第4話 せっかちな女の子


 番匠風香は、確かに僕の知り合いだ。一年生のとき同じクラスになって仲良くなった。門脇さんも同じクラスだったが、何故か門脇さんではなく番匠の方と親しい関係になってしまったのだ。


 番匠のことを端的に言い表すとしたら、小さい頃男の子と遊ぶ機会が多かった女の子が思春期を迎えてより女の子らしくなったような感じだ。……全然端的じゃないけど、これ以上要点をまとめられない。


 実際に番匠の小学校時代は、女子と連むよりは男子と外で遊ぶ方が多かったという。本人がそう言っていたのでそうなのだろう。そのため番匠は男子の扱いに慣れているというか、男子と分け隔たりなく接することができる。


 しかし番匠も女子である。思春期を迎えた中学校時代では、ちゃんと女子のコミュニティーに所属したという。


 その結果として、番匠は男子にも女子にも通用できるコミュニケーション能力を得た。今では男子と女子の仲介をすることが多く、僕らの学年の顔役的存在といえよう。僕と番匠に接点があるのは、僕が番匠の広い友好関係の一角にいるに過ぎないのであった。


 そして番匠の近くにいることで知り得た彼女のスペックは、非常に運動神経がいいということであった。快活な彼女は体育の授業でその本領を発揮し、体力テストなどでは各項目素晴らしい成績を残した。そういう一面を知っているからこそ、番匠が実は〝全中四天王〟の一人だと教えてもらったとき、それをすんなり納得することができたのである。


 そんなこんなで、僕は惜しみながら門脇さんに別れを告げ、速攻で電話を切りやがった番匠のもとに向かう。住宅街に隣接する北総高校は、駅から徒歩で二十分ほどの距離にある。


 僕は住宅街を抜けて駅前まで行き、ファミレスに入店する。すると制服の中にパーカーを着込み、ブレザーの襟からフードを出した女子高生をすぐに見つけることができた。


「遅い」


「遅いじゃねえだろ! こっちはわけわかんねえこと電話で言われてわざわざ来たんだぞ。感謝しろ」


 そのボックス席に近づくと、僕の接近に気がついた番匠が栗色のショートボブの髪を揺らしてこちらに童顔を向けてきた。そして開口一番に「遅い」と言われ、僕は若干頭にきた。まあでもいつも通りの番匠である。


「で、どうしたんだ?」


 僕は投げやりに尋ねつつ番匠の向かいの席に座る。そうは見えないが、番匠にとってはのっぴきならない状況であるらしい。


「渡部、ウチお金忘れた」


「…………」


 番匠の目の前には空になったパフェの容器が置かれている。確かにピンチであり、のっぴきならない状況であった。開いた口が塞がらない。


「僕はお前の財布じゃないんだが」


「知っているよ。でも今はこの場を凌ぐために、代わりに払って」


 まあないものは仕方がない。僕は制服のポケットから財布を取り出し、中身を確認。うん、パフェくらいなら出せそうだ。


「そもそも、なんでお前は金を持たずにファミレスなんかに入ったんだよ」


「いやー昼休みにスマホいじってたら期間限定スイーツの情報があってさ。それが今日までだったんだよ。で、そのファミレス駅前にあるじゃんって思って、これは行くしかないじゃんってなって、学校終わってから速攻でこっちに来たの。そしたら教室に鞄忘れちゃった」


「……お前、バカだろ」


 番匠は「テへ」っと、あざとくはにかみながら事情を説明したが、その内容に思わず絶句してしまった。後半の「バカだろう」と言うとき、笑いを堪えるのに必死で声が震えちゃったよ。ネットの掲示板であったなら、間違いなく語尾に「w」がついてしまっていたな。


 電話の件といい財布の件といい、番匠風香という女の子は非常にせっかちな人間であった。それはせっかちの究極系といっても過言ではないレベルである。


「そんなこと言わないでよー。これでもウチ気をつけるようにしてるんだよ」


「それが功を奏していないから言っているんだ」


「うん。今度からもっと気をつける」


「わかればよろしい」


「まあせっかく来たんだから、なんか頼めば。立て替えてもらうお礼に奢るからさ」


「奢るもなにも、今金を払うのは僕なんだが」


 と言いつつちゃっかりメニューを見ている僕であった。


 僕は店員さんを呼び出して適当に注文をする。品が来るまで暇だが、その暇を利用して番匠に話を通しておこう。


「なあ番匠。〝全中四天王〟って知っているか?」


 僕は牽制としてその異名を口に出した。ただ直視してそれを言うのはなんとなく躊躇われたので、僕はそっぽを向いて顔を逸らしながら言った。


 言ってみたはものの、反応がない。僕は恐る恐る横目で番匠の様子を窺う。すると番匠は身体を硬直させ、目を見開いて僕のことを見つめていた。


「そ、そんなに驚くことかよ」


「う、うん。まあ、そりゃ……。それ、どこで聞いたの?」


「ここに来る前、卓球部に用事があって、それでな。そういう話題になった」


 まだ話がどう転がるかわからないため、部に引き戻そうとしていることは伏せた。


「ふーん。そっか、知っちゃったか……」


 番匠は珍しく戸惑っていた。しかしそれはある意味番匠らしい反応でもあった。せっかち故に即決即断、直情径行な性格である番匠は、判断に少しでも迷いが生まれるとフリーズするきらいがあるのだ。


 知らないのならすぐに否定する。だが否定しないということは、番匠も〝全中四天王〟のことを知っているということになる。そしてただ知っているだけなら即肯定するはず。だから否定も肯定もしないということは、〝全中四天王〟の名前がこの学校においてタブーであることを知っているということになる。それは卓球部に所属していた当事者でなければありえないことだ。


