第3話 伝説の四人


 通された場所は、第三トレーニングルームの用具倉庫だった。しまわれている卓球台は現在表に出されているので、倉庫内は広々とした空間に変わっている。門脇さんは倉庫内にあったパイプ椅子を三つ用意し、僕と成瀬さんに座るよう促す。時折多球練習の準備のため一年生の部員が行ったり来たりするのだが、その際皆僕のことをチラ見していくので、非常に居心地が悪かった。


「はじめまして。アタシが成瀬佐優里」


「どうも渡部想太そうたです」


 初対面である僕らは、取り敢えず自己紹介をすることにした。


 去年全国大会に出場した卓球部のエース。中性的な顔立ちと爽やかなショートヘアに加え、男子として平均的な身長である僕よりも背が高いので、一瞬男女の区別ができなかった。というか、かなりイケメンな女子である。こうして可憐な門脇さんと並んでいると、なんだかいい感じのカップルに見えてしまう。ちょっと妬いちゃうな。


「イヤ今日は悪いね。ウチの部長が突然押しかけちゃって」


 成瀬さんははじめに、気さくに詫びを入れた。


「いや別に。全然大丈夫です」


 まあ僕としては嬉しい誤算だったから、謝られるようなことでもないけどね。


「そういえば門脇さんが部長なんですね。偏見かもしれないけど、運動部の部長って、部で一番実力のある人が務めるものだと思っていたんだけど」


「部長は部をまとめる他に、生徒会や先生との交渉役となるから、どちらかといえば実力よりも政治力の方が大事になるの。エースにはそんな煩わしいことを気にせず練習に打ち込んでいい成績を残してほしいから、エースと部長を分けているのよ。実際そういう部活は多いよ」


「まあアタシとしては、面倒事を全部押し付けちゃって申し訳ないと思っているけどね」


 今までスルーしてきた僕の疑問に、門脇さんと成瀬さんは答えてくれた。確かに実利的なことを考えれば、部長とエースを一緒にするメリットはないのだ。


「だから成瀬さんではなく、門脇さんが僕のところに来たってことか」


「そういうこと」


 僕の納得に成瀬さんが頷いた。きっと訪ねてきたのが門脇さんではなく成瀬さんであったなら、僕はこの協力を引き受けなかったか可能性がある。そういう意味では、双方にとってよかったのかもしれなかった。


「まああんまり練習の邪魔になるのもアレだから、早速本題に入ろう」


 僕はこの嬉しい誤算を生かさなければならない。そう、ここで失敗して門脇さんをがっかりさせたくないのだ。


「その辞めていった四人って、どういう人たちなの?」


 僕が辞めた四人を今更引き戻す必要性を聞いたとき、門脇さんは必要あると力強く言い切った。そして卓球部のエースである成瀬さんが実力を認めている。つまりその四人は特別な人なのである。ならばその特別な人の詳細を知る必要があるのだ。


「彼女たちは〝全中四天王〟と呼ばれていたの」


「全中?」


「全国中学校体育大会のことで、縮めて全中。高校でいうインターハイにあたる大会で、インターミドルとも呼ばれているの」


「アタシも噂だけなら中学のときに聞いていたよ。全中の卓球において、毎年多少の順位の入れ替わりはあったものの、三年間上位四人が固定されていたってね。それ故〝全中四天王〟」


「その〝全中四天王〟が、この学校にいるってことか?」


 僕がそう尋ねると、門脇さんも成瀬さんも無言で首肯した。中学生のときに全国の頂点を競い合った四人は、今はこの学校、北総ほくそう高校の生徒なのである。


「なんでそんなすごい人たちが、こんなありふれた高校にこぞって入学したんだ?」


 全中はその名前の通り全国大会であり、全国から猛者が集う。〝全中四天王〟もその例に漏れず全国に散らばっていたに違いない。それなのに、地元を離れてわざわざこの北総高校に入学したとなると、この学校自体に秘密があるのではないかと思えてくる。


「北総って、昔は全国大会常連校だったの。知らない?」


「初耳だ」


「そこから説明しなきゃならないのかよ……」


 門脇さんに「知らない?」と尋ねられ、僕は素直に答えた。すると成瀬さんが露骨に面倒くさそうな反応をした。え? もしかしてこれって有名な話だったりするの? 北総の生徒でしかも生徒会の一員だけど、そんな話全然知らなかったよ。


 そのあたりのことを二人は委曲を尽くして説明してくれた。


 曰く、昔の北総高校卓球部は大会の度に全国まで進出していたとのこと。全国優勝はしたことないが、知る人ぞ知る強豪校であったらしい。しかし北総高校は年々弱体化していき、ここ数年は全国大会に駒を進めることすらできなかったという。


