を無言が支配した。
そんなこんなで大した会話もなく僕たちは生徒会室に到着する。黒木さんは鞄から鍵を取り出して開錠し、扉を開けて中に入っていく。僕もそれに続いていく。
生徒会室はそれほど大きな部屋ではない。精々教室の半分くらいの広さだろう。部屋の最奥には窓があり開放的だが、両脇の壁面にはずらりと棚が並んでおり、生徒会に必要な書類や資料が所狭しと押し込められている。一角には会議で使うホワイトボードも置かれているため、全体的に狭くて圧迫感のある部屋であった。
部屋の中央には折りたたみ式の長机が二つ並べられて鎮座しており、黒木さんは部屋の明かりをつけたのち、徐に鞄を机の上に置くと、生徒会長としての定位置である短い辺の席に座った。一方僕はその反対側の席に腰を下ろした。
「そんなに警戒しなくてもいいのに」
黒木さんはそう言うと、僕の定位置である長い辺で一番会長席に近い席を指差した。
「いや、そういうわけではない。ただ単に、向かい合った方が話しやすいと思ったから」
僕はそう言い訳をしてみたが、黒木さんの指摘は図星であった。僕は彼女の腹黒い一面を知っている上に、卓球部の騒動の黒幕である疑いがあるため、近くで話すことを躊躇った。近くで話せば、彼女の魔力に魅入られてしまい上手く話すことができないと判断したからだ。だがそんな僕の心情も、黒木さんに見抜かれていたようだ。
そんな僕の返事に黒木さんはまたしても「あらそう」と興味なさげに呟き、それ以降そのことを追求してくることはなかった。
「何か聞きたいことがあるのでは?」
黒木さんは足を組みながらそう尋ねてきた。
「ああ。いろいろとある」
「卓球部のことでしょ」
僕が含みのある言い方をしたのに対して、黒木さんはその含みを見抜いたのか、僕が今一番聞きたいことを先回りして言い当てた。
「……何故わかった?」
「ワタシを誰だと思っているの」
察しがいいのは知っていたが、まるで人の心を読んだかのように相手の意図を言い当ててしまうことに、僕は畏怖すると同時に感嘆した。しかし黒木さんとしては大したことではないのか、自分の髪の毛先をクルクルと弄びながらつまらなそうに僕の質問に答えた。
「わかっているなら話が早い。単刀直入に聞くが、卓球部の過去の騒動において、黒木さんが裏で悪巧みしていたのは本当か?」
「本当よ」
僕は真剣に詰問してみると、その真剣さが黒木さんに伝わったのか、髪をいじるのをやめて真っ直ぐ僕を見つめ返した。そして黒木さんは潔く自分の非を認めたのだ。
「大体、皆あの騒動に関して、不自然な点があることに気がつかなかったのかしら」
「というと?」
「全てが上手く行き過ぎている」
黒木さんはそう言うが、僕としてはピンと来なかった。
「聞いた話だけど、これといって不審な点はなかったような気がするが」
「じゃあおさらい。卓球部の騒動を一から言ってみて」
そして黒木さんは小悪魔的な微笑を浮かべ、人差し指を立てた。
「一からって……」
僕は困惑しつつ、黒木さんの言うことに従う。僕は、僕が認識していることを今一度頭の中で確認していく。
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