第11話 果たすべき謝罪
全てを聞き終えたとき、僕は何ともいえない気分になった。〝全中四天王〟の集団退部事件。その真相は予想以上に重たいものであったからだ。いくら過激な上級生がいたといっても、まさかここまで人間関係が崩壊するは思いもよらなかった。僕は改めて負の感情を抱えた女子の陰湿さに驚愕した。女子こえー。
「でも、門脇さんは謝ったのだろ。その、加害者ではなく傍観者だったことを」
僕はそのことに半ばホッとしていた。もし門脇さんも上級生と共に悪辣なことをしていたのなら、僕は門脇さんの見方を変えてしまっていたかもしれなかった。もし〝全中四天王〟と一緒に陰鬱な日々を送っていたのなら、僕は過度に同情してしまいどう接すればいいのか見失っていたかもしれなかった。だが幸か不幸か、そのどちらにも属さず板挟みになっていたからこそ、僕は変に気持ちを変えることはなかったのだ。平常心でいられたのだ。
「そうね。確かに謝罪は受けたわ」
「なら、土下座する必要はないんじゃないか?」
過去の話をする前、直江さんは門脇さんに土下座を要求した。だが門脇さんは主犯格ではないし、ましてはそれを見逃していたことは既に謝罪済みである。直江さんは、今更何を謝れというのだろうか?
「門脇さんが今の卓球部の部長だからよ」
「どういうことだ?」
「確かに門脇さんの謝罪は受けたわ。でもそれは門脇さん個人のものでしかなく、卓球部という組織自体は未だに謝罪もなにもない。だからこそ門脇さんは卓球部の部長として、卓球部の責任を果たしてもらいたいのよ」
直江さんは真っ直ぐ僕たちを見据えながらそう答えた。その冷然とした瞳は僕に言い知れない圧力を与えてくる。
「でも、それは昔の卓球部のせいじゃないか」
僕はそう言ってみたはものの、それが詭弁でしかないことを承知していた。
「そんなことは関係ない。卓球部が私たちを追い出したのだから、戻ってきてほしいと頼む前に部として謝罪するのは当然じゃない。例え当時の部員がもういないとしても、その責任が消えてなくなるわけじゃないわ。そしてそれは部を引き継いだ人の責任になる。ならば現部長である門脇さんが謝るべきだわ。土下座といったのは、卓球部がそれだけのことを私たちにしたからよ」
だが直江さんはダメ押しと言わんばかりに、僕が承知していることを言葉にした。それでも僕は「でもッ」と悪あがきをしようとしていた。
「渡部くん、もういいの」
そんな僕を止めたのは門脇さんだった。とうに涙を拭った門脇さんは、凛とした美しい双眸を僕に向け、そして直江さんに向き直った。どうやら門脇さん自身覚悟をしているようだ。
正直僕は、門脇さんが土下座している姿なんか見たくない。好きな女の子がそんなことをするそのこと自体耐えられない。
しかしこれは通過するべき道なのである。ある種みそぎである。だからこそ止めるのは筋違いであり、僕の気持ちがどうであれ、僕はこれを止めてはいけないのだ。
門脇さんは再び正座する。図書室の床に腰を下ろした門脇さんは、膝の前の床に手をついて頭を下げ、それに伴い彼女の流れるようなサラサラの美髪が滑り落ち、毛先が床に広がった。
門脇さんは直江さんに謝意を伝えた。門脇さん個人のものではなく、卓球部部長としての謝意である。
僕はその光景から目を背けなかった。むしろ目に焼きつけるかのように凝視した。これも彼女の一面である。僕が好きになった女の子の一部分なのである。だからこそ見届けなければならないと思った。
いくら好きな女の子とはいえ、綺麗な部分だけ見て好きだというのは何か違うような気がした。好きな女の子であるからこそ、その子の醜い部分や惨めな部分も受け入れなければならないと、僕はそう思ったのだ。
「わかりました。顔を上げてください」
門脇さんの土下座を受けた直江さんは静かに、呟くような小さな声でそう告げた。それにより門脇さんは上体を上げ、美髪も持ち上がる。そして互いに互いを見つめる。
「これで卓球部に対するわだかまりはなくなりました。明日にでも入部届けを提出しましょう。図書部との折り合いもありますが、すぐに練習に参加できるよう善処します」
「それでは……」
「ええ。またよろしくお願いしますね。門脇部長」
そして直江さんは相好を崩した。常に眉をひそめて怖い顔していた直江さんが微笑んだのである。それは僕にとって少々意外な表情であった。直江さんもこのような表情をするんだな。
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
その微笑みを直視した門脇さんは、つられるように笑みを浮かべた。
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