「今でも県内に限れば強豪校の部類に入るけど、強豪校の割には部員が少ないの。強いけど落ち目の学校だからね。受験する際に敬遠する子が多いの」


 門脇さんはそう補足を入れた。確かに強豪校の運動部は必然的に大所帯となってしまうが、同じ強豪である北総高校卓球部は、他の部活動と同じ十数人程度の部員しかいない。部員数がイコールで部の強さを示すものではないとわかってはいるが、それでもこの少ない部員数のせいで強豪校のイメージが薄らいでいた。


「そこで、強い選手を入部させようとしたの」


 学校側と卓球部のOGたちは、北総高校女子卓球部が弱体化していくことに危機感を覚えた。そこで目をつけたのが〝全中四天王〟だった。学校とOG会は〝全中四天王〟である彼女たちのもとへ出向き、好条件を提示してスカウトをしたそうだ。そして〝全中四天王〟はその条件をのみ、推薦入試をクリアして北総高校に入学。その後予定通り卓球部に入部したのであった。


「でも、入部してすぐ部活を辞めちゃったんだろ」


 しかし順調だったのはそこまでだった。門脇さんに声をかけられたときにも聞いたが、四人は上級生と揉め事を起こし、揃って退部してしまったのだ。


「せっかく学校やOGがスカウトしたのに、そう簡単に退部なんてできるものなのか?」


 言わば北総高校の看板を背負った状態で名声を得るために入学してきたようなものだ。退部となると話は変わってくる。誰も退部を止めなかったのだろうか?


「スポーツ推薦で入学してきた人でも、怪我を理由に退部することは、どこの学校もよくある話よ。期待されていた分風当たりは強いけど、ちゃんとした理由があるのなら問題なく退部はできるの」


「先輩たちとのトラブルが、そのちゃんとした理由になり得たんだ。あの四人は、特待生の立場を捨ててまで退部していった」


 門脇さんは伏し目がちに、そして成瀬さんはそっぽを向いて答えてくれた。それはまるで、これ以上聞いてくるなとでも言っているかのようであり、僕は踏み込んだ質問をぶつけることができなかった。


 入部時は六人だった。しかし〝全中四天王〟が全員退部し、門脇さんと成瀬さんだけが残った。


 一体、入部早々に何が起こったのだろか?


 そのあたりのことが判明しない限り、交渉は難航するだろう。しかしそれを知るには、彼女たちの古傷を抉る必要がある。


 でもそんなことは誰も望んでいない。門脇さんもそうだし、僕もそうだ。僕が協力を引き受けた理由は、門脇さんと距離を縮められると思ったからである。それなのにわざわざ距離を遠ざけるやり方をするのは無意味だ。ならば過去の出来事はできるだけ触れずにことを進めた方が得策であるのかもしれない。難しいがそのやり方しかないようだ。


「で、その〝全中四天王〟とは、一体誰なんだ?」


 なので、僕は過去の出来事についてこれ以上尋ねることはせず、代わりに当事者のことを聞いた。門脇さんによると、その〝全中四天王〟は僕と知り合いらしい。だが僕の知り合いにそんな大層な異名を持つものはいない。僕が知らないだけかもしれないが、本当に僕の知り合いに〝全中四天王〟がいるのであれば、名前を教えてもらうまで気づかないだろう。


「まず一人目。二年C組の番匠ばんしょう風香ふうかさん」


「なんだ、番匠か」


 門脇さんはその名前を教えてくれたが、本当に僕のよく知っている人物であった。確かに番匠が〝全中四天王〟の一人であることは驚きだが、ある種納得できる要素もあった。


「番匠ならすぐ連絡がつく。ちょっと電話かけてみる」


 僕はそう言って制服のポケットからスマホを取り出し、番匠の電話番号をコールした。その僕の迅速な対応に、門脇さんと成瀬さんは互いに見つめ合って不思議がっている。


 僅かな呼び出し音の後、電話は繋がる。


『あ! 渡部!? 丁度よかった。今ウチちょっとピンチだから助けに来てくれない? 場所は駅前のファミレスだから。じゃ、よろしく』


 しかし僕が一言も発する前に電話が切れた。まあ番匠らしい。


「番匠さんはなんて?」


 わずか数秒の通話時間に訝しんだ門脇さんは、恐る恐る状況を確認してきた。


「なんか、あいつトラブっているみたい」


 でも僕は、門脇さんの問いにそう答えるしかできなかった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る