第2話 知られざる卓球の世界


 卓球は個人競技である。いくら運動に疎い僕でも、そのことくらいは知っている。ただ卓球の大会にはシングルスとダブルス以外に、学校対抗の団体戦というものがあるようだ。そしてその団体戦は、シングルスが四試合とダブルスが一試合の計五試合行い、その半数である三試合に白星を上げるとチームが勝利するというルールらしい。


 そのため団体戦に出場するには、六人の選手を揃える必要がある。誰かが重複して試合に出ることもできるそうだが、体力的な問題の他、選手の故障の懸念からもあまり重複はよろしくなく、一人一試合ずつ出るのがベストらしい。


「実際はそういう風に呼ばないけど、イメージとしては、剣道や柔道とかにある先鋒、次鋒、中堅、副将、大将って感じかな。それで、中堅戦がダブルスになっているの」


 門脇さんはそう補足してくれた。確かにそう言われるとわかりやすい。


「じゃあ、なおさら四人を引き戻さなきゃならないんだな」


「そうなの。一年生もいるから現状でも団体戦に出場することはできけど、部長の立場から正直に言っちゃうと、実力に不安があるのよね。そしてなによりいけないのが、そのことを本人たちが自覚していて、心のどこかで諦めていること。わたしや成瀬さんの足を引っ張りたくないとかで、はっきりとは言ってくれないけど、一年生の皆が出場を拒んでいる状態なの」


「それもそれで、なんだかな……」


「…………」


 門脇さんは部を憂いているのか、不安げな口調だった。そしてそれに対して、僕はうまく返事をすることができなかった。無言での移動という状況を打開しようとしてなんとか捻り出した話題ではあったが、それは少しばかりの間を埋めるものでしかなく、またしても沈黙に支配される。


 僕たちは無言のまま校舎を出て、渡り廊下を進み体育棟に入る。


 巨大な体育棟は四つのエリアに分かれていて、東側には所謂体育館があり、反対側の西側には室内温水プールとなっている。そして中央の一階部分には教務室や救護室の他、更衣室やシャワー室などの設備があり、その上の二階三階部分にはトレーニングルームと呼ばれている多目的室が多数存在していた。


「この『第三トレーニングルーム』が、わたしたち女子卓球部の活動場所よ」


 僕は門脇さんについて行くかたちで二階に上がり、とある扉の前で立ち止まった。その扉のプレートには「第三トレーニングルーム」と書かれており、中からはピンポン玉が跳ねる音が聞こえてくる。中で卓球が行われているのは確かなようだ。


 門脇さんは徐に扉を開け、中に入っていく。僕も中に入るが、飛び込んできた光景に圧倒され言葉を失った。


 僕にとって卓球とは温泉卓球のイメージが強く、ライトスポーツという印象であった。しかし眼前で繰り広げられている卓球は、僕の知る卓球ではなかった。


 まず球が見えない。今はラリーの練習をしているのか、部員は台を挟んで向かい合い、ラケットを振るっている。しかし打ち出される球は辛うじて残像が見える程度であり、僕の目ではしっかりと視認することが困難になっていた。


 そしてそれらを行っている部員たちは真剣そのものであり、動きが洗練されている。その綺麗なフォームから放たれる打球は打点が低く、そして美しかった。まるで武術の演舞を見ているかのようだ。


 トレーニングルーム内では六台の卓球台が設置されているが、その六台とも延々と続くラリーを繰り広げており、そのどれもが一切の無駄がない動きによってなされていた。ライトスポーツなんてとんでもない。目の前のこれはガチのスポーツであった。


「すげぇ……。これ今何しているんだ?」


「この時間帯だと、アップだね。丁度屋外でのトレーニングを済ませたところで、今度は軽くボールとラケットに触れて身体を慣れさせているってところかな。このあと各技の多球練習に移って本格的に反復練習する感じ」


「これでウォーミングアップなのかよ……」


 僕は思わず呟き、アホみたいに口を開けて見入ってしまった。


「卓球って、こんなに速いスポーツだったんだな」


「そうね。卓球は世界最速の球技と言われるかもしれない競技だからね」


「言われるかもしれないって……また随分と曖昧な言い方だな」


「最速の定義によって変わっちゃうから、こういう言い方しかできないの。時速換算だとバドミントンが一番速いけど、でもバドミントンのシャトルって羽がついているでしょ。だから初速は速いけど、すぐに減速しちゃう。テニスも相手に到達するまでに少しばかり減速するの。でも卓球って、相手までの距離ってそんなにないじゃない。だから相手の打球が減速する前に自分の勢いを乗せて打ち返してしまうの。つまりどんどん速くなっていく競技。体感速度という意味での最速なら、卓球が最速だと思うの。まあ、いろんな球技が最速に名乗りを上げているから、あんまり参考にはならないと思うけど」


「へぇ、そうなんだ。なんだか卓球って、奥の深い競技なんだな」


「そうね。ちなみに卓球の魅力は速さだけじゃないの。プレイスタイルも大まかな枠組みはあるものの、選手の個性が反映しやすいから全く同じ選手は存在しないんだ。それ以外にも、ラケットに使う木材の材質や性質、ラケットに貼るラバーの形状や特性とかもあるから、仮にスタイルの方向性は同じでも、皆どこか違うの。十人十色の競技。それが卓球なの」


「それは奥が深すぎるな……」


 でも、正しくそこが卓球の魅力の一つなのだろう。全く同じ選手がいないからこそ、競い合うことに楽しさが生まれてくる。次に戦う相手がどのようなタイプなのか想像するだけでもワクワクしそうだ。


 そんなこんなで、部屋の入口で卓球の説明を受けながら練習風景を見ていたのだが、不意に部員たちの動きが変わった。皆ラリーを止めてしまったのだ。


「丁度アップのメニューを終えたようね。これから多球練習に移るけど、その準備の間に成瀬さんと話をしましょう」


 門脇さんはそう呟くと、「ついてきて」と一言僕に言い、トレーニングルームの奥へと行ってしまった。僕は言われた通り門脇さんについてき、成瀬さんのもとへ向かった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る