 番匠は間違いなく〝全中四天王〟の一人であるようだ。


「別に知ったところで、僕はどうとも思わない。まあ一応確認するが、番匠は〝全中四天王〟の一人なんだな」


 僕は顔を正面に向け、今度はちゃんと番匠の顔を見つめながらそう尋ねた。


 すると番匠は、コクリと頷くだけだった。


「その、もう一回部活してみる気はないか?」


 僕は思い切って一番重要なカードを切った。様子見ながらそれを切り出そうとは思っていたのだが、遠回しに話を進めようとすると、どうしても過去のトラブルについて触れてしまいそうだったからだ。


「急だね」


「そうでもないだろ。三年生はもう自由登校なんだから、卒業式まで会わないだろう。過去に先輩たちと何があったかまでは知らないが、もう時効じゃないかな」


 僕は番匠を気遣いながら、慎重に話を進めた。番匠はうつむいてそれを聞いていたが、その反応は鈍い。そして十数秒ほどの沈黙ののち、番匠は顔を上げた。


「正直、ウチ一人だけじゃあ決められない。確かにウチも先輩たちに不満を抱いていたけど、ウチ難しく考えるのが面倒くさいから、周りの皆の動向に合わせようと思っていたんだ。言ってしまえば、皆に付き合って卓球部を退部したようなもの。皆のあてつけに協力しただけ。だからウチ一人だけじゃあ決められない」


「つまり、自分だけ復帰すると他の三人に負い目を感じてしまうから、ということか?」


 僕は番匠の言い草から彼女の胸中を推し量ろうとしたが、当の番匠はかぶりを振って僕の言葉を否定した。


「辞めた理由が他人任せのちゃらんぽらんだったから、戻る理由も、これといってないんだ。多分今みたいに誰かにもう一度部に戻ってほしいと誘われたら、またいい加減な気持ちで復帰しちゃうと思うんだ。別にウチはそれでもいいと思っているし、部も学校もそれで成果を出せば文句ないと思うんだけど……うんん、違うね。結局のところ、ウチ自身がどうしたいのかがわからないんだよ。他の子に負い目なんか感じていないけど、だからといってすんなり戻ることもできない。長々と喋っちゃったけど、ウチは自分自身が見えてないんだと思う」


 今の番匠は、わけもわからずたゆたっている状態なのだろう。それまでは卓球だけをしていればよかったのだが、実際にそれを手放してみると、自身の向かう方向性が曖昧になってしまった。そしていざ失ったものを取り戻そうとしても、何故それを手放したのか、その理由が不鮮明である故に、一筋縄では行かなくなってしまったのだ。気持ちの整理が追いついていないのだ。だからこそ、戻る理由も見失った。


 番匠自身、何をどうしたいのかを見失っている。正直、これは重症だと言わざるを得なかった。僕がどうこう言ったところで、番匠の気持ちが固まることはないだろう。そしてそれは現状、他の誰かでも無理なことなのだ。全ては本人が何かしらの区切りをつけ、自身が向かう方向性をしっかとして気持ちを整理しなければならない。


「なんだろうなあ……多分一発ガツンとくるパンチ受ければ、何かが変わるのかもしれない」


「……要は、何か切っ掛けがほしいんだろ」


「うーん。よくわからないけど、そんな感じかも」


「なら、一回練習に参加してみたらどうだろう? 先輩たちもいないから、もう部活も昔とは違う空気になっているだろうよ。実際に部に復帰するかどうかは、それから決めればいい」


「まあ、それでもいいか。じゃあ今から学校に戻って参加するよ」


「今からかよ。早速だな」


 そんなところで番匠のせっかちスキルを発揮されても困るんだが……。まあ少しでもやる気になってくれただけでもよしとするか。


「善は急げ、思い立ったが吉日、好機逸すべからず。行動は素早く実行するのがウチのモットーだよ。ウチと付き合いがあるならわかるでしょ。それにどうせ鞄とりに学校戻らなきゃいけないし、なにより寮に帰らなきゃいけないから労力は変わらない。だったらやるしかないでしょ」


「まあ確かに、学生寮は学校と隣接しているけど……」


「鞄回収したら速攻で寮の部屋に戻って道具持ってくるから。じゃ、はい、お願い」


 なんだかよくわからないが一人で盛り上がっていく番匠は、テーブルの上に置かれた伝票を掴んで僕に突き出してきた。そういえば僕は番匠のパフェのお代を立て替えなければならないのだった。


「番匠落ち着け。やる気になってくれたのに悪いが、待ってくれ。重大な問題がある」


 しかし僕にはすぐに行動できない理由があった。


「まだ僕の分の料理が来てない」


 そう、僕は数分前に注文したばかりだった。注文した手前、流石に帰るわけにはいかない。


「えーさっさと食べてよー」


「さっさもなにも、まだ来てねえっつーの。ないものをどうやって食えって言うんだ!」


「しょうがないなー。待っててあげるから、来たら速攻食べてね」


「ああ、わかった。……それより貧乏ゆすりやめろ。なんかムカつく」


「えー。これは仕方がないよ。だってやる気になったのにお預けくらったんだから」


 せっかちな番匠はじっとしていることが落ち着かないのか、気を紛らわせるために貧乏ゆすりをしはじめた。僕はそれを注意するものの、それが収まる気配はない。そして当の本人はやめる気がないのか、貧乏ゆすりはどんどん加速していった。しまいにはテーブルを手でペチペチと叩き始めた。コイツ……。


 そんなこんなで、僕は番匠が発するカタカタペチペチという音を気にしつつ早食いをする羽目になった